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足根管症候群

2013年1月17日 (木)

事故2週間後に両手両足に症状発症(22.11.25)

事故2週間後に両手両足に症状発症(22.11.25)

1 大阪地裁平成22年11月25日判決(交民集43巻6号1512頁)

  この事件では両足のCRPSが問題となっています。この事案の特徴は、①事故の2週間後にそれまで症状の出ていなかった両手両足の末梢部に痛みが出てきたこと、②症状の経過に特徴があること、③足根管症候群との鑑別診断がなされていないこと、④裁判所がCRPSタイプⅠとして検討したこと、⑤判決が日本版のCRPS判定指標に言及しながらも、RSDの自賠責3要件基準を診断基準と誤解したことなどです。

2 症状の経過

 被害者は症状固定時23歳専業主婦で、平成19年3月29日に自転車を運転していてごみ回収車の影から後ろ向きに後ずさりしながら飛び出してきた回収作業員と衝突し、自転車から放り出されて後頭部を打ち、仰向けに倒れました。

 (*以下では日付は断りのない場合は事故日を基準としたものです) 

 事故当日…Y脳神経外科病院。救急車で搬送されるも入院せず、翌日とその1か月ほど後に同病院に通院する。被害者も当初は後頭部の痛みは徐々に治まっていくものと考えていた。

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*後頭部打撲、頚椎捻挫の診断を受けたようです(原告の主張)。その後に当初とは異なる場所に症状が出てきます。

 2週間後…被害者は両手両足に鋭く刺すような痛みやしびれを感じるようになり、1か月後には足が脹れ、赤紫色になるなどした。

 1か月半後…大阪府立急性期総合医療センターで診察・治療を受けるも両手両足の痛みはおさまらず、足の感覚が麻痺するようになった。

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    *事故2週間後から、それまでに痛みが生じていなかった両手両足の末梢部に痛みが出ています。事故から一定期間(数日から2か月ほど)経過して新たに上肢や下肢にしびれや痛みが出る事案は裁判例の上でもしばしば見られます。とくに絞扼神経障害(胸郭出口症候群、手根管症候群など)ではこの経過が多く見られます。本件では両手のみならず両足にも症状が出ています。

事故の受傷部位ではない末梢部の両側、しかも手と足の双方に症状が出ていることからは中枢神経(脳・脊髄)を介した症状であるようにも見えます。

 2か月半後…大阪市大医学部附属病院麻酔科・ペインクリニック科を受診し、手足について「自発的、鋭い、刺すような」びまん性・持続的な痛みを訴えた。温冷触覚異常なし、振動・位置覚異常なし、運動障害なし、歩行障害あり、自律神経障害なし、膀胱直腸障害なしとされる。サーモグラフィーでは両手・両足の温度低下があるとされる。同病院では膠原病・血管障害の除外診断(R/O)が必要とされる。

 2か月20日後…同じ病院の老年科・神経内科を受診し、「RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)疑い」とされる。

 2か月22日後…同じ病院の膠原病内科を受診し、関節痛なし、レイノー現象(冷たい場所に曝されると手足が血行不良で白く変色する症状。膠原病の際にはしばしば見られる)なし、四肢に浮腫なし、皮膚硬化なし、両下肢の皮膚色はやや黒化、筋力低下なしとされ、手足の痛み・しびれは事故の後遺症と考えるとされるも、膠原病の可能性は低い印象とされる。

    *被害者は事故2か月半後からは膠原病を疑われています。膠原病は色々な疾患が含まれます。本件では両手・両足の末梢部の痛み、むくみ、血流の悪化によるとも思われる皮膚色の変化から関節リウマチ(膠原病に含まれる)などが疑われたようです。交通事故により膠原病が生じるというのは奇異な感じもします。私は交通事故により関節リウマチ(RA)が生じたとする事例は見たことがありません。

     しかし、交通事故により線維筋痛症(FM)が生じたとする判決やその発症が争われた事案がいくつかあります。線維筋痛症は膠原病の1つとされてきた疾患です(最近は中枢神経の関与も疑われています)。但し、本件はFMの症状とは全く異なります。交通事故によりFMが生じる場合があるのであれば、RAが生じる可能性を捨て去ることはできないと思います。なお、本件では交通事故と無関係にRAが生じた可能性も考慮されていたようです。

