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胸郭出口症候群/TOS

2016年5月18日 (水)

身体障害者1級が後遺障害なしとされた(27.10.21)

1 大阪地裁平成27年10月21日(自保ジャーナル196385頁)

  この事案で、①被害者は身体障害者福祉法の身体障害者程度等級で1級(自賠責で4級以上に相当する)とされ、②訴訟では後遺障害等級併合4級を主張しました。一方で、③自賠責の認定では14級9号とされ、④判決では後遺障害を否定されました。非常に極端な結論となった事案です。

判決には被害者の後遺障害を否定した(実質的に詐病と認定した)根拠が色々と書かれています。従って、この判決を読まれた方の大半は詐病事案と受け止めると思います。しかし、私は被害者には身体障害者1級(自賠責では併合4級以上)の後遺障害が存在していると考えます。

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2 事故状況

 被害者は事故当時41歳女子アクセサリー販売・家事従事者です。平成22年4月7日午前9時39分頃に父親運転の乗用車の後部座席に乗っていて赤信号停止中に追突事故に遭いました。事故により車は約1.3メートル前方に押し出され、車の修理代はリアバンパの取替、バックドアパネルの分解修理等により12万0160円を要しました。

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3 症状の経過

ⅰ B病院(事故当日から9日後まで)

  被害者がB病院に救急搬送され、首から肩の痛み首・腰・両手のしびれを訴えた。2日後からは右手の痛みを訴えた。両上肢の動きは良好で、レントゲンでは頚椎・腰椎・肩に明らかな異常はなし。

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ⅱ C病院(事故10日後から長期間)

 上肢の挙上不可頭痛、項頚部痛、気分不良を訴えた。頭部と頚椎のMRIではストレートネック、第5ないし第7頚椎にヘルニアが見られたが、それ以外の異常はなし。腰痛MRIでも異常なし。(注)原文は「頸」ですが全て「頚」としました。「項頚部」はうなじのことです。

事故35日後に喘息発作、背部痛、頭痛、筋収縮ありとされ、2か月後に「右上肢90度挙上可能。背部痛天候に左右される」とされ、3か月後には「頭痛あり上肢挙上できず、不安あり、ストレス状態、上肢挙上できないため不安あり、上肢の知覚異常あり」とされた。

4か月弱後には「歩行障害あり、右上肢挙上不可、頭痛あり、頭重感あり、左頭部半分しめつけられる光があたると頭痛、保険きられた」とされた。上記の記載から、この時点で加害者の保険会社は治療費の支払を止めたと思われます。

5か月弱後には「歩行障害、左上肢挙上不可、頭痛あり、全身倦怠感あり、不安あり」とされ、約半年後には、「歩行OK、上肢挙上できる、右下肢・腰の重い感じあり、全身倦怠感あり」とされ、その4日後に「頚部痛あり、右聴力低下、右上肢90度挙上、喘息あり、腰痛あり」とされた。

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 ⅲ D大学附属病院(約7か月後。1回のみ)

   握力は左右ともに0kg、徒手筋力テストでは2~4、この時点では肩関節は他動では可動域制限はなし(自動では屈曲120度、外転90度、外旋40度)との検査結果が出た。

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 ⅳ C病院(7か月後以降)

   約9か月半後に「右上下肢感覚障害、知覚異常あり」とされ、約10か月半後に「歩行楽になっている、右下肢感覚がない(寒いとき)、疼痛低下」とされた。1年弱後に「歩行OK、右上下肢脱力、感覚障害、不安あり、不眠は投薬でOK」とされた。

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4 症状固定、後遺障害認定(14級9号)

  事故から約1年3か月後の平成23年7月4日に症状固定とされ、後遺障害診断書が作成されました。傷病名は「外傷性頸椎症、外傷性腰痛症」で、  自覚症状は「頚部、項頚部痛、上肢挙上障害、気分不良、不安感、右上・下肢脱力、感覚低下」、他覚症状および検査結果は「右上下肢脱力、感覚障害、歩行障害、上下肢疼痛」および肩肘手股膝足の各関節の可動域制限です。

