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軽度外傷性脳損傷(MTBI)

2010年9月18日 (土)

新種症例を複数含む交通事故判決(22.3.18)

1 東京地裁平成22年3月18日判決(自保ジャーナル1827号)

  この事件では、新しい疾患が複数問題となっています。

 ⅰ TOS(胸郭出口症候群)

訴訟ではこの10年の間に少し見られるようになってきた症例です。判例で掲載されている事件のなかでも多くありません。私は数件受任したことがありますが、新しい傷病を認めてもらうのは大変です。

ⅱ CRPS(複雑局所疼痛症候群)

    以前はRSD(反射性交感神経性ジストロフィー)やカウザルギーと呼ばれ ていたもので、非典 型症例が多いことなどから国際疼痛学会がCRPSとして命名しなおしました。

ⅲ 軽度外傷性脳損傷(MTBI)

   上記のⅰ、ⅱが学界で認められた疾患であるのに対して、軽度外傷性脳損傷 は、一部の学者が新たに提唱している疾患です。即ち、交通事故などによる脳損傷のうち、高次脳機能障害はその一部にしか過ぎず、高次脳機能障害に分類されないレベルの脳損傷の方が数的にも多いはずで、これによる障害も生じるというものです。

   93年に初めてアメリカで定義化された新しい疾患であるため、訴訟のなかで認めてもらうのは困難です。

 

ⅳ 高次脳機能障害

  高次脳機能障害は認められる要件が厳しいため、交通事故訴訟においては患者(被害者)の一部しか救済されません。そこで軽度外傷性能損傷や低脊髄圧症候群などの主張がなされるという側面があります。

ⅴ 低脊髄圧症候群(脳脊髄液減少症)

  この傷病の存在そのものから否定する保険会社(加害者)側の主張が認められる判決が多く、最近ではこの病名の事件は、患者側(被害者側)敗訴が圧倒的大多数になりました。

2 この事件では以上のように、新種の疾患が目白押しで、被害者側にはかなり不利な条件が重なっています。従って、被害者側敗訴というのはやむを得ないともいえます。しかし、気になったことをいくつか書き記しておきます。

  私が被害者側として主張をするのであれば、医学的に傷病の存在が認められたTOS(胸郭出口症候群)やCRPSの主張を中心にすると思います。

3 TOS(胸郭出口症候群)について

  そこで、まず胸郭出口症候群(TOS)について見ていきます。判決はTOSの存在を否定していますが、これは疑問です。判決によると腕神経叢造影が行われ、造影剤が入っていかない部分が確認され、斜角筋による絞扼があるということが書かれています。通常はそれ以外に徒手検査も経た上で、確定診断されているはずなので、この確定診断を覆すにはそれなりの客観的証拠を必要とします。

  しかし、判決では「確定診断することが可能な画像所見等の客観的所見に乏しい」としてTOSを否定していますが、これではこの病名の確定診断をした医師としては承服できないでしょう。確定診断の条件を満たした上で確定診断をしているのですから。

4 次に、CRPS(複雑局所疼痛症候群)についてですが、症状の経過からは、事故による胸郭出口症候群の発症がまず起きて、これによる胸郭部での神経損傷が解消されないまま持続したことによる疼痛の増幅がCRPSの発症基盤となったように思えます(これはあくまでも判決だけから私が考えたことです)。

  左上肢の可動域制限はCRPSによるものであると考えられます。

5 可動域制限

  ところで、判決はこの可動域制限をほとんど無視しておりますが、かなり疑問です。可動域の検査は自動と他動があり、他動とは医師がその部位を動かすものです。

もちろん力いっぱい動かすのではなく、医師としての経験と技量に基づいて適度な力で動かすものです。私の担当した事件では、患者(被害者)さんから、患者が痛がっても、構わずに一定の力を入れ続けて検査をしたと聞いています。

このように患者が痛がっている場所だから触れないと言うのでは医療行為はできなくなるので、患者がある程度痛がっていても構わずに可動域の測定がなされると考えられます。判決では自動と他動で測定値が異なっておりますが、このような場合には患者は痛みを感じているはずです。

関節の拘縮は、医学的な定義では、その部分の軟部組織が癒着して伸縮しない状態になっていることを指します。この状態で無理やり動かすと、癒着した組織が引き剥がされ、痛みが生じます。

  可動域検査や関節拘縮の意味が理解できていれば、患者が可動域を偽装することは不可能であることが理解できるかと思います。ただ、頚部可動域だけは、「首が全く動かせない。」として偽装することがありえます。

これに対して、肩、肘、手の関節での可動域の偽装はまず不可能です。動かさないように力を入れても、医師がてこの原理で力を入れればこれに対抗することはできません。この判決の事件のように女性であればなおさらです。力を入れればその部分の筋肉が硬くなりますが、医師がそれを見落とすことも普通はありえません。

とくに、患者が中途半端な位置でそれ以上は曲がらないように偽装するなどというのは、至難の業でしょう。

  このように可動域制限の測定値は、非常に信頼性が高いものです。判決がこの可動域制限の測定値を無視したのは、測定した医師と患者の共謀を疑ったからでしょうか。私は、違うと思います。判決を書いた裁判官は、徒手検査は患者がいくらでも偽装できるのではないかと疑ったのではないかと思います。

  しかし、上記のとおり、偽装は不可能です。偽装するのであれば、事故直後から偽装するでしょうし、偽装のしやすい頚部だけに限定したでしょう。

  交通事故事件では、患者の詐病を疑ったために、上肢の可動域検査などの基本的な徒手検査までも疑うという例がたまに見られます。謀略的な見方に囚われると、画像所見のようなものだけを証拠としたいという欲求に駆られるようです。

6 以上のように、私は、TOS(胸郭出口症候群)や左上肢の可動域制限や疼痛は現実に症状として存在していると考えます。

  もちろん判決を読んだだけの立場ですが、上記のとおり、判決のなかで書かれている事情からは、医師と患者が共謀していない限り、これらの症状が存在していると考えられます。

7 私が被害者側の弁護士であれば、上記の部分を中心に主張したと思います。

  それ以外の傷病は現在の訴訟のなかでは認められにくいからです。

まず、高次脳機能障害については、要件を満たさないことや、高次脳機能障害の一般的な経過とは異なることから、その存否に関わらず、訴訟で認められる可能性はもともと低かったと言えます。

  軽度外傷性能損傷についても、医学界で認めない考えの方が多数であるという現状では苦しいでしょう。低脊髄圧症候群についても同様です。

  この事件では事故の衝撃で被害者の頚部が揺さぶられ、それが外傷性のTOS(胸郭出口症候群)を生じさせたと考えられますが、頚部の損傷に起因した二次性TOSは、医学的に認められている因果経路です。

  TOSによる胸郭部での神経損傷が放置されれば、CRPSに至るというのも、神経損傷という要件や、疼痛という要件などを満たし、CRPSとして認められやすいと言えます。

  二次性TOSを生じさせた頚部の損傷が、軽度外傷性脳損傷ないし低脊髄圧症候群と呼ばれる症状の原因になった可能性は否定できません。アメリカでは上肢のCRPSであっても、脳内の特定場所の血流低下が原因であるとする考えがあり、その考えに基づいた投薬治療が一定の効果を上げているようであり、日本でもその治療が行われています。従って、脳内での何らかの損傷が存在する可能性は十分に存在するといえるでしょう。