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CRPS/カウザルギー

2013年10月16日 (水)

3要件基準で否定された腰背部CRPS(25.1.28)

1 神戸地裁平成25年1月28日判決(自保ジャーナル1895号86頁)

  この事案の特徴は、①腰背部のCRPSであること、②判決が自賠責の3要件基準を診断基準と誤解していること、③病期説を診断基準と誤解していること、④診断を検討するための論理を用いていないこと、⑤因果関係と抱合わせで結果を否定する論理を用いていること、などです。①以外の論点が前回と同じです。

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2 症状の経過

 被害者は事故時32歳の男子公務員(警察官)です。平成20年1月28日に、横断歩道を歩行中に右折乗用車に衝突される事故に遭います。

(*以下では日付は断りのない場合は事故日を基準としたものです)

 事故当日…H病院。救急搬送され立位、歩行が困難であり入院(56日間)となる。翌日、第11胸椎圧迫骨折、後頭部打撲と診断される。

      入院中は体幹ギプスや硬性コルセットで固定され、退院時は独歩可能な状態まで回復。

70日後…C病院。1年間通院。背部痛を訴え、鎮痛剤を処方される。

1年3か月後…G病院。背部痛が改善しないためセカンドオピニオンとして受診。元の病院で治療を続けるように指示される。

1年4か月後…D病院整形外科。背部痛が改善しないためセカンドオピニオンとして受診。体幹筋の萎縮、胸~腰椎部の圧迫痛からRSDと診断し、B病院を紹介した。診断書には「圧迫骨折後の反射性交感神経性ジストロフィー疑い」とされる。

1年4か月後…B病院。第11胸椎骨折、慢性複雑難治性疼痛と診断される。投薬内容の見直しやリハビリを行うため44日入院。

1年7か月後…C病院。症状固定とされ、後遺障害診断書が作成される。傷病名は第11胸椎圧迫骨折、自覚症状は背部痛、運動時痛、可動域制限、他覚症状は第11胸椎の変形と胸腰部の運動障害で前屈30度、後屈15度、右屈30度、左屈30度、右回旋30度、左回旋30度。常時コルセットの必要ありとされ、症状改善の見込みについて「不変と考える」とされる。

2年1か月後…C病院。RSDと診断される。自賠責で11級7号とされる。

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3 CRPS(RSD/カウザルギー)の発症部位について

 ⅰ 本件では腰背部(背部)のCRPSと診断されています。事故による第11胸椎の圧迫骨折に起因して、腰背部痛み、可動域制限などが生じたものと考えられます。

   交通事故の裁判例の上ではCRPSを発症する部位には偏りがあり、上肢全体に生じるものが約6割、手関節以下に生じるものが約1割、下肢が約2割ですが、胸部のCRPS、肘のCRPS、坐骨神経のCRPS、膝のCRPSなどの事案もあります。

   CRPSを発症する部位について特に制限はありません。CRPSの症状が生じていて、ほかの傷病では説明できないときには(鑑別診断)、CRPSと診断されます。

 

 ⅱ 主治医によれば、①強い腰背部痛、②中程度の腫脹、③皮膚温上昇(サーモグラフィーは行っていない。発赤、蒼白、チアノーゼはない)、④発汗異常(発汗テストは行っていない)、⑤軽度の骨萎縮、⑥腰部の筋力低下、⑧胸腰部の可動域制限からCRPSと判断したようです。

   医学的には上記の症状を説明できるほかの傷病がなければ、この診断が正しいものとされます。本件では他に考えられる傷病名がないため、腰背部のCRPSとすることに特に問題はないと思います。

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4 診断への検討の仕方

 ⅰ この判決の問題点は、前回検討した東京地裁平成25年1月22日判決とほぼ同じです。診断への検討の仕方は最も基本的なことですが、この点ですでに誤っている判決が非常に多くみられます。これは診断とは何かを知らないことに原因があります。

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 ⅱ 診断の手順

診断の標準的な手順は、主訴からの仮説設定と鑑別診断です。

即ち、①現に存在する症状(および検査結果)を列挙して、②これを最も良く説明できる仮説を設定します(初期の診断)。③その仮説が誤っていたとした場合に次に可能性が高い傷病を鑑別診断としてあげて、④症状・検査結果から両者を比較検討します。⑤その結論により全体が整合性をもって説明できるか確認します。その結果、問題がある場合は③以降を繰り返します。

要するに、その時点ごとに候補となる疾患から最も正しいと思われるものを選び出すのが診断です。それでうまく行かない場合には次の候補を検討します。検査の感度や特異度を考慮して検査結果を尤度比などで検討するEBM(科学的根拠に基づく医学)の方法も上記の枠組みで行われます。この枠組みは事実認定の方法にも通じるものがあります。

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 ⅲ 誤りの典型例

 典型性の度合いの検討

ある特定の疾患のみを検討対象にして、その疾患から生じるとされる症状の多さや重傷度、その疾患でみられるとする検査結果の多さから、その疾患としての典型性の度合いを検討すること、これが診断に対する誤った検討の典型例です。

 絶対的基準の設定

ある特定の疾患のみを検討対象にして、例えば疾患RにはA~Cの3つの症状が必須であるとして、その症状が明確に生じているかどうかを検討すること、これも診断に対する誤った検討の典型例です。

ほとんどの疾患には必須の症状や検査結果はありません。症候群との名称の疾患はその傾向がより強くなります。従って、「ある疾患とされるための絶対的指標」は通常は存在しません。存在しない絶対的指標が存在するとの仮定の上に検討をすることは誤りです。

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 ⅳ 「診断基準絶対論」の誤り

これらの典型的な誤りに陥っている判決を少なからず見かけます。その発想の根底には、「ある疾患であるかどうかは、その疾患の診断基準を当てはめるだけで判断できる」との誤解(診断基準絶対論)があります。実際には、ほぼ全ての疾患は診断基準へのあてはめのみでは診断することはできません。

ある診断が下されたときにそれを否定することができるのは、「この症状・検査結果を説明できるより適切な傷病がある」との検討(鑑別診断)のみです。訴訟では現に主治医が下した診断がすでに存在します。この場合には鑑別対象となる代替案を出さなければ、その診断を否定することはできません。

CRPSに関しては「診断基準」はなく、「判定指標」が存在するのみです。これは鑑別診断で用いるものさし(指標・目安)です。実は診断基準とされているもののほぼ全部は、その診断基準のみで確定的に正しい結論が導かれるわけではありません。診断基準を当てはめて診断を下しても、どうしても一部の患者はそれでうまくいかず、鑑別診断により新たに診断をする必要が出てきます。

   上記の2つの誤りの致命的な問題点は、「疾患Rではない」と判断したときに代替案が存在しないことです。さんざん診察や検査をして、何らの結論も出せない方法は臨床では使えません。

 

 ⅴ 本件でのあてはめ

   本件では上で列挙した症状を説明できるのはCRPSであり、鑑別診断の対象となる傷病も思いつかないので、CRPS(RSD)との診断に特に問題はありません。

   主治医が下した診断に対して、代替案も出さずにこれを否定することはそれ自体が誤りであるので、「RSDではない」とのみ主張することは診断を否定できる理屈ではありません。従って、加害者側の主張は最初から検討する必要がありません。

   なお、判決は被害者の背部痛が「RSDに由来する症状であるか」との視点で検討し、RSDに否定的な見解を述べるものの、RSDであるかどうかの結論を明言していません。つまり、判決は「被害者がRSDであるかどうかは別として、少なくとも被害者の背部痛はRSDに由来する症状であると認めることはできない」という特殊な理屈を述べています。

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5 CRPS(RSD)に必須の症状はない

  この点は医学的な常識であり、繰り返し述べてきたので詳しくは書きません。日本のCRPSの判定指標からもこの点は一目瞭然です。

判定指標の5項目をA~Eとすると、AB、AC、AD、AE、BC、BD、BE、CD、CE、DEの10通りの組合せのいずれもが陽性(感度約80%)となります。症状がADであってもCEであってもCRPSの可能性があります。ゆえに、必須の症状がないことは自明です。

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6 3要件基準は診断基準ではない

 ⅰ この点も上記から自明です。自賠責の手続内の基準が診断基準ではないことも自明です。自賠責の認定係が診断基準を適用してRSDであるかどうかを判断すれば、医師法違反になります。

   3要件基準は診断基準と誤解されやすいように作られ、運用されている面がありますが、CRPS患者のうちこの基準を満たすのは高く見積もってもせいぜい1~2%です。

 

ⅱ 3要件基準は①上記の10通り(10通り全部でも患者の80%しか捕捉できない)のうちABの1通りのみに絞込み、②A(皮膚・爪・毛のいずれかの萎縮性変化)のうち皮膚の変化のみに限定し、さらに皮膚温の変化も必要とし、③B(関節可動域制限)をより重度な関節拘縮に限定し、④A~Eに含まれない要件(骨萎縮)を加え、⑤それら3要件が「明らか」であることを要求し(医学的には症状が確認できれば足ります)、⑥これを画像などの資料により確認する(関節拘縮は画像では確認できません)という非常に厳しいしばりを多重に設定しています。

  すでにして①のみで捕捉できるCRPS患者は全体の8%となり、②と③で各3分の1以下になるので、これだけで捕捉できるCRPS患者は1~2%となる計算です。

   これに加え④~⑥のしばりもあるので、3要件基準をそのまま運用するとCRPS(RSD)にり患している患者でも、10万人のうちの1~2名程度しか捕捉できないはずです。実際にもCRPS(RSD)と診断されて、自賠責で3要件基準を満たすとされた事案は見た記憶がありません。