  自賠責の後遺障害認定では、頭部・頚部の痛みについて客観的な医学的所見に乏しいとして14級9号とされ、両上下肢の脱力・感覚低下、痛みについては後遺障害を否定されました。

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5 被害者が訴訟で主張する後遺障害

 ⅰ 被害者の主張する後遺障害

ア 右上肢(機能全廃)…脱力、感覚低下、疼痛、可動域制限(肩、肘、手関節。肩関節は2分の1以下)により、自賠法5級6号の「1上肢の用を廃したもの」にあたる。

  イ 左上肢(著しい機能障害)…脱力、感覚低下、疼痛、可動域制限(肩、肘、手関節)により、自賠法10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」にあたる。

  ウ 右下肢および左下肢(著しい機能障害)…脱力、感覚低下、疼痛、可動域制限(股、膝、足関節)により、自賠法10級11号の「1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」にあたる。

  エ 以上を併合して4級に該当する。

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 ⅱ 被害者側の主張する併合等級(併合4級)は、複数の後遺障害が存在するうちの最も重い右上肢(5級)を1級繰り上げたもので、後遺障害等級認定の原則的な考え方に従ったものです。

但し、自賠責(労災)の等級認定では、例えば5級の高次脳機能障害と7級の身体機能障害の事例で、全体病像として1級ないし3級とすることも認めています(『後遺障害認定必携』16141頁)。本件の場合も全体病像として3級以上に相当するとの主張も考えられます。細かい話ですが、訴訟では後遺障害等級に「該当する」ではなく「相当する」と表現する方が正確であると思います。

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 ⅲ そもそも被害者が後遺障害等級を主張する必要があるのか、裁判所が認定する必要があるのか、という問題もあります。自賠責の認定規則には裁判所に対する法的拘束力はありません。法的には裁判所が後遺障害等級を認定しなければならない理由はありません。

後遺障害等級に対応する労働能力喪失率は個別の事案の被害者の労働能力喪失率とは一致しないことが通常です。裁判所は被害者の実態をより正確かつ適切に反映する損害算定方法を用いるべき責務があります。従って、被害者の実質をそのまま反映させて端的に労働能力喪失率100%を主張しても構わないと思います。

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6 胸郭出口症候群を基盤としたCRPSではなかろうか?

 ⅰ 上肢のしびれ、挙上制限、脱力

被害者の症状や症状の経過からは、被害者は実は胸郭出口症候群を基盤としたCRPSではなかろうかとの疑問があります。

   事故直後に見られた首から肩の痛み、両手のしびれ、上肢の挙上不可、頭痛、項頚部痛、気分不良などは胸郭出口症候群の事案で多く見られるもので裁判例でも多く確認できます。特に上肢の挙上制限や脱力は交通事故による胸郭出口症候群で多く見られ、のちに可動域制限が悪化してCRPSとされた事案は裁判例でも多く存在します。

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 ⅱ 頭痛、嘔気、めまい、全身倦怠感

胸郭出口症候群では頭痛、嘔気、めまい、全身倦怠感などの様々な不定愁訴が生じることが広く知られています。私の経験では胸郭出口症候群とされた方で、喉を押さえられたような違和感や嘔気を訴えていた方が何名か居られました。上肢の使用などによりその症状が悪化して咳き込む状況が生じます。本件での喘息発作はこの違和感や嘔気が原因の症状であるようにも見えます。

   胸郭出口症候群もCRPSも、頚部や肩部のMRIでは症状を説明できる異常所見がみられないことが普通です(それが存在すれば胸郭出口症候群やCRPSにはなりません)。

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 ⅲ 筋収縮、筋緊張

   頚部や肩部の筋収縮は、胸郭出口症候群(による神経損傷)の痛みによる組織の収縮として説明できます。私の経験でも、胸郭出口症候群とされた方で顔面・頭部の部分的な違和感ないし筋緊張を訴えていた方も居られたので「左頭部半分しめつけられる」との症状もこれと同様のものであり、痛みによる筋の収縮が原因の症状とも考えられます。