     この時点ではRSD(CRPS)も疑われています。膠原病が「除外診断」の対象とされたのは、本命はCRPSと考えられていたからでしょう。

この時点で痛み、腫脹、皮膚の変色の症状からCRPSと診断できる状況にあります。但し、腫れは大きなものではなく、のちに改善していたようです。CRPSにおいては症状が一過性のものもあり、このため判定指標では一時的な症状も対象に含めています。

皮膚色は赤紫色から黒色になっていたことからCRPSの要件を満たしますが、内部の血流悪化の現れとして理解するとCRPS以外の選択肢が残るため、血管障害について除外診断を受けています。痛みについてはこの時点ではアロディニアは出ていたのかどうか不明ですが、CRPSの痛みはアロディニアに限定されません。

 3か月後…同じ病院の麻酔科・ペインクリニック科で「痛くて夜も眠れない」と症状を訴え、下肢のアロディニア・電撃痛から、CRPSの可能性が高いとされる。

その後、「深部感覚が足背周囲で低下している、下肢の末梢神経障害」とされ。その後の治療でアロディニアが改善するも、足首から下に温覚異常あり、触覚異常なしとされる。

    *この時点でCRPSの可能性が高いとされています。その根拠はアロディニア、電撃痛が加わったことにあるようです。しかし、確定診断には至っていないようです。

     私はこの時点で両足については足根管症候群(TTS)ないし脛骨神経の障害も検討対象に含めるべきであったと思います。痛みの領域が足首以下に限定され、かかとや足関節に痛みが生じていること、夜間に痛みが強くなること(痛くて眠れない)などはTTSの典型的な症状です。のちに足裏の痛みも訴えていますが、これもTTSで生じる症状です。左右両側に発症することは絞扼神経障害(TTSはそのひとつ)ではしばしばみられます。事故後に一定期間が経過してから症状が生じることも絞扼神経障害ではよく見られます。感覚異常もTTSの悪化で説明可能です。

本件では仮に電気生理学検査などによりTTSとされた場合にはこれにより両足の症状のかなりの部分が説明できることとなり、TTSによる神経損傷を基盤としたCRPSタイプⅡが認められるかが検討対象となります。皮膚の変色、感覚異常、腫脹、電撃痛などはTTSを基盤としてCRPSタイプⅡに至っていたとする方向に働く事情になると思います。

 5か月半後…同じ科で、下肢の冷感低下あり、左足母指付け根の潰瘍あり、他の部位にも潰瘍のあとを認めるとされる。

 1年1か月後…同じ科で、手と足の色が急に悪くなってきたとされ、「両手・両足の色調変化あり、バージャー病などの疑い」とされ、皮膚科を受診する。皮膚科では被害者は「中足骨、中手骨から末梢の色調が悪くなる。かさかさする。足の裏がしびれる。寒いときに限って、足の感覚がないので、何でもないことでこける。足の温覚もないので、熱湯がかかってもわからない。健康サンダルのいぼいぼも痛くて履けない」と述べる。

       診察後に「少なくともASO(閉塞性動脈硬化症)やバージャー病などの持続的な血流障害の症状ではない。温覚と圧痛覚のバランスがとれていない状態であり、事故後の後遺症かと思われる。」とされる。

    *この時点ではCRPSを本命としながらも、足指に潰瘍があり、手指・足指の色調は黒ずんでいたことからバージャー病(閉塞性血栓性血管炎)が疑われ、その除外診断がされています。

 1年2か月後…症状固定。両側足関節から末梢(足関節、足背、足底、足趾)のしびれ感、電撃痛、感覚障害(段差が分からない)、血流障害があるとされ、複合型局所疼痛障害(CRPS)と診断される。

*判決の認定ではCRPSとの診断がなされたことは明記されていませんが、上記のとおり2か月半後ころからCRPSが検討され、他の疾患の除外診断をしてきた経過からは後遺障害診断の時点ではCRPSと診断されていたと考えられます。

 1年5か月後…同病院の麻酔科・ペインクリニック科で右足の腫れ、右足背の腫脹と熱感ありとされる。

 1年8か月後…同じ科で、右足先の感覚低下、温度低下残存とされる。

3 本件の症状の経過の特殊性

 ⅰ 上記のとおり本件では、事故で後頭部打撲、頚椎捻挫とされたものの、手や足の捻挫や打撲は受傷時には確認されていません。しかし、事故の2週間後にそれまで症状の出ていなかった両手両足に痛みが発生し、その後に悪化しています。