 

 ⅲ 但し、労災の後遺障害認定では3要件基準への当てはめをせずに9級とした事案は少なくないようです。労災では3要件基準を用いずに主治医がCRPS(RSD)と診断した場合にはそのまま認める傾向もあるようです。

   ところが、判決は「客観的な証拠に基づいて認定することが可能な①ないし③の症状を重視して判断することとする」(95頁)として自賠責の3要件基準を診断基準と誤解して重視しています。RSDと診断した3つの病院の診断はこれを満たしていないとしています。この点が判決の最大の誤りです。

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7 抱合わせ否定論について

 ⅰ 判決は「では、症状固定時に原告に残存する背部痛は、RSDに由来するといえるか」(95頁)とのタイトルで具体的な検討に入っています。即ち、①被害者がRSDにり患しているかの検討と、②被害者の背部痛がRSDによるものか(因果関係)の検討を一体としています。

   この種の検討の仕方そのものに問題があることは繰り返し指摘してきたとおりです。

 ⅱ 普通に考えれば、背部痛は事故以来一貫して訴えてきたものであるので、これが事故による後遺障害ではあることは明白です。また、被害者は長期間疼痛緩和の治療を受け、相当の可動域制限が生じていることから、その疼痛はかなり強いものと認められます。症状の存在や強さについては、治療の実態や医師の判断を尊重して検討するほかありません。

   しかし、加害者側はここで特殊な理屈を持ち出してきます。即ち、①被害者は事故によりRSDを発症したと主張し、②そのRSDによる背部痛が存在すると主張をしているのであるから、③「RSDに由来する背部痛」であるとされなければ、強い背部痛ではないという主張です。

   この思考の枠組みで、被害者がRSDであれば強い背部痛であり、RSDでなければ強い背部痛ではないという理屈で、判決は「では、症状固定時に原告に残存する背部痛は、RSDに由来するといえるか」との検討を最初に行なっているのです。

   この理屈はどこかおかしいと感じなければダメだと思います。ところが、この種の理屈を取り込んでしまった判決をしばしば見かけるようになりました。この理屈は以下に述べる多くの問題を含んでいます。

8 懐疑論への反駁を求める誤り

 まず、前提事実が未確定の状態で因果関係を判断する点に問題があります。本件では背部痛が存在することは、事故以来多くの病院でそれを訴えて長期間にわたり治療を受けてきたことから明らかです。この治療経過や可動域制限からは被害者の背部痛はかなり強いものであることを認定できます。これは痛みの症状を認定する常識的な方法です。痛みそのものを裏付ける確実な証拠を別のもの求めることはそれ自体が誤りです。

 被害者の痛みの強さやこれによる日常生活や就労への影響の度合いは、被害者がRSDであるかどうかに依存するものではありません。

 しかし、痛みそのものは他者が直接確認できないことから、「絶対にその痛みは存在するのか。確実な証拠はあるのか」という発想に流れやすく、そこで痛みとは別のもの(例えば、RSDであるかどうか)に判断を委ねようとするようです。

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9 証明度を高くしすぎる誤り

この発想の根底には、民事訴訟の証明度として「確実に~である」との証明が必要とする誤解があります。しかし、証明度として確実であることは必要ではありません。

 例えばアメリカでは証拠の優越の程度で良いとする考え(50%超原則)が採用されていて、どちらの言い分が正しいのかという視点で判断します。これに対して、日本での証明度が確実であること(95%超)とするとあまりにも差が大きくなり、しかも、証明責任を負担する側に酷な結果となります。

私は基本的には最高裁の述べる「高度の蓋然性」は80%程度の証明度であり、「おそらく~であろう」との心証で足り、判断対象によっては証拠の優越の程度(50%超過原則)とする例外を許容していると考えます。最高裁判決は「確実性」という言葉を用いずに「蓋然性」(可能性)という言葉を用いています。

 実質的に考えても「何が起きたのか」を認定せずに、「何が起きたのか分からないが、とにかく確実な証拠がないのでその主張は認めない」だけで裁判を終えることは、非常にまずいと思います。

もちろん証明度を高くする場合でも事実認定では「何が起きたのか」を認定するべきであって、獲得した心証をそのまま「事実認定の結果」として判決に書くべきです。即ち、生じた可能性が最も高い事実を推論した結果が事実認定であり、要証事実の証明度(法規適用の問題)は分けて書くべきです。法規適用の局面において「その心証が高度の蓋然性のレベルに達しているか」を検討するべきです。

証明度を高くして事実認定に取り込んでしまうと「おそらくAであると推測できるが、確実にAあるとは言えないので、Aであるとは認められない」との考察に向かいます。これでは、「Aであるとの心証なのに、なぜそれを認定しないのか」と突っ込まれてしまいます。証明度を高くするとこのような「心証のグレーゾーン」が大きくなります。

そこで事実認定に証明責任を取り込み、かつ必要とする証明度を高くして「確実にAではない」とのみ述べる方向に流れ易くなります。心証を空洞化させることによるグレーゾーンの消去です。

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10 事実認定に証明責任を取り込む誤り

証明度を高くする誤りの背景には、事実認定に証明責任を取り込む誤りが存在すると考えられます。「~とする(確実な、相当の)証拠はあるか」という見方は事実認定に証明責任を取り込んでいます。

 もちろん事実認定は自由心証の領域で行うべきことであり、自由心証が尽きたところで証明責任は機能を開始します(定説)。証明責任は事実を認定するための道具ではなく、事実が認定できなかった場合(真偽不明の場合)に結論(法規の適用)を決める道具です。

  しかし、一部の裁判例は、事実を認定するにあたって証明責任はどちらにあるのかを考慮して、その上でその事柄について「~であるとする(確実な)証拠はあるか」との検討をしているように見えます。

  証明責任はあたかも問題の解けなかった受験生が振る5角形の鉛筆のようなもの(愚者のサイコロ)であり、とにかく答えは出しますが正答率は保証しません。私は鉛筆の出した答えより自分で考えて出した答えの方が正答率は高いと思います。法曹は自分で考えた答えの方が正答率の高い人であるべきです。従って、できるだけ証明責任に丸投げせずに事実を認定することが望ましいと思います。その意味でも求める証明度を必要以上に高くすることは良くないと思います。

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11 間接事実に証明責任を適用する誤り

事実認定に証明責任を取り込んでしまうと、間接事実にも証明責任を適用する誤りに陥り易くなります。

間接事実については、その確実性を求めるのではなく、個々の間接事実から推論できることを積み重ねていく必要があります。従って、確実でないことのみでその間接事実を捨て去ることは誤りとなります。この誤りは個々の間接事実の証拠力と要証事実の証明度を混同する誤りでもあります。

 例えば、診断が正しいかどうかは間接事実であって、他の病名でも同じ後遺障害(要証事実)を説明できればその後遺障害は肯定できます。また、

病名が不明であっても長期の入通院や検査結果など(別の間接事実)から後遺障害(要証事実)を認定しても構いません。

 従って、①被害者がRSDと主張しているのだから、裁判所はRSDであるかどうかのみを検討すればよいという考えや、②裁判所は被害者の後遺障害がRSDによって生じたものかどうかだけを検討するべきであるとの考えはこの点で誤っています。

 また、診断のもとになる個別の症状も間接事実であって、個別の症状の一つ一つについて「確実に存在するか」を検討することも誤りです。間接事実については得られた心証をそのまま述べる必要があります(そうしないと、推論の基礎になりません)。判決にはこれらの誤りが見られます。

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12 因果関係とメカニズムと取り違える誤り

ⅰ 判決は被害者に強い背部痛が存在するかを検討するために、「RSDにより生じた背部痛であるか」を検討しています。即ち、「RSDにより生じた」とのメカニズムが解明できる場合にのみ、強い背部痛であると認められるとする論理です。

  しかし、最高裁のルンバール事件判決は、結果が存在し、その結果と原因と目される行為(ルンバールの投与)との間のメカニズムが不明である(4回の鑑定の結果)との前提で、ルンバールの投与以外の原因は考えられないという理由で因果関係を肯定しています。

   即ち、詳細なメカニズムが解明できなくとも、「それ以外の原因は考えられない」との心証に至れば因果関係を認めることができます。現実の世の中の事象のほぼ全部は詳細なメカニズムは不明であって、背景事情から絞り込んで「それ以外の原因は考えられない」との理由で因果関係を認めているのが実情です。

  非常に厳密に言えば、全ての物理法則、科学法則は経験的に確認された事実に過ぎないので(科学哲学の定説)、メカニズムにより因果関係が肯定できる事案は世の中には存在しません。全ての科学法則は究極的には「それ以外の説明は考えられない」という点に行き着きます。

 

 ⅱ 判決は、「RSDに由来する」というメカニズムが肯定できないので、被害者の背部痛は強い背部痛ではなく、脊柱の変形とは独自に評価するレベルには至っていないとします。

   一方で判決は被害者がRSDにり患しているかどうかについては、否定的なニュアンスを述べるもののはっきりと結論は述べません。これは複数の医師がRSDとの診断を繰り返しているため、断言できなかったものと考えられます。従って、判決は「被害者がRSDにり患しているかどうかは別にして、被害者の背部痛はRSDに由来するものであることが明らかではないので、強い背部痛ではない。」との特殊な理屈を述べていることになります。

ⅲ 被害者の治療経過や可動域制限などからは被害者の背部痛が強いものであることは容易に認定できるはずです。しかし、判決は「強い背部痛があるとするためには強い背部痛が生じたメカニズムが解明されていなければならない」とする理屈でこれを否定しています。