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 ⅲ バレリュー症候群の症状

「光が当たると頭痛」(光過敏性)はバレリュー症候群による症状と類似します。交通事故後にバレリュー症候群(頭痛、目眩、耳鳴り、眼精疲労、倦怠感など)の症状を訴える方はしばしば見られます。光に対する過敏性もバレリュー症候群による症状に含まれます。

これらの症状は、胸郭出口症候群やCRPSとされた方でもしばしば見られます。私の経験でも胸郭出口症候群やCRPSとされた方で視覚の調節機能がうまく働かず、モノがぼやけて見えたり、二重に見えたりするようになった方や、光がまぶしく感じるため色の付いた眼鏡を使用するようになった方が居られました。

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 ⅳ 両側の症状

医学的には胸郭出口症候群では両側の上肢に症状が生じることが少なくないとされ、交通事故により胸郭出口症候群とされる症状が生じた方でもこの点は同様です。

私の経験では交通事故で胸郭出口症候群とされた方の6~7割は両側に症状を訴えていました。但し、どちらか一方の症状がより重いことが通常です。軽い側の症状が診断書やカルテではほとんど無視されていることもあります。

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 ⅴ 症状の悪化、拡大(ミラーペイン)

CRPSでは症状が悪化していく過程で、当初は症状が出ていなかった(無視できるほどの軽い症状であった)四肢のほかの部位に症状が出現する事案は裁判例でもしばしば見られます。この症状の拡大は医学的にはミラーペインと呼ばれるもので、CRPS患者にしばしば見られます。

ミラーペインはCRPSの裁判例の3~4割ほどで確認できます。特に重症化事案では過半数で確認でき、重症化事案では症状が四肢のほかの部位に波及することが多いと言えます。

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 ⅳ 以上のとおり、被害者の個別の症状や症状の経過は本件事故による胸郭出口症候群による神経損傷を基盤としたCRPSと考えるとほぼ全てが整合的に説明できます。また、本件の被害者と類似の症状経過をたどった裁判例も少なからず存在します。

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7 診断がなされなかった理由

 ⅰ 本件では、日本版のCRPSの判定指標に当てはめると、持続する痛み、可動域制限の2つの要件を満たすため陽性となります。それ以外にも感覚異常、ミラーペイン(症状の拡大)などの症状があり、上記の症状を整合的に説明できる他の疾患が考えられないことから、CRPSとの診断は可能な状況にあると言えます。

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 ⅱ 裁判例では、CRPSと診断した病院に通院してから、CRPSの根拠とされる症状や検査結果がいくつか追加される事案が非常に多く見られます。むしろ、CRPSを疑っていない病院ではその症状が軽視されていることが通常であるとも言えます。

   従って、本件でもCRPSを裏付ける更なる症状(腫脹、皮膚・爪・毛の萎縮性変化、皮膚色の変化、皮膚温の変化、発汗の異常など)が存在した可能性があります。

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 ⅲ 裁判例では、CRPSと思われる事案でその検討・診断がなされていない事案や、訴訟になってから鑑定でCRPSとされた事案や、かなりの期間が経過してからCRPSと診断された事案は、多く見られます。

CRPSの見落しは古い事件ほど多い傾向があります。また、大学病院などの高度医療機関に通院していない事案や、高度医療機関に通院していない時期にはその診断がなされない傾向もあります。本件では大学病院に通院したのは1度だけのようです。仮にCRPSが見落とされていたとすると、そのことも原因の1つと考えられます。