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 ⅱ まず、両手の痛みから検討します。事故後にしばらくしてから事故直後は生じていなかった両手の痛み・しびれが生じるという経過は手根管症候群(CTS)や胸郭出口症候群(TOS)の事案で多く見られます。これは事故による患部の過伸展や打撲による軟部組織の腫れなどにより神経が圧迫され、その状況が続いたことにより神経組織が部分崩壊に至り、絞扼神経障害が発症したとの説明ができます。

   また、転落の衝撃で頚部に打撲や捻挫などが生じたことを契機として、頚部での神経の圧迫などとの重複神経障害としてTOSやCTSが発症したという経路でも説明可能です。この理屈で説明できる裁判例もいくつかあります。このタイプの事案では事故後に頚部に椎間板ヘルニアが発見されたとの事情を伴う事例がしばしば見られます。

   本件では事故時に被害者が両手を路面に打ち付けたとの主張はしていないようですが、頚椎捻挫との診断を受けているようですので、これに起因する手根管症候群という経路で両手に症状が生じたとの説明が考えられます。但し、被害者はCTSの診断のための検査も受けていないようです。

   そこで、本件での症状の発症は「事故から近接した時期に症状が発生し、事故以外の原因が考えられない」という理屈を持ち出さないと説明が困難となります。この理由による因果関係の肯定は最高裁でも有名な「ルンバール事件」において採用され、多くの裁判例で同様の判断が繰り返されています。最近のCRPSの事例では横浜地裁平成24年8月31日判決(自保ジャーナル1883号101頁)で「これらの症状は、本件事故直後から出現しており、原告には本件事故前にこのような症例が存したことを認めるに足りる証拠はないから、これらの症状は、本件事故によるものと認められる。」と判断しています。

私もこの理由により両手両足の症状は事故を原因としたものであると考えます。それ以外の原因は考えられません。もともと因果関係はこの理由で肯定されてきたものです。すべての科学法則は経験的に知られた事実に過ぎず、その経験とは「近接性、恒常性」です。因果関係は経験以外で根拠づけることは不可能であり、「事故から近接した時期に症状が発生し、事故以外の原因が考えられない」との事実が認められることは、因果関係を認めるべき典型例と言えます。これに対してメカニズムの解明を因果関係と取り違えてしまうと、メカニズムの細分化による無限後退に陥ります。

なお、本件では両手の症状は後遺障害としては主張されていません。両手の症状は両足に比べると軽度であり、何らの診断も受けていないことがその理由と考えられます。

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 ⅲ 次に両足の症状について検討します。上でも触れましたが足根管症候群(TTS)の症状とかなりの部分が重複しています。治療の過程で膠原病(関節リウマチ)やバージャー病の除外診断(R/O)をしているのに、TTSの除外診断がなされなかったのは、TTSが発症する受傷態様ではないと考えられたからでしょうか。

   TTSの症状については、梨状筋症候群(PS)でも生じるとしている医学書もありますが、それはPSによる坐骨神経障害がTTSによる脛骨神経障害と合併した症例ではないかと思います。PSでTTSの症状が生じるとすることは一般的ではないようです。

   梨状筋症候群(PS)は事故により腰部挫傷、腰部捻挫などの診断を受けたときに生じていることがあります。これは腰部での神経の圧迫を起点とした重複神経障害として説明できます。TTSについては、PSとの合併症状という経路のほかに、足首の捻挫や足首の骨折などを起点として直接に生じることも考えられます。

   ところが、本件では被害者は事故により腰部捻挫や腰部打撲との診断を受けておらず、足首についても同様ですので、どうしてTTS類似の症状が生じたのか説明しにくい状況にあります。従って、ここでも「事故から近接した時期に症状が発生し、事故以外の原因が考えられない」という理屈を持ち出さないと説明が困難です。判決も同様の理由で因果関係を肯定しています。

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 ⅳ 本件では両手と両足の末梢部に同時に症状が発症したという特殊性があり、このことは中枢神経を介した症状の発症があったのではないかと疑う根拠となります。すなわち、路面に手を打ち付けて症状が出たのであればその打ち付けた側の手にのみ症状が生じるはずであり、両側に生じることはなく、ましてや両足に生じるはずがなく、中枢神経を介して症状の拡散が生じたのではないかと考えられます。