これは構造的には「Aが死亡したという重大な結果を認めるためにはAの死因が明らかにならなければならない」との理屈と同じです。抱合わせ否定論はこの種の誤りに誘導するものです。

   この誤りに陥る原因はメカニズムを因果関係と取り違えることにあります。この誤りに陥っている人は、因果関係が存在する場合の大半はそのメカニズムが明らかになるはずであるとの実感があるようです。しかし、実際はその逆であると思います。

  例えば、交通事故のあとに大腿骨骨折が判明した場合において、どうしてそれが交通事故により生じたと判断するのでしょうか。普通は、事故前に大腿骨骨折が生じていてがまんしていたはずがないとか、事故以外の原因は考えられないという理由で即座に因果関係を認めます。

   これに対して、自動車が衝突した角度、骨の強度、車体の剛性、被害者の姿勢などの全ての事情を明らかにして、大腿骨骨折が生じるべくして生じたと実感できるメカニズムを明らかにすることは不可能です。因果関係が一目瞭然の場合であっても、ほとんどの場合にその具体的なメカニズムは不明です。

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13 循環論法

 ⅰ 判決は「では、症状固定時に原告に残存する背部痛は、RSDに由来するといえるか」との表題で単純化すると以下の理屈を述べます。即ち、①被害者はRSDではなかろう、②ゆえに被害者の主張する背部痛はRSDによる背部痛ではない、との理屈です。

   私は理屈が循環していると思います。即ち、①の判断のなかで被害者の背部痛をRSDの症状としての背部痛であるのかの検討が必要であり、②でも同じことを述べているに過ぎません。

 

 ⅱ 判決は、被害者の訴える強い痛みについて、「遅くともD病院を受診した平成21年5月18日の時点で、灼けたもので内臓をえぐられるような痛みを感じていたというのであるから、原告の主張は採用できない」(96頁)と述べています。

   これは21年5月に被害者が強い痛みを訴えていたのに、それを知る医師が平成22年2月になってようやく「RSD様病態を呈している」と診断書に記載したのは遅すぎるので、その主治医の診断は採用できないという流れで述べたものです。判決はその結果として上記の症状の存在も否定しています。

   しかし、診断の要素として検討した症状を、診断により確認できる症状として再度述べる構造では循環論法になってしまいます。そもそも「診断により確認できる症状」という概念自体に誤りがあります。

ⅲ 循環論法に陥るのは、診断が正しいならば症状の存在が認められるという逆転した発想に原因があります。実は、この誤りはCRPSを否定した多くの裁判例にも見られます。

この発想に陥ってしまうのは、診断に対する検討の仕方に問題があります。正しくは、上記のとおり現実に存在する症状や検査結果に仮説設定や鑑別診断の手順で候補となる傷病名を当てはめ、最もうまく説明できるものを選択するという医学的な手順による必要があります。

ところが、「被害者の主張する症状は虚偽だ。医師の確認した症状や検査結果も被害者の偽装工作にだまされたものだ。」との定番の主張が加害者側から出されると、前提となるはずの症状や検査結果が、そのままでは使えないとの錯覚に陥ることがあるようです。このため「まず、診断が正しいかどうかを検討して、診断が正しいならばその症状が認められる」という方向(循環論法)に向かってしまうのです。

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14 背景事情からの認定を避ける誤り

 ⅰ 症状や検査結果の存否は、原則としてそれ自体を直接に認定するほかない事柄です。これは長期間の入通院や医師の診断のほかに、被害者の属性などのすべての事情を総合的に検討して、ときには裁判官が全人格を賭けてでも判断するほかない事柄です。

もともと事実認定の本質はすべての事情を考慮した上での総合的判断という点にあり、個別の事情に対応する証拠の有無をチェックする作業は補助的なものに過ぎません。裁判に現れるほとんどの事情は直接的な証拠を持たないのですが、それゆえに無視したり、軽視したりしていて視野を狭めて行けば正しい判断ができなくなります。むしろ、直接的な証拠を持たない事情をいかにして評価して一貫した全体像を作っていくのかが事実認定の本質であると思います。「動かし難い事実」の積み重ねやこれに基づく推論のなかで、全ての事情を整合させる総合的判断をするというのが、伝統的な事実認定論です。

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 ⅱ 被害者の背部痛の程度について、加害者側の主張に騙されて「ほかの事情で証明するほかない」と安易に考えてしまった誤りの背景には、対応する証拠のチェックという低レベルなものを事実認定のなかで重視していることにあると思います。この誤りの亜種に「一見して重大で確実に存在が認められる症状のみを認める」との誤りがあります。

その根源には、自由心証に証明責任を取り込む誤りがあり、事実の認定にはすべからく確実な証拠が必要であるとの誤解があるようにも見えます。間接事実はもとより、主要事実にもそのようなしばりはありません。

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 ⅲ 判決は被害者に軽度の骨萎縮があるとした医師の診断を、「いかなる画像に基づき骨萎縮の有無及び程度を判断したのか明らかではない」とし、他の病院では骨萎縮への言及がないとして否定しています。

しかし、他の病院は骨萎縮の有無の判断を求められて回答したわけではないので、この部分は理屈になっていません。これは骨萎縮があるとした医師の判断を端的に信用するという普通の判断ができず、ほかの証拠で補強しようとする誤りにより生じています。

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15 事実認定の空洞化

  判決は、「何が起きたのか」という意味での事実認定をせずに「~であるとする確実な証拠はあるのか」という方向性で「RSDに由来する背部痛はあるのか」を検討しています。

そのため、結論として、「RSDに由来する背部痛ではない。よって、強い背部痛ではない。」として、被害者の背部痛の強さに否定的なニュアンスを述べます。その上で、被害者の背部痛は第11胸椎骨折に伴う疼痛であり、「脊柱の変形と派生関係にあり、11級の評価の中に含まれる」(97頁)と述べます。

  抱合わせ否定論のなかで、「~であるとする確実な証拠はない」との判断を繰り返すと、実質的な心証を形成することなく結論を導くことになります。「確実にAとはいえない」との認定はいかなる事実も確定しません。これでは事実認定が空洞化してしまいます。その原因は事実認定に証明責任を取り込む誤り(及び証明度を高くしすぎる誤り)にあると思います。

  判決はRSDであるとする要件のみをひたすら厳しくする誤り(診断への検討の仕方の誤り)をしているため、RSDではないとした結果として、「では何であるのか」が空白になっています。被害者について多くの医師が確認した症状・検査結果が説明されずに放置されて、「とにかくRSDではない。 その先は関知しない。」との結論になっています。

  事実認定は、「何が起きたのか」(生じた可能性が最も高い事実は何か)を認定するべきであり、この方法では事実認定の空洞化は生じません。事実認定の空洞化が生じてしまうと、空洞化した部分に架空のストーリーを滑り込まされやすくなります。

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16 劇場型の事実認定

 ⅰ 消費者事件には劇場型という分類があり、架空会社の社債を購入させる手口や振込め詐欺など多種多様な劇場型の事件があります。劇場型犯罪の特徴は、犯人の用意した架空の舞台設定に被害者をのめり込ませるという点にあります。これに対して、例えば被害者が「お前は本当に息子なのか」などの疑問を述べても、犯人はその場しのぎの言い訳を積み重ね、被害者の認識が架空の舞台設定の中にとどまるように誘導します。

架空の舞台設定ですので、落ち着いて検討すれば矛盾はすぐに見つかるようにも思えるのですが、いったん舞台設定に引きずり込まれてしまうと、その設定自体を疑う思考に向かわなくなります。

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ⅱ 確証バイアス(反証の軽視)

これは事実認定にも当てはまります。誤った前提を正しいものと信じてしまうと、「その前提から導き出される結論は何か」の検討に向かい、その前提を疑うことができなくなります。その結果、不合理な帰結が生じても最初に信じてしまった前提を疑うことが困難となります。

  判決は、3要件基準や病期説を診断基準であるとする誤った前提を強く信じてしまったために、不合理な帰結が生じても、その前提を疑うことができなくなっています。

しかし、冷静になって考えてみれば、被害者が事故以来長期間にわたって多数の病院で疼痛緩和の治療を受け、腰部に可動域制限があり腰の動きを制限するためにコルセットを着用してきたことや、複数の医療機関でCRPS(RSD)との診断を受けてきたことは、厳然たる事実です。

また、3要件基準が診断基準であれば、こんな簡単なことさえも知らずに、それに反する診断を複数の医師が繰り返すというのも非常に不合理であると疑うべきでしょう。

ところが、人間はいったん強い思い込みに陥ると、その思い込みに反する思考ができなくなります。その結果、「医者というのは本当にいい加減な人が多いのだなあ。」という安易な考えで診断を否定する方向に向かいます。この発想は、自分が正しいと信じた内容に矛盾する事実を打ち消すための認知的不協和とも言えます。

この発想に至ると、自分の信じた内容に都合の良い証拠の価値を高く見るという確証バイアスも強くなります。被害者の症状経過に対して加害者が少しでも疑義を述べるとそれに飛びついて、「この被害者は大げさに痛みを訴える人だなあ」という見方に流れやすくなります。

 

 

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 ⅲ 反証の軽視(不合理な帰結の放置)

この判決は被害者の詐病や医師の迎合について正面から述べていません。しかし、判決の結論はこれらの存在を不可欠とします。判決の問題点は導いた帰結の先に存在する不都合に対する無関心です。この無関心も、最初に自分の信じた内容を正しいものとするための認知的不協和であると言えます。