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 ⅳ 胸郭出口症候群についても、それが疑われる事案で検討・診断がなされていない裁判例は多く見られます。胸郭出口症候群は徒手検査のほかに血管造影や神経造影などの検査を経なければ確定診断を出しにくいため、その検査ができる機材と医師のスキルがない病院ではその診断ができず、診断ができる病院が少数に絞られるという事情があります。

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 ⅴ 私の経験では名古屋市内の医療機関で胸郭出口症候群との診断書を見たことがある医療機関は3か所のみです。いずれも大学病院等の高度医療機関です。そのうち1つ(大学病院)は症状のみから「疑い」との診断を下したものであり、検査はしていません。その病院では胸郭出口症候群を取り扱っていないとのことで、患者さんは他の病院で検査を受けて確定診断を受けました。

別の病院(大学病院)はある医師が勤務していた時期のみ胸郭出口症候群の診断と手術がなされていましたが、その医師が転勤したため現在も胸郭出口症候群の診断ができるのかどうか不明です。

現在も胸郭出口症候群の検査・診断をしてもらえそうなのは、残りの1つの医療機関のみです。その病院は10年以上前には胸郭出口症候群の手術をしていましたが、治療成績が良くないことと医師の転勤のため現在手術はしていません。

胸郭出口症候群は診断ができても、手術などにより症状が改善する症例が少ないため、積極的に診断・治療をする医療機関は多くないのが現状です。他の地域でも状況は似たようなものであると思います。

胸郭出口症候群の診断ができないと、適応がないため神経障害性疼痛を前提とした神経ブロック注射や投薬などの治療が行なえない(行いにくい)という問題があります。もちろん、胸郭出口症候群に対する手術もできません。このため、有効な治療がなされないまま症状が悪化する可能性が高くなります。

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8 事故態様(その傷病が生じる可能性の有無)

  判決は、被害者が外傷性頸椎症や外傷性腰痛症を負ったことは認めました。上記のとおり、被害者の車両は追突により1.3メートル前方に押し出され、その修理代は12万0160円でした。同乗していた被害者の両親は怪我をしていません。判決は被害者の通院経過からは判決の認定した約10か月後の症状固定日までの通院の必要性はあったとしました。

  一方で判決は、被害者には後遺障害は存在しないとしました。その判断に事故態様が影響した可能性もありますが、判決はこの点は述べていません。裁判例では本件と同程度以下の外力と思われる事故で被害者に胸郭出口症候群やCRPSとされる症状が生じたものがしばしば見られます。従って、本件でも事故により被害者に胸郭出口症候群やCRPSとされる症状を生じた可能性は否定できません。

  理屈の上では、「その怪我をする可能性のある事故でその怪我が生じた」との事情には何ら問題はありません。事故態様としては「その怪我を生じる可能性」が認められればそれで充分です。以上に対して、加害者側は「その傷病を生じるほどの事故態様であるのか」(大きな事故であるのか)との誤った判断に誘導することが通常です。

  『交通統計』によれば、この事故が起きた平成22年の人身事故の被害者総数は約89万6300人です。そのうち約4割(35万8520人)は追突事故の被害者です。約35万人の被害者の中には、本件と同じレベルの追突事故により本件のような重大な症状が残存した方もかなりの数になると思います。

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9 症状の経過(悪化否定論の誤り)

 ⅰ 判決は被害者の症状経過について「容易に理解し難い経過をたどっている」(94頁左列)と述べています。判決が念頭に置いている症状経過とは、事故直後の時期に最も重い症状が出て、その後は治療により症状が軽くなるとの経過です。これは「悪化否定論(最初が最大論)」とも言うべきもので、加害者側が訴訟で主張する定番中の定番のウソ医学です。

  判決は、被害者の右上肢の可動域制限は、事故10日後に挙上できないとされ、約2か月後、7か月後、8か月後に90度であったのが、1年3か月後に90度以下に悪化したことについて、「リハビリテーションを受けていたにもかかわらず(悪化したのはおかしい)」として、疑問を呈しています(93頁)。左上肢についても同様に症状が悪化したことに疑問を呈しています。