   ただし、絞扼神経障害は片側のみに受傷が確認できる場合でもなぜか両側に症状が出現することが少なくないという特徴があります。すなわち、絞扼神経障害は片側での痛みなどの情報が中枢神経、例えば脊髄後角などを介して反対側に及んで対称性の症状が出る傾向があります。

   このように考えていくと、本件では事故により後頭部を(強く)打ったことが何らかの経路で手根管症候群(CTS)や足根管症候群(TTS)類似の症状につながった可能性は肯定できると思いますが、本件ではCTSもTTSもその診断を受けておらず、これらの除外診断ができる検査も受けていません。

   私の経験でも事故後に一定期間が経過してから、両手に症状(CTSと診断された)を生じた事案、両足に症状を生じた事案、両手と両足に症状を生じた事案(両手につきCRPSと診断された)があり、本件の経過は1つのパターンのようにも見えます。

4 判決のCRPSの検討について

 ⅰ 判決のCRPSの検討はいくつもの点で誤っています。まず、自賠責の3要件基準を診断基準と誤解しています。すでに何回も書いてきましたが、3要件基準は自賠責においても診断基準ではなく、RSDかどうかを認定する基準ですらありません。もとより自賠責の手続き上の指標である3要件基準に裁判所が拘束される理由はありません。

   CRPSには必ず生じる症状が1つもないことは世界中の医師が認めている定説で、これを前提に国際疼痛学会やアメリカや日本などで判定指標が作られています。4ないし5項目のうち2つをみたせば陽性となる指標(約8割の患者がこの指標を満たす)から、必須の項目が1つもないことは一目瞭然でしょう。

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 ⅱ 被害者が自賠責の後遺障害等級を訴訟で引用して使用するのは、後遺障害の重さに応じた賠償額を算定するための尺度(目安)とするために過ぎず、自賠責の手続的な制約(自賠責での認定基準)を訴訟に持ち込むことは誤りです。

   被害者は訴訟で「自賠責で認定されるべきであった等級」を主張しているのではなく、「現に存在する後遺障害」を主張しているのであって、その後遺障害を損害賠償として金銭化するための便法として自賠責の後遺障害等級表を参照しているに過ぎません。

判決がまずもって認定すべき対象は、事故により生じた被害者の具体的な後遺障害の状況であって、後遺障害の等級は賠償額を算定するための手段に過ぎません。

この判決はこの基本構造が理解できていないように見えます。判決は「RSDと認定されると損害賠償実務において後遺障害等級9級あるいは7級の認定がなされるのであるから、その認定・判断には客観的な判断基準が必要と考える。」としていますが、本末転倒の感があります。

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 ⅲ 本質認定論

判決はCRPSとの傷病名が認定できるかどうかという点にこだわり、認定できるならば9級または7級となり認定できなければ12級とするとの論理を述べていますが、「現に存在する後遺障害」として同じものを対象としながら、傷病名が割り当てられるかどうかで後遺障害の度合いが異なるとすることは正しくありません。

裁判所は「現に存在する後遺障害」を認定するべきであり、傷病名や自賠責の認定基準にこだわるべきではないとの論理(本質認定論。私が勝手に命名しました)は他の裁判例でも述べられています。最近のものでは東京高裁平成22年9月9日判決(自保ジャーナル1832号1頁)が「本件訴訟において重要なことは、本件事故によって原告が頭部に衝撃を受け脳幹部に損傷を来たしてこれを原因として後遺障害を残存させたか否かである」として軽度外傷性脳損傷(MTBI)と診断ができるかどうかに左右されないと明言しています。

私は上で足根管症候群(TTS)による症状か、CRPSによる症状かの検討をしましたが、いずれにせよ対象とする症状は同じですので、認定される後遺障害の程度は同じとなるはずです。これに対して、CRPSと認定されたならば、電撃痛などの自覚症状を肯定できるとすることは理屈が逆です。

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 ⅳ 判決はRSDとして検討した理由として「原告は神経損傷があるとは認めがたいからRSD(CRPSタイプⅠ、神経損傷のないタイプ)の発症が疑われる」と述べていますが、この部分にも問題があります。