   誤った内容を強く信じてしまうと、それに矛盾する事実を安易に否定する発想に流れ易くなり、自分が信じた内容が導く不合理な結果に対しても無関心となります。これは劇場型の事実認定に特徴的です。

仮に、正面から「症状の経過を被害者の詐病として説明できるか」と考えた場合、詐病で長期間の治療経過を説明することは非常に困難であり、客観的な検査結果を作り出すことは不可能であることが即座に帰結できます。また、医師が迎合して骨の萎縮があるとか、発汗が増えているという虚偽内容の報告をする可能性も極めて低いと言えます。

おそらく判決を書いた裁判官も被害者の詐病や医師の迎合については、「その種のこともありうるだろう」、「何か自分には分からない特殊な事情があるのであろう。」という程度のあいまいな認識であると思います。これは劇場型の事実認定に特徴的な認知的不協和ないし保守性バイアスであると言えます。

これまで検討した事案でも被害者が重篤な症状を訴え、長期間の治療を受け、医師がCRPSとの診断をなしている事案で、その診断を否定した判決が少なからずあります。しかし、それらの判決の大半は、被害者の詐病や医師の迎合について正面から検討していません。この思考過程には劇場型の事実認定が存在するように思います。

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 ⅳ 事実認定の空洞化の影響

劇場型の事実認定が生じるのは、事実認定が空洞化してしまったことから、その舞台設定の誤りを見つける手がかりがなくなってしまったことにも原因があると思います。

   伝統的な事実認定論に従い、まず動かし難い事実を認定し、次にそこから合理的に推測できる事実を認定していき、これらの作業を積み重ねていき全体の整合性を取れるように事件の骨格を作り上げて行くという手法を用いていけば、基本的な部分で誤った認定に至ることはないと思います。

ここでは論理法則も重要です。本件では、「RSDではないとすれば、どんな疾患であろうか」という点から「RSD以外の候補は見当たらない」という結論に至れば、大筋で正しい認定に至ったと思います。被害者が長期の通院で疼痛緩和の治療を受け続け、RSDとの診断を受けている事実を代替案がないまま否定することも、実は論理法則違反です。

「AもしくはA以外である」(排中律)、「A以外の候補は見当たらない」、「よってAである」は、基本的な論理思考です。これに対して、「Aとする確実な証拠はあるか」という視点で「とにかくAであるとする確実な証拠はないので、Aであると認めることはできない。A以外の候補はないが何が起きたのかは不明である。」とすることは誤りです(事実認定に証明責任を取り込む誤りでもあります)。上の「A以外の候補はない」とは、本件では「CRPS以外の候補はない」を意味します。

1つの事柄のみを検討の対象にして、その対象が「~であるとする証拠はあるか」を検討する仕方では、事実認定が空洞化してしまいます。このやり方では多面的な検討はできず、とくに「ほかの説明は考えられるであろうか」との基本思考(代替案の有無の検討)を欠落させることになります。

2013年3月16日 (土)

左手指CRPSの否定(24.8.31)

1 横浜地裁平成24年8月31日判決(自保ジャーナル1883号102頁)

  この事件では左手指のCRPSが問題となっています。

この事案の特徴は、①車両の損傷が軽微な追突事故であること、②二次性の神経損傷に起因する左手指のCRPSとみられること、③通院先で肘部管症候群の可能性が指摘されていること、④判決がRSDの自賠責3要件基準を診断基準と誤解したことなどです。

2 症状の経過

 被害者は56歳女子タクシー乗務員で、平成19年10月17日に停止中に追突される事故に遭います。車両の修理費用は5万円ほどとされていることからは、車両の損傷は比較的軽微なものと思われます。

 (*以下では日付は断りのない場合は事故日を基準としたものです) 

 事故当日…B病院。左肩に疼痛、左腕にだるさ、左腰部に自発痛と圧痛を訴えるも、頚部CTでは異常なしとされ、むち打ち損傷とされる。

 事故翌日…D整形外科。当初左手が握りづらく、むくみがあり、左手が少し重いとされる。1年9か月通院。

    *当初から左上肢の症状を訴え、むち打ち損傷により生じたものとされます。しかし、CRPSが生じたという結果からは、この時点で左上肢の神経損傷の原因が存在したと疑われます。

 3週間後…C診療所。MRI検査を受ける。脊柱管の前後径は生来狭いと思われる、C3/4~6/7レベルで骨棘形成などの脊椎症性変化により脊柱管がさらに狭小化し、硬膜嚢が軽度圧迫されている、C5/6レベルが特に強い、とされる。

 1か月後…E病院。左尺側にしびれと知覚障害を認め、神経根の部分損傷かと思います、2~3か月で改善してくる可能性が高いのではないかと思います、とされる。医師は左肘部管症候群の可能性もあると考えていた。

    *医師が肘部管症候群の可能性を疑ったのは、左尺側(小指・環指)にしびれと知覚障害が生じていたことによります。当初の症状からは胸郭出口症候群も含めて検討しても良いと思います。

 

 半年後…F病院。左手指腫大により小環指近位指節間関節の拘縮が発生したようであるとされる。その後も脹れと左手関節が動きにくい状況が続く。

 

    *被害者が半年の間に多くの医療機関に通院したことや、症状固定までの期間からは、かなり強い痛みが生じていたと思われるのですが、判決にはその記載はありません。

 1年9か月後…平成21年7月31日に症状固定とされ、頚椎捻挫、腰椎捻挫、頚椎脊髄神経根損傷、外傷後反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)とされる。その後、自賠責では後遺障害に該当しないとされ、労災で12級13号の「がん固な神経症状を残すもの」に該当するとされる。

    *症状固定のときまでにはRSDとの診断がされているようですが、どの時点でRSDとの診断がされたのかは、判決からは不明です。

3 原因は脊髄か、末梢神経か?

 ⅰ 本件では追突事故で首や腰の捻挫とされますが、最終的に後遺障害が残ったのは、直接衝撃を受けていない左手指です。このように頚部の捻挫(むち打ち)に起因して事故直後から2か月後頃までの間に肩や腕や手指に新たな症状が出てくる事例は頻繁に見かけます。本件では、事故当日から左肩、左腕の症状を訴え、翌日には左手の症状を訴えています。

 ⅱ 脊椎脊髄疾患と末梢神経疾患の鑑別

   左上肢の症状は、頚部の障害(ヘルニア、神経根症など)から生じることもあります。一方で事故に起因した二次性の胸郭出口症候群(外傷性TOS)や手根管症候群などの末梢神経疾患の可能性もあります。医学的にはこの両者の鑑別は重要とされ、『脊椎脊髄ジャーナル』では何回も特集記事が組まれています(21巻9号、25巻2号、25巻12号、26巻1号)。

   本件では、被害者には脊柱管の狭窄や脊髄への軽度圧迫があることから脊椎脊髄疾患の可能性があり、症状固定時の「頚椎脊髄神経根損傷」との診断は左手指の症状は事故による頚部での障害が関与しているとの判断を示すことになります。

  一方で、左肩の疼痛や左腕のだるさや、第4、5指のしびれなどは胸郭出口症候群で見られる症状です。第4、5指のしびれや知覚障害については肘部管症候群の可能性も疑われています。その後に手指にRSDが生じたことからは、末梢神経の損傷に起因したCRPSであるようにも思われます。

  従って、提訴前に電気生理学検査などにより鑑別診断を受けておいた方が良かったと思います。但し、この検査がきちんとできる医療機関を探して検査を受けることは、地域などの事情により容易とは言えないという問題があります。

4 RSDとの診断について

 ⅰ 本件では被害者の症状がCRPSであることは特に問題はありません。CRPSの判定指標を満たす上に、左手指の痛み、知覚障害、腫脹、運動制限を説明するほかの疾患が見当たらないからです。しかし、本件のように外形的に明らかにCRPS(RSD)であり、その診断が下されている事案であっても、加害者側は全ての事案で診断を否定する主張をなし、これを裏付ける医学意見書を提出するなどしています。その結果、裁判例の上では初歩的な知識不足から主治医の診断を否定した判決が多く見られます。本件もその1つです。

 ⅱ 本件ではCRPSを発症した基盤として肘部管症候群、胸郭出口症候群、頚部神経根損傷などによる末梢神経の損傷が存在する可能性があります。これが存在する場合にはCRPSタイプ2となり、存在しない場合にはCRPSタイプ1となります。

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 ⅲ 本件では症状固定時にRSDとの診断を受けていますが、この診断は医学的な分類ではCRPSタイプ1(神経損傷のないタイプ)を意味しますが、本件ではこの意味で「RSD」と診断しているようには見えないという問題があります。

国際疼痛学会がRSDやカウザルギーの上位概念としてCRPS(複合性局所疼痛症候群)という概念を導入した以降も、「RSD」はCRPSタイプ1、「カウザルギー」はCRPSタイプ2としてその傷病名は残されました。

しかし、日本ではこの分類に従っていない医療機関が少なくないようで、CRPSとの病名を用いない医療機関においては明白なカウザルギー以外は全てRSDと診断している例がしばしば見られます。その背景として歴史的にはRSDの中にカウザルギーを含める分類が有力であったことが挙げられます(例えば『末梢神経損傷診療マニュアル』139頁以下)。確かに、この分類の方が納得できる面もあります。

   本件では症状固定時の「頚椎脊髄神経根損傷」との診断は神経根損傷に起因した手指のRSDとの意味を有しているはずであり、そうであれば、RSD(CRPSタイプ1)ではなく、CRPSタイプ2(カウザルギーなど神経損傷のあるタイプ)との診断をすべきこととなります。