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ⅱ しかし、CRPSの重症化事案では、すべての事案で時間の経過とともに関節可動域制限は悪化します。事故直後に関節拘縮に至っている事案は存在しません。痛みの持続などにより関節周囲の組織が劣化して伸縮しない状況に至ることにより、関節拘縮に至ります。

  悪化否定論(最初が最大論)は一般論としてこの経過がありえないとする、とんでもないウソ医学です。交通事故訴訟では加害者側から、このレベルのウソ医学が多く用いられます。医師名義の意見書や鑑定書で述べられると、このレベルのウソ医学でも信じてしまう裁判官は少なくないというのが実情です。

  たとえば医師の鑑定書で、「通常であれば事故直後の時期に最も重い症状が出て、治療によりそれが改善するはずであるが、この患者はその逆の症状経過であり、理解不能な症状経過である。」などと力説されると、信じてしまう裁判官は少なくないようです。しかも、一度騙されると別の事件でもそのウソ医学を用い、その裁判例を見た別の裁判官もそのウソ医学を用いるという悪循環も存在します。

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 ⅲ CRPS以外にも時間の経過とともに症状が重くなる事案や、症状が一進一退を繰り返しながら最終的に重い後遺障害が残る事案はしばしば見られます。これに対して、悪化することそれ自体を否定する主張はただのウソ医学です。いくら医学的知見を欠いているといっても、裁判官であるならば悪化否定論のような定番のウソ医学には騙されてはいけません。

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10 「歩行障害」の意味

 ⅰ 本件の被害者は、事故の4か月後から「歩行障害」を主治医に訴えたとされています。このようにCRPSの症状が相当期間経過後に四肢の別の部位に波及していく事案(ミラーペイン)はしばしば見られます。

   判決は、被害者は事故の4か月後に「歩行障害」を訴え、10か月後と11月後には「歩行OK」とされていたのに、1年3か月後には「歩行障害」とされたのは矛盾すると考えています。

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 ⅱ しかし、この「歩行障害」は、歩行ができないとの意味ではなく、ゆっくりとした歩行しかできなくなったとの意味であると考えられます。CRPSの症状が下肢に波及すると、下肢に力が入りにくくなることや股関節などに軽度の可動域制限が生じる(本件の被害者はいずれも訴えている)ことや上肢に振動が波及しないようにするため、ゆっくりとした歩行しかできなくなります。急な動きをするとふらついたり倒れたりします。

また、ゆっくりとした歩行であっても、事故以前に比べると非常に疲れやすくなっていることや、長距離の歩行は下肢の痛みやしびれを増強させることなどから、長い距離を歩くのは困難になります。

   このことをもって「歩行困難」とされたと考えられます。一方で、「歩行OK」とは上記の状況ではあっても「歩行はできる」との意味であると考えられます。従って、両者は矛盾しません。判決は「歩行障害」を「歩行不可能」を意味するものと誤解しています。

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 ⅲ そもそも、これらの点に疑問を持ったのならば、当事者に釈明するなどして調査嘱託により主治医に問い合わせるべきです。もちろん、主治医は自分の書いたカルテに矛盾があるとの回答はしないと思います。

判決で不意打ち的に主治医の記載した被害者の症状が矛盾すると指摘して、あたかも主治医と被害者がグルになって詐病を主張しているかのように記載することは、避けるべきです。

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11 可動域制限のしくみについて

ⅰ 判決は、「上肢の可動に影響を及ぼす腱板損傷や脊髄損傷を負ったことを裏付ける画像所見や神経学的な異常所見は見当たらない」(94頁)と述べて、可動域制限の原因が見当たらないとの趣旨を述べます。CRPSは画像所見では裏付けられないのでこの部分は誤りです。

  CRPSによる可動域制限は骨や腱がつっかえて動かなくなるわけではありません。痛みの持続により組織が劣化して伸縮性を失うために生じるものです。ところが、後遺障害の認定に際して画像所見にこだわり、可動域制限のしくみを理解しない裁判例は多く見られます。