   上記のとおり被害者の両足の症状は足根管症候群(TTS)と類似したものであり、症状の発症部分は脛骨神経領域に限定されています。このことは脛骨神経に障害が生じていることを推測させる十分な事情です。仮にTTSによる脛骨神経の障害に起因するCRPSとした場合には、CRPSのタイプⅡとなります。

仮にTTSではないとの除外診断がなされた場合でも症状の発症が脛骨神経領域に限定されていることからは、神経損傷に起因したCRPSタイプⅡとする根拠が残ります。

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 ⅴ そもそも「現に存在する後遺障害」という判断対象が同じであるにも関わらず、CRPSタイプⅡ(カウザルギー:神経損傷のある場合)とされた場合に比べて、CRPSタイプⅠ(RSD)とされた場合には3要件基準が用いられて格段に低い等級とされることは正しくありません。CRPSのタイプⅠとⅡで格段の差が生じる自賠責の不合理な基準を訴訟に持ち込む必要もありません。

5 その他

 ⅰ 過失割合について

   判決は、ごみ回収車の影から回収作業員が後ろ向きで後ずさりしながら飛び出してきて、原告の運転していた自転車に衝突したとの事故態様を認めながら原告(被害者)の過失を4割としましたが、この点も賛成できません。

   判決は被害者の過失を4割とした根拠として①ごみ回収車の付近には作業員がいるはずだから、原告は急に飛び出すことも想定できた、②自転車は道路交通法上「車両」とされているので、原告には車両を運転する者としての注意義務がある、と述べています。

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 ⅱ しかし、①については、作業員は子供ではないので小学校の校庭からボールが出てきたときのように人の飛び出しを予期しなければならないとすることもできません。自転車は道路の端や歩道を走行することが多いのですが、「相手が大人であっても飛び出しを予期すべきである」とする判決の理屈によると道路に面している全ての商店や会社などから人が飛び出してくる可能性を想定して、その全てを回避できるように備える必要があります。さすがにこれはおかしいと思います。大人の飛び出しを子供の飛び出しと同じように考えることは正しくないと思います。

   また②については、それ自体が形式的な理由であるため根拠として弱い上に、男性と思われる作業員が自転車に乗った女性にぶつかって女性を転落させたという具体的な事情にも合っていません。道路交通法で「車両」とされていても自動車と自転車では重さや運転に伴う危険性が格段に異なります。自転車運転手が女性や老人で飛び出してきた歩行者が成年男子の場合はほとんどの場合に自転車運転者の側が怪我をすると思います。この場合には定型的に自転車の方が弱者であるとも言えます。形式的な理由はピントの合わせ方で結論が変わります。もともと道路交通法は過失の程度を決める法律でもないので、何を基準にピントを合わせるかの決まりもありません。

   結論の妥当性から検討しても、判決は後ろ向きに後ずさりして飛び出してきた加害者の過失とそれを避けられなかった被害者の過失がほぼ同じ(6対4)としていますが、さすがにこれは実感としてもずれていると思います。私は被害者の過失は1割程度にするべきであったと思います。

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 ⅲ 仮に本件の事故態様で被害者が自転車から転落して、腕や足を骨折していたならば、被害者の過失は1割程度とされていたようにも思えます。判決が被害者の過失を40%としたのは、CRPSという疾患に対する偏見が背景にあるようにも見えます。

   即ち、「CRPSという特殊な疾患を発症したのは、被害者が特殊な疾患を発症するような特殊な人であり、その特殊な事情によって拡大した損害を加害者に全額賠償させるのは良くない」という差別的な感覚で被害者に厳しい認定をしているように見える判決は少なくありません。しかし、現在の医学ではCRPSを発症することがないと保障できる人は存在しません。事故によるCRPSの発症のリスクは全ての人に存在します。

   また、本件では事故2週間後になって両手両足に症状を発症し、その症状で通院したのは1か月以上経過してから(カルテなどの書面で症状が確認できるのは1か月以上経過してから)であり、その後に症状が悪化してCRPSと診断されたという経過の特殊性があり、事故と被害者の症状がストレートにつながらないため、このことが背景事情として過失割合の判断に影響を及ぼしているようにも見えます。

世の中には色々な人がいて事故の態様や症状の経過も色々なものがあり、軽度の衝撃で大きな障害を残す事故も当然にあるので、そのことをもって被害者に不利な要素とすることは正しくないと思います。