しかし、本件の症状が昔から「カウザルギー」と呼ばれてきた症状であるかと言われれば、そうではないと考える医師がほとんどでしょう。「カウザルギー」はより重症化した疾患であるとのイメージがあります。そのような事情から本件ではCRPSとの傷病名を用いない医療機関が、CRPSタイプ2について誤ってRSDとの傷病名を用いている事例であるように見えます。

   いずれにしても、CRPSであることには変わりはないのですが、RSDとの診断がなされれば、自賠責では3要件基準が適用され、ほとんど全ての患者が著しく低い後遺障害とされる(もしくは非該当とされる)という事情があり、大きな違いとなります。

5 CRPSについての判決の検討について

 ⅰ 判決は自賠責や労災の3要件基準(①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化)を診断基準と誤解して、RSDではないとしています。すでに何回も書きましたが、3要件基準は自賠責においても診断基準ではなく、RSDかどうかを認定する基準ですらありません。しかし、なぜかこの点を誤解した判決が多く見られます。

 CRPS(RSD)に必須の症状が1つもないことは世界中の医師が認めている初歩的な基礎知識ですので、このレベルの初歩的知識を欠いたまま訴訟が行われることはまずいと思います。日本版のCRPSの判定指標は5項目のうち「いずれか2つ」を満たせばよいという指標(感度約80%)を用いています。この指標からも必須の症状が1つもないことは即座に理解できるはずです。

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 ⅱ CRPS患者であっても3要件基準を満たす方はおそらく1%もおらず、多くみてもせいぜい1~2%でしょう。3要件基準を制定した時点でこのことは理解できていたはずです。

たしかに労災制度には社会福祉的な面があり、労災手続での指標は国による福祉的な保護を受ける方を政策的に制限する側面があり、医学的な合理性とは一線を画するものですが、なぜここまで不合理な基準が作られたのか理解し難い面があります。

   この点について、三上容司医師は、3要件のいずれもが必須の所見ではないことを指摘して、「後遺障害認定はあくまでも行政上の作業であり、医学ではない」、「後遺障害認定基準は医学上の診断基準・判定指標とは別物である」と述べています(『複合性局所疼痛症候群CRPS』244頁、『ペインクリニック』33巻8号1109頁、オルソペディクス25巻10号79頁)。

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 ⅲ なお、3要件基準を患者の重症度を判断する指標にすることも誤りです。CRPS患者のうち3要件を満たす方は多めに見積もってもせいぜい1~2%ですので、重症患者のほぼ全員が3要件基準を満たしません。従って、3要件が重症度の指標として機能することは医学的にはあり得ません。もちろん3要件と重症度についての医学的な統計などの裏付も存在しません。

   そもそも重症化しているかどうかは、個別の患者の症状をそのまま検討すれば判断できます。これに対して、重症度を判断するために「現実に患者に生じている症状」から目をそらして、重症度と相関しない3要件を満たさなければ重症化を認めないとするのが3要件基準の本来の利用法であり、それ故に3要件基準は著しく合理性を失していると言うほかありません。

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 ⅳ 判決は3要件基準を診断基準と誤解してCRPSを否定し、被害者には他覚的な所見があるとまでは認められないとして、14級としています。これは自賠責の認定基準を訴訟に持ち込むものです。しかし、判決は一方では被害者の訴える症状は存在するであろうと認定しています。

   裁判例においては、主治医がRSD(CRPS)と診断し、これに対する治療を行った事案においても、全ての事案で加害者側はその診断を否定し、それを裏付ける医学意見書を提出するなどしています。もとより全てが誤診であるわけがなく、むしろ誤診はごくわずかでしょう(せいぜい1000件に1件でしょう)。従って、外形的には加害者側の主張の全部が誤りと推断できる状況があります。

   実際にも裁判例の上では、RSD(CRPS)との診断が誤診であったと思われるものはありませんでした。他の傷病(特に末梢神経障害)との鑑別診断について指摘したものが少なからずありますが、積極的にCRPSではないと推論できる事例は私の見る限りありません。

この特殊な状況の下で、加害者側の医学意見書に騙されるなどして、CRPSに必須の症状が1つたりともないことや、3要件基準は診断基準ではないことや、関節拘縮に骨萎縮が必須ではないことなどの初歩的な知識さえないまま、CRPS(RSD)との診断を否定した判決が多く見られます。裁判所は明らかに舐められています。

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 ⅴ 裁判所が毎回のように騙される原因は、医学的知識の欠如だけではなく、より根本的なものの見方にも問題があると思います。それは主治医がCRPS(RSD)との診断を下したことの重みについてです。

   医師が患者に対して難病との診断を下すことは決して軽々に行われるものではありません。CRPSなどの難病の診断が下されると、患者やその家族は大きな精神的ショックを受けます。癌の告知を思い浮かべればこのことは理解できると思います。医師は当然にそのことを知って診断を下しているのであり、十分に調べた上で根拠のある診断を下すことは当然のことです。

   裁判例の上ではCRPS(RSD)との診断が遅れている事案が多く見られることは、この難病の診断について医師が慎重になりすぎていることも一因であると思います。もちろん、CRPS(RSD)という疾患についての知識がない医療機関に入通院していたために診断が遅れたと思われる事案も多く見られますが、CRPSとの診断を下した医師に関してはこの理由は当てはまりません。CRPS(RSD)という診断が下されることそれ自体の重みを理解していれば、軽々にその判断を覆すことはできないことに思い至るはずです。

3要件基準は診断基準ではないという初歩的知識がなかったとしても、「仮に3要件基準が診断基準であるとすると、主治医はこれを知らずにRSDとの誤診をしたことになり、それは極めて軽率な医療過誤となる」と思い至るはずです。これに対して、「臨床の医師はこのレベルの基礎知識もない人ばかりである」と軽信して誤解が解けなかったとすると、その判断は医学的知識の欠如にとどまらない、より根本的な問題を抱えていると思います。

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6 後遺障害等級表について

 ⅰ 判決は、自賠責の後遺障害等級表が訴訟でどのように位置づけられるのかを理解できていないように見えます。自賠責の後遺障害等級表は後遺障害の重さに応じた賠償額を算定するための尺度(目安)であって、それ以上のものではありません。

 原則論から考えれば、被害者はあくまでも事故により生じた「具体的な障害」を主張していることは明らかです。しかし、それを何の目安もなしにそのまま金銭評価することは困難であるため、金銭評価の目安として後遺障害等級表を引用しているに過ぎません。従って、より使い勝手の良い目安が作られればそちらを使うことになります。自賠責の後遺障害等級表は資料のうちの1つに過ぎません。

 ⅱ しかし、この作業が定型化していくと本末転倒が生じてしまい、あたかも後遺障害等級表が最初にあり、それに具体的な症状をはめ込むことができるかどうかという視点で検討していきます。その結果、はめ込めない部分は切り捨てる(現に存在する障害を無視する)という致命的な誤りに至るものも少なからず見かけます。

ⅲ 正しくは「現に存在する具体的な後遺障害を余すところなく適切に評価するためには、後遺障害等級表という資料をどのように利用すれば良いのか(変形させればよいのか)」という視点で見る必要があります。

  この視点から裁判例のなかにも12級相当であるとしながら50%の逸失利益を認めるものや、4級相当としながら逸失利益を50%とするものなど、後遺障害等級表という目安を事例に応じて変形させているものが数多くあります。後遺障害等級表はあくまでも損害算定の目安に過ぎません。適宜変形させて構いません。従って、裁判所が自賠責の認定基準に拘束されるとする法律観には根本的な部分で誤りがあります。

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7 他覚的所見について

 ⅰ 以上の点をおくとしても、判決が他覚的な所見が「あるとまでは認められない」としていることは疑問です。被害者の左手の腫脹は目で見て分かるものだったはずなので、これは他覚的所見に当ります。

なお、被害者が長期間の通院で痛みを訴えている場合には、それ自体を考慮して12級の「頑固な神経症状」を認める例は自賠責でも労災でもしばしばみられます。労災や自賠責の手続においても一定の裁量的な判断は否定されていません。判決はそれをも否定しています。

   また、判決が「他覚的所見があるとまでは認められない」との形で他覚的所見の有無を後遺障害認定の要件であるかのように扱う点にも疑問を感じます。訴訟ではそのような法的拘束はありません。

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 ⅱ 判決はその上で、何をもって他覚的所見とするのかについて独自の見解を採用し、医師の診断や放射線技士によるMRIの読み取りを否定して、自賠責の認定係の意見を優先していますが、この点も疑問です。

 判決は自賠責で神経の損傷は認められないとされたことを、神経の損傷を否定する根拠として引用し、神経への圧迫所見がないとする部分でも自賠責の認定を引用して根拠にしています。しかし、自賠責の認定係は医師ではなく、画像を読む能力が保障されていない方が含まれているので、この部分はさすがにまずいと思います。なお、労災においても認定そのものは医師がするものではなく行政官が行うので、その認定の文言を根拠に医師の診断や技師の画像読み取りを否定することは誤りとなります。

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 ⅲ そもそもの問題として、どうして他覚的所見にこだわるのか、何をもって他覚的所見とするのかという問題があります。

臨床では医師が感知した所見の全てを他覚的所見としており、患者の協力を要する徒手筋力検査、関節可動域検査、知覚検査も当然に他覚的所見とされ、後遺障害診断書もこの前提で記載されています。臨床では虚偽の症状を訴えるという少数の特殊な患者を想定して検査結果を除外して診察、治療に当たる医師はいません。当たり前のことですが、参照できる情報を無視することはありえません。以上につき、『臨床リハ』22巻3号234頁を参照しました。

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   ところが、訴訟では加害者側は画像所見、身体計測所見、電気生理学的所見などの物理的な状況が可視化された(計測された)もののみを他覚的所見であるとして、これをできるだけ狭くする方向で主張します。自賠責の手続も同様の傾向があります。ときには電気生理学検査は患者が意図的にごまかせるなどの難癖(ごまかしは不可能です。患者の意思で神経の伝導速度や運動単位電位が変わることは原理的にあり得ません。)を付けられることもあります。

   また、患者の外形的状況(皮膚の変化、末梢の脹れ・むくみなど)は明らかに他覚的所見ですが、訴訟ではこれさえも他覚的所見ではないと主張されることがあります。本件では判決はこの前提に立っているようにも見えます。

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 ⅳ 他覚的所見については、医学での概念をそのまま認めると虚偽の症状を訴える患者がいた場合にその言いなりになってしまうとの考え(性悪説)から、訴訟では独自の観点から変更するべきと主張されます(医学での概念を知らない裁判官を騙す意図がないとも言えませんが)。

もちろん、この考えではごく少数の特殊な人のために大多数(ほぼ全員)が犠牲になります。普通の患者を前提に考えれば臨床と同様の概念で他覚的所見を考えるべきであり、これにより圧倒的大多数の事案で正しい結論を導きます。

しかし、加害者側の主張に惑わされ、「損害の証明は被害者に立証責任がある」との考えから、証明手段をも初期設定で制限するという誤りに至る例はしばしば見られます。自由心証においてそのような縛りはなく、この考えは法的にも(医学的に誤りであることは上記のとおりです)誤りです。

そもそも証明責任は真偽不明になったときに結論(法規の適用)を決めるものであって事実認定の道具ではないので、自由心証の初期設定で証拠を序列化すること自体に誤りがあります。患者本人の関与する検査を否定する方向に向えば、判定者の猜疑心の強さの度合いにより他覚的所見の範囲が決まることとなります。

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8 結論の妥当性について

 ⅰ 判決の認定した事実によると、この被害者は事故前にタクシー乗務員として890万円ほどの年収であったのが、事故後は就労に戻れず、収入がなくなっています。被害者にしてみればあと10年はこの仕事を続けるつもりであったのが、事故により仕事ができなくなったので、その損害は3000万円を優に超えると考えていることでしょう。

   しかし、判決の認定した逸失利益は340万円ほどで年収の半分にも満たない額です。被害者には全く過失のない追突事故で仕事ができなくなっていることからは、この結論は疑問です。但し、原告が9級ではなく12級を主張していることにも問題はあります。

判決は症状固定までの1年9か月の休業損害についても、タクシー乗務員の仕事ができなくとも他の仕事ができたはず、として1年3か月分の休業損害を半額として570万円としています。しかし、56歳の女性が通院しながら他の仕事で事故前の高収入の半分の収入を得られるとの仮定には無理があります。

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 ⅱ この結論が導かれた原因は、上記のとおりCRPS(RSD)という傷病への無理解が前提にあります。判決は、被害者がRSDであるとする医師の診断や、頚椎脊髄神経根損傷であるとする医師の診断を否定して、MRIの読み取りなども否定しています。

   また、現に存在する後遺障害を金銭評価するための目安として後遺障害等級表を用いるべきところを、判決では後遺障害等級表が最初に存在して、これに被害者の後遺障害を当てはめて、はめ込めなかった後遺障害は切り捨てているという構造的な問題もあります。

   さらに、判決が被害者は症状固定前に就労に復帰できてかなりの収入を得ることができたはずであると認定していることからは、実質的に被害者の訴える症状の大半について詐病との認定をしたこととなります。

しかし、上記のとおり判決は被害者の主張する後遺障害は存在するであろうとも述べています。被害者の事故前の年収が890万円であったことからは、普通であれば少々の無理をしてでも仕事に復帰しようとしたはずであり、それができなかったことからは相当の痛みやしびれが出ていたことが推測できます。

   以上のことからは、判決は3要件基準を診断基準と誤解したことから、被害者の症状を説明できる傷病名が存在しなくなり、後遺障害等級表に後遺障害をはめ込むという方法論で、しかも自賠責の基準を訴訟で厳格化して用いたため14級となり、その結果、逸失利益や休業損害を低く認定するほかなくなり、実質詐病となるほどの低額な賠償額となり、その結果を正当化するための認定も付け加えたという泥縄式の流れに乗ってしまったとも言えそうです。

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ⅲ しかし、より根本的な原因は「~であると認めるに足りる証拠があるか」という視点で事実認定を行うという誤り、即ち証明責任を事実認定に取り込む誤りにあるように見えます(この点は他でも述べたので、できるだけ繰り返しは避けます)。

この判決からは、被害者の症状や現状についての心証や事件の全体像についての心証はほとんど感じられず、「要件に従って認定した」という淡々とした作業の形跡しか感じられません。その作業とは「~であると認めるに足りる証拠があるか」という判断をポイントごとに繰り返して前に進むことです。まさにこれが泥縄式の認定になった原因でしょう。

   事実認定は全ての事情を考慮して、全体として「何が起きたのか」を認定することであって、その視点がなければ一貫した認定とはなりません。全体像も持たずに個別の結論を順番に決めていけば泥縄式(行き当たりばったり)の認定となります。行政官が許認可の書類審査をする場合であれば、ポイントごとに結論を出すことができますが、事実認定は全体として整合する一貫したものとする必要があります。

ⅳ 証明責任は真偽不明に至った時点で結論(法規の適用)を決める道具であって事実認定の道具ではないので、自由心証において「~であるとする確実な証拠があるか」との視点を持つことは正しくありません。しかし、泥縄式の認定においては個別の部分ごとの細分化された認定を行うためにこの視点が導入されていきます。

   この視点で検討して「~であると認めるに足りる証拠はない」で終えてしまうと「では何が起きたのか」という部分が空白になり、それ故にそれは事実認定とは言いがたいものです。つまり、「確実にAであるとは言えない」という理由で「Aの否定(Aであるとは認められない)」を事実として認定してしまうと、実質的な心証の裏付のない事実認定となります。

   しかし、証明責任を自由心証に先取りする誤りに陥ると、これを事実認定と誤解することとなります。この結論を基盤にしてさらに別の結論を「~であると認めるに足りる証拠はあるか」との視点で導いていくと、実質的な心証の裏付のない認定が泥縄式に繰り返されていきます。

   本件では主治医の診断(普通であれば長期間患者を診察した主治医の診断の少なくとも95%以上は正しいと考えるでしょう)について、「確実に正しいとは言えない」という理由で否定し、MRIの読み取りも同様に否定していくため、最も可能性の高い事実から乖離した事実が淡々と認定されていく悪循環に陥っています。

   本件の全体像を巨視的に見れば、「年収890万円の被害者が事故で働けなくなるほどの後遺障害を残し、医師がそれについてRSDという難病の診断を下した」との外形が見えていて然るべきなのですが、そのような全体的な実体が個別の部分で実質的な心証の裏付を持たない結論に覆されていくという構造になっています。

   最近はこの誤りに陥っているように見える裁判例を少なからず見かけるのですが、全体像を持たないまま前から順に結論を決めるやり方は要件事実論が原因でしょうか。要件事実論は事実認定で用いる道具ではないことは自明であると思うのですが。

2013年1月17日 (木)

事故2週間後に両手両足に症状発症(22.11.25)

事故2週間後に両手両足に症状発症(22.11.25)

1 大阪地裁平成22年11月25日判決(交民集43巻6号1512頁)

  この事件では両足のCRPSが問題となっています。この事案の特徴は、①事故の2週間後にそれまで症状の出ていなかった両手両足の末梢部に痛みが出てきたこと、②症状の経過に特徴があること、③足根管症候群との鑑別診断がなされていないこと、④裁判所がCRPSタイプⅠとして検討したこと、⑤判決が日本版のCRPS判定指標に言及しながらも、RSDの自賠責3要件基準を診断基準と誤解したことなどです。

2 症状の経過

 被害者は症状固定時23歳専業主婦で、平成19年3月29日に自転車を運転していてごみ回収車の影から後ろ向きに後ずさりしながら飛び出してきた回収作業員と衝突し、自転車から放り出されて後頭部を打ち、仰向けに倒れました。

 (*以下では日付は断りのない場合は事故日を基準としたものです) 

 事故当日…Y脳神経外科病院。救急車で搬送されるも入院せず、翌日とその1か月ほど後に同病院に通院する。被害者も当初は後頭部の痛みは徐々に治まっていくものと考えていた。

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*後頭部打撲、頚椎捻挫の診断を受けたようです(原告の主張)。その後に当初とは異なる場所に症状が出てきます。

 2週間後…被害者は両手両足に鋭く刺すような痛みやしびれを感じるようになり、1か月後には足が脹れ、赤紫色になるなどした。

 1か月半後…大阪府立急性期総合医療センターで診察・治療を受けるも両手両足の痛みはおさまらず、足の感覚が麻痺するようになった。

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    *事故2週間後から、それまでに痛みが生じていなかった両手両足の末梢部に痛みが出ています。事故から一定期間(数日から2か月ほど)経過して新たに上肢や下肢にしびれや痛みが出る事案は裁判例の上でもしばしば見られます。とくに絞扼神経障害(胸郭出口症候群、手根管症候群など)ではこの経過が多く見られます。本件では両手のみならず両足にも症状が出ています。

事故の受傷部位ではない末梢部の両側、しかも手と足の双方に症状が出ていることからは中枢神経(脳・脊髄)を介した症状であるようにも見えます。

 2か月半後…大阪市大医学部附属病院麻酔科・ペインクリニック科を受診し、手足について「自発的、鋭い、刺すような」びまん性・持続的な痛みを訴えた。温冷触覚異常なし、振動・位置覚異常なし、運動障害なし、歩行障害あり、自律神経障害なし、膀胱直腸障害なしとされる。サーモグラフィーでは両手・両足の温度低下があるとされる。同病院では膠原病・血管障害の除外診断(R/O)が必要とされる。

 2か月20日後…同じ病院の老年科・神経内科を受診し、「RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)疑い」とされる。

 2か月22日後…同じ病院の膠原病内科を受診し、関節痛なし、レイノー現象(冷たい場所に曝されると手足が血行不良で白く変色する症状。膠原病の際にはしばしば見られる)なし、四肢に浮腫なし、皮膚硬化なし、両下肢の皮膚色はやや黒化、筋力低下なしとされ、手足の痛み・しびれは事故の後遺症と考えるとされるも、膠原病の可能性は低い印象とされる。

    *被害者は事故2か月半後からは膠原病を疑われています。膠原病は色々な疾患が含まれます。本件では両手・両足の末梢部の痛み、むくみ、血流の悪化によるとも思われる皮膚色の変化から関節リウマチ(膠原病に含まれる)などが疑われたようです。交通事故により膠原病が生じるというのは奇異な感じもします。私は交通事故により関節リウマチ(RA)が生じたとする事例は見たことがありません。

     しかし、交通事故により線維筋痛症(FM)が生じたとする判決やその発症が争われた事案がいくつかあります。線維筋痛症は膠原病の1つとされてきた疾患です(最近は中枢神経の関与も疑われています)。但し、本件はFMの症状とは全く異なります。交通事故によりFMが生じる場合があるのであれば、RAが生じる可能性を捨て去ることはできないと思います。なお、本件では交通事故と無関係にRAが生じた可能性も考慮されていたようです。

     この時点ではRSD(CRPS)も疑われています。膠原病が「除外診断」の対象とされたのは、本命はCRPSと考えられていたからでしょう。

この時点で痛み、腫脹、皮膚の変色の症状からCRPSと診断できる状況にあります。但し、腫れは大きなものではなく、のちに改善していたようです。CRPSにおいては症状が一過性のものもあり、このため判定指標では一時的な症状も対象に含めています。

皮膚色は赤紫色から黒色になっていたことからCRPSの要件を満たしますが、内部の血流悪化の現れとして理解するとCRPS以外の選択肢が残るため、血管障害について除外診断を受けています。痛みについてはこの時点ではアロディニアは出ていたのかどうか不明ですが、CRPSの痛みはアロディニアに限定されません。

 3か月後…同じ病院の麻酔科・ペインクリニック科で「痛くて夜も眠れない」と症状を訴え、下肢のアロディニア・電撃痛から、CRPSの可能性が高いとされる。

その後、「深部感覚が足背周囲で低下している、下肢の末梢神経障害」とされ。その後の治療でアロディニアが改善するも、足首から下に温覚異常あり、触覚異常なしとされる。

    *この時点でCRPSの可能性が高いとされています。その根拠はアロディニア、電撃痛が加わったことにあるようです。しかし、確定診断には至っていないようです。

     私はこの時点で両足については足根管症候群(TTS)ないし脛骨神経の障害も検討対象に含めるべきであったと思います。痛みの領域が足首以下に限定され、かかとや足関節に痛みが生じていること、夜間に痛みが強くなること(痛くて眠れない)などはTTSの典型的な症状です。のちに足裏の痛みも訴えていますが、これもTTSで生じる症状です。左右両側に発症することは絞扼神経障害(TTSはそのひとつ)ではしばしばみられます。事故後に一定期間が経過してから症状が生じることも絞扼神経障害ではよく見られます。感覚異常もTTSの悪化で説明可能です。

本件では仮に電気生理学検査などによりTTSとされた場合にはこれにより両足の症状のかなりの部分が説明できることとなり、TTSによる神経損傷を基盤としたCRPSタイプⅡが認められるかが検討対象となります。皮膚の変色、感覚異常、腫脹、電撃痛などはTTSを基盤としてCRPSタイプⅡに至っていたとする方向に働く事情になると思います。

 5か月半後…同じ科で、下肢の冷感低下あり、左足母指付け根の潰瘍あり、他の部位にも潰瘍のあとを認めるとされる。

 1年1か月後…同じ科で、手と足の色が急に悪くなってきたとされ、「両手・両足の色調変化あり、バージャー病などの疑い」とされ、皮膚科を受診する。皮膚科では被害者は「中足骨、中手骨から末梢の色調が悪くなる。かさかさする。足の裏がしびれる。寒いときに限って、足の感覚がないので、何でもないことでこける。足の温覚もないので、熱湯がかかってもわからない。健康サンダルのいぼいぼも痛くて履けない」と述べる。

       診察後に「少なくともASO(閉塞性動脈硬化症)やバージャー病などの持続的な血流障害の症状ではない。温覚と圧痛覚のバランスがとれていない状態であり、事故後の後遺症かと思われる。」とされる。

    *この時点ではCRPSを本命としながらも、足指に潰瘍があり、手指・足指の色調は黒ずんでいたことからバージャー病(閉塞性血栓性血管炎)が疑われ、その除外診断がされています。

 1年2か月後…症状固定。両側足関節から末梢(足関節、足背、足底、足趾)のしびれ感、電撃痛、感覚障害(段差が分からない)、血流障害があるとされ、複合型局所疼痛障害(CRPS)と診断される。

*判決の認定ではCRPSとの診断がなされたことは明記されていませんが、上記のとおり2か月半後ころからCRPSが検討され、他の疾患の除外診断をしてきた経過からは後遺障害診断の時点ではCRPSと診断されていたと考えられます。

 1年5か月後…同病院の麻酔科・ペインクリニック科で右足の腫れ、右足背の腫脹と熱感ありとされる。

 1年8か月後…同じ科で、右足先の感覚低下、温度低下残存とされる。

3 本件の症状の経過の特殊性

 ⅰ 上記のとおり本件では、事故で後頭部打撲、頚椎捻挫とされたものの、手や足の捻挫や打撲は受傷時には確認されていません。しかし、事故の2週間後にそれまで症状の出ていなかった両手両足に痛みが発生し、その後に悪化しています。

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 ⅱ まず、両手の痛みから検討します。事故後にしばらくしてから事故直後は生じていなかった両手の痛み・しびれが生じるという経過は手根管症候群(CTS)や胸郭出口症候群(TOS)の事案で多く見られます。これは事故による患部の過伸展や打撲による軟部組織の腫れなどにより神経が圧迫され、その状況が続いたことにより神経組織が部分崩壊に至り、絞扼神経障害が発症したとの説明ができます。

   また、転落の衝撃で頚部に打撲や捻挫などが生じたことを契機として、頚部での神経の圧迫などとの重複神経障害としてTOSやCTSが発症したという経路でも説明可能です。この理屈で説明できる裁判例もいくつかあります。このタイプの事案では事故後に頚部に椎間板ヘルニアが発見されたとの事情を伴う事例がしばしば見られます。

   本件では事故時に被害者が両手を路面に打ち付けたとの主張はしていないようですが、頚椎捻挫との診断を受けているようですので、これに起因する手根管症候群という経路で両手に症状が生じたとの説明が考えられます。但し、被害者はCTSの診断のための検査も受けていないようです。

   そこで、本件での症状の発症は「事故から近接した時期に症状が発生し、事故以外の原因が考えられない」という理屈を持ち出さないと説明が困難となります。この理由による因果関係の肯定は最高裁でも有名な「ルンバール事件」において採用され、多くの裁判例で同様の判断が繰り返されています。最近のCRPSの事例では横浜地裁平成24年8月31日判決(自保ジャーナル1883号101頁)で「これらの症状は、本件事故直後から出現しており、原告には本件事故前にこのような症例が存したことを認めるに足りる証拠はないから、これらの症状は、本件事故によるものと認められる。」と判断しています。

私もこの理由により両手両足の症状は事故を原因としたものであると考えます。それ以外の原因は考えられません。もともと因果関係はこの理由で肯定されてきたものです。すべての科学法則は経験的に知られた事実に過ぎず、その経験とは「近接性、恒常性」です。因果関係は経験以外で根拠づけることは不可能であり、「事故から近接した時期に症状が発生し、事故以外の原因が考えられない」との事実が認められることは、因果関係を認めるべき典型例と言えます。これに対してメカニズムの解明を因果関係と取り違えてしまうと、メカニズムの細分化による無限後退に陥ります。

なお、本件では両手の症状は後遺障害としては主張されていません。両手の症状は両足に比べると軽度であり、何らの診断も受けていないことがその理由と考えられます。

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 ⅲ 次に両足の症状について検討します。上でも触れましたが足根管症候群(TTS)の症状とかなりの部分が重複しています。治療の過程で膠原病(関節リウマチ)やバージャー病の除外診断(R/O)をしているのに、TTSの除外診断がなされなかったのは、TTSが発症する受傷態様ではないと考えられたからでしょうか。

   TTSの症状については、梨状筋症候群(PS)でも生じるとしている医学書もありますが、それはPSによる坐骨神経障害がTTSによる脛骨神経障害と合併した症例ではないかと思います。PSでTTSの症状が生じるとすることは一般的ではないようです。

   梨状筋症候群(PS)は事故により腰部挫傷、腰部捻挫などの診断を受けたときに生じていることがあります。これは腰部での神経の圧迫を起点とした重複神経障害として説明できます。TTSについては、PSとの合併症状という経路のほかに、足首の捻挫や足首の骨折などを起点として直接に生じることも考えられます。

   ところが、本件では被害者は事故により腰部捻挫や腰部打撲との診断を受けておらず、足首についても同様ですので、どうしてTTS類似の症状が生じたのか説明しにくい状況にあります。従って、ここでも「事故から近接した時期に症状が発生し、事故以外の原因が考えられない」という理屈を持ち出さないと説明が困難です。判決も同様の理由で因果関係を肯定しています。

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 ⅳ 本件では両手と両足の末梢部に同時に症状が発症したという特殊性があり、このことは中枢神経を介した症状の発症があったのではないかと疑う根拠となります。すなわち、路面に手を打ち付けて症状が出たのであればその打ち付けた側の手にのみ症状が生じるはずであり、両側に生じることはなく、ましてや両足に生じるはずがなく、中枢神経を介して症状の拡散が生じたのではないかと考えられます。

   ただし、絞扼神経障害は片側のみに受傷が確認できる場合でもなぜか両側に症状が出現することが少なくないという特徴があります。すなわち、絞扼神経障害は片側での痛みなどの情報が中枢神経、例えば脊髄後角などを介して反対側に及んで対称性の症状が出る傾向があります。

   このように考えていくと、本件では事故により後頭部を(強く)打ったことが何らかの経路で手根管症候群(CTS)や足根管症候群(TTS)類似の症状につながった可能性は肯定できると思いますが、本件ではCTSもTTSもその診断を受けておらず、これらの除外診断ができる検査も受けていません。

   私の経験でも事故後に一定期間が経過してから、両手に症状(CTSと診断された)を生じた事案、両足に症状を生じた事案、両手と両足に症状を生じた事案(両手につきCRPSと診断された)があり、本件の経過は1つのパターンのようにも見えます。

4 判決のCRPSの検討について

 ⅰ 判決のCRPSの検討はいくつもの点で誤っています。まず、自賠責の3要件基準を診断基準と誤解しています。すでに何回も書いてきましたが、3要件基準は自賠責においても診断基準ではなく、RSDかどうかを認定する基準ですらありません。もとより自賠責の手続き上の指標である3要件基準に裁判所が拘束される理由はありません。

   CRPSには必ず生じる症状が1つもないことは世界中の医師が認めている定説で、これを前提に国際疼痛学会やアメリカや日本などで判定指標が作られています。4ないし5項目のうち2つをみたせば陽性となる指標(約8割の患者がこの指標を満たす)から、必須の項目が1つもないことは一目瞭然でしょう。

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 ⅱ 被害者が自賠責の後遺障害等級を訴訟で引用して使用するのは、後遺障害の重さに応じた賠償額を算定するための尺度(目安)とするために過ぎず、自賠責の手続的な制約(自賠責での認定基準)を訴訟に持ち込むことは誤りです。

   被害者は訴訟で「自賠責で認定されるべきであった等級」を主張しているのではなく、「現に存在する後遺障害」を主張しているのであって、その後遺障害を損害賠償として金銭化するための便法として自賠責の後遺障害等級表を参照しているに過ぎません。

判決がまずもって認定すべき対象は、事故により生じた被害者の具体的な後遺障害の状況であって、後遺障害の等級は賠償額を算定するための手段に過ぎません。

この判決はこの基本構造が理解できていないように見えます。判決は「RSDと認定されると損害賠償実務において後遺障害等級9級あるいは7級の認定がなされるのであるから、その認定・判断には客観的な判断基準が必要と考える。」としていますが、本末転倒の感があります。

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 ⅲ 本質認定論

判決はCRPSとの傷病名が認定できるかどうかという点にこだわり、認定できるならば9級または7級となり認定できなければ12級とするとの論理を述べていますが、「現に存在する後遺障害」として同じものを対象としながら、傷病名が割り当てられるかどうかで後遺障害の度合いが異なるとすることは正しくありません。

裁判所は「現に存在する後遺障害」を認定するべきであり、傷病名や自賠責の認定基準にこだわるべきではないとの論理(本質認定論。私が勝手に命名しました)は他の裁判例でも述べられています。最近のものでは東京高裁平成22年9月9日判決(自保ジャーナル1832号1頁)が「本件訴訟において重要なことは、本件事故によって原告が頭部に衝撃を受け脳幹部に損傷を来たしてこれを原因として後遺障害を残存させたか否かである」として軽度外傷性脳損傷(MTBI)と診断ができるかどうかに左右されないと明言しています。

私は上で足根管症候群(TTS)による症状か、CRPSによる症状かの検討をしましたが、いずれにせよ対象とする症状は同じですので、認定される後遺障害の程度は同じとなるはずです。これに対して、CRPSと認定されたならば、電撃痛などの自覚症状を肯定できるとすることは理屈が逆です。

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 ⅳ 判決はRSDとして検討した理由として「原告は神経損傷があるとは認めがたいからRSD(CRPSタイプⅠ、神経損傷のないタイプ)の発症が疑われる」と述べていますが、この部分にも問題があります。

   上記のとおり被害者の両足の症状は足根管症候群(TTS)と類似したものであり、症状の発症部分は脛骨神経領域に限定されています。このことは脛骨神経に障害が生じていることを推測させる十分な事情です。仮にTTSによる脛骨神経の障害に起因するCRPSとした場合には、CRPSのタイプⅡとなります。

仮にTTSではないとの除外診断がなされた場合でも症状の発症が脛骨神経領域に限定されていることからは、神経損傷に起因したCRPSタイプⅡとする根拠が残ります。

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 ⅴ そもそも「現に存在する後遺障害」という判断対象が同じであるにも関わらず、CRPSタイプⅡ(カウザルギー:神経損傷のある場合)とされた場合に比べて、CRPSタイプⅠ(RSD)とされた場合には3要件基準が用いられて格段に低い等級とされることは正しくありません。CRPSのタイプⅠとⅡで格段の差が生じる自賠責の不合理な基準を訴訟に持ち込む必要もありません。

5 その他

 ⅰ 過失割合について

   判決は、ごみ回収車の影から回収作業員が後ろ向きで後ずさりしながら飛び出してきて、原告の運転していた自転車に衝突したとの事故態様を認めながら原告(被害者)の過失を4割としましたが、この点も賛成できません。

   判決は被害者の過失を4割とした根拠として①ごみ回収車の付近には作業員がいるはずだから、原告は急に飛び出すことも想定できた、②自転車は道路交通法上「車両」とされているので、原告には車両を運転する者としての注意義務がある、と述べています。

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 ⅱ しかし、①については、作業員は子供ではないので小学校の校庭からボールが出てきたときのように人の飛び出しを予期しなければならないとすることもできません。自転車は道路の端や歩道を走行することが多いのですが、「相手が大人であっても飛び出しを予期すべきである」とする判決の理屈によると道路に面している全ての商店や会社などから人が飛び出してくる可能性を想定して、その全てを回避できるように備える必要があります。さすがにこれはおかしいと思います。大人の飛び出しを子供の飛び出しと同じように考えることは正しくないと思います。

   また②については、それ自体が形式的な理由であるため根拠として弱い上に、男性と思われる作業員が自転車に乗った女性にぶつかって女性を転落させたという具体的な事情にも合っていません。道路交通法で「車両」とされていても自動車と自転車では重さや運転に伴う危険性が格段に異なります。自転車運転手が女性や老人で飛び出してきた歩行者が成年男子の場合はほとんどの場合に自転車運転者の側が怪我をすると思います。この場合には定型的に自転車の方が弱者であるとも言えます。形式的な理由はピントの合わせ方で結論が変わります。もともと道路交通法は過失の程度を決める法律でもないので、何を基準にピントを合わせるかの決まりもありません。

   結論の妥当性から検討しても、判決は後ろ向きに後ずさりして飛び出してきた加害者の過失とそれを避けられなかった被害者の過失がほぼ同じ(6対4)としていますが、さすがにこれは実感としてもずれていると思います。私は被害者の過失は1割程度にするべきであったと思います。

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 ⅲ 仮に本件の事故態様で被害者が自転車から転落して、腕や足を骨折していたならば、被害者の過失は1割程度とされていたようにも思えます。判決が被害者の過失を40%としたのは、CRPSという疾患に対する偏見が背景にあるようにも見えます。

   即ち、「CRPSという特殊な疾患を発症したのは、被害者が特殊な疾患を発症するような特殊な人であり、その特殊な事情によって拡大した損害を加害者に全額賠償させるのは良くない」という差別的な感覚で被害者に厳しい認定をしているように見える判決は少なくありません。しかし、現在の医学ではCRPSを発症することがないと保障できる人は存在しません。事故によるCRPSの発症のリスクは全ての人に存在します。

   また、本件では事故2週間後になって両手両足に症状を発症し、その症状で通院したのは1か月以上経過してから(カルテなどの書面で症状が確認できるのは1か月以上経過してから)であり、その後に症状が悪化してCRPSと診断されたという経過の特殊性があり、事故と被害者の症状がストレートにつながらないため、このことが背景事情として過失割合の判断に影響を及ぼしているようにも見えます。

世の中には色々な人がいて事故の態様や症状の経過も色々なものがあり、軽度の衝撃で大きな障害を残す事故も当然にあるので、そのことをもって被害者に不利な要素とすることは正しくないと思います。