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ⅱ 痛みが生じるとその部位の組織が収縮します。これは出血を止め、細菌の侵入を防ぐための生理的な反応です。しかし、痛みが治まらずに持続すると、その収縮が続きます。これによりその部位の血流が悪くなり、うっ血による腫脹(浮腫)が生じたり、皮膚、爪、毛に萎縮性変化が生じたり、骨の萎縮が生じたりします。組織の収縮が続いて栄養の供給が滞ればその組織は劣化して伸縮性を失います。これにより可動域制限が生じます。これがCRPSによる関節拘縮の大まかな説明です。

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12 ブログの記載について

 ⅰ 被害者は事故時にパワーストーンなどのアクセサリーの販売をしていて、事故後もそのブログを更新していました。判決はそのブログの記事のうち、被害者が活動的に動いていることを示す内容について、被害者の症状と矛盾すると指摘します。しかし、健康関係の商品を販売しているブログの記載をもとに、被害者の症状を否定するのは、スジが悪い認定であると思います。

ブログの記事の中には被害者が事故による症状の悪化を書いている部分も存在します。これに対して、判決は「体調が万全ではないことを記した記事も掲載されており、そこからはことさらに事実を隠そうとする様子は見受けられない」(95頁)として、症状が軽いことを示唆するブログの記載は信用できるとします。この部分は「症状が重いとする記載があるので軽いとする記載が信用できる。よって、症状が重いとする記載は信用できない。」との奇妙な理屈になっています。

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 ⅱ 被害者がブログで掲載している内容は上で検討した内容と明確に矛盾するものはありません。判決は歩行障害を歩行不可能と誤解したことから矛盾があると考えている部分がいくつかあります。さらに、「重大な後遺障害があるのに、テーマパークに行くことは不謹慎である」とのニュアンスも込めて、矛盾すると認定しているようにも見えます。

顧客に向けて最大限、元気であることをアピールしている記事を元に後遺障害を否定することは、やはりスジが悪いと思います。交通事故の被害者が活動的であることに対して、過剰反応をして懲罰的に扱う裁判例はしばしば目にするのですが、その心境は理解し難いものです。

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13 診断がなくとも症状を認定できる

 ⅰ 以上のとおり、私は本件では被害者の主張する症状は全て存在すると考えます。これに対して、被害者がことさらに虚偽の症状を訴えていた可能性は非常に小さいと考えます。

   ところが、本件ではCRPSや胸郭出口症候群について診断がなされていません。後遺障害診断書の「外傷性頸椎症、外傷性腰痛症」との傷病名では被害者の症状をうまく説明できません。そこで、このような事案で被害者の後遺障害を認める判決を書くことができるかとの問題があります。結論としては、裁判官は自分が得た心証に従った判断をするべきであり、被害者の後遺障害を認めることに何ら支障はありません。

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 ⅱ そもそも診断により症状が裏付けられる関係はありません。この点は以前にも何回か述べました。診断に際しては患者の症状は大前提であり、医師は患者の症状(と検査結果)を元に診断を下します。その診断により症状が裏付けられるとすると、循環論に陥ります。症状それ自体は、診断の有無や適否とは無関係に認定する必要があります。

   本件では被害者が事故直後から症状を訴え、その症状が悪化して最終的な症状(後遺障害)につながる経過があり、事故との因果関係は認められます。この場合には、被害者の症状が事故と関係ないことは加害者側が主張立証するべきことです。

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 ⅲ 被害者の症状について、それを診断により説明する必要がないとしても、その症状が交通事故により生じる種類のものであることは必要であると思います。本件では、「交通事故ではしばしば見られる症状経過である」、「胸郭出口症候群やCRPSの症状の経過として説明することもできる」と述べればそれで充分です。胸郭出口症候群やCRPSの診断がなされていることやその診断が正しいことは要求されません。

   但し、その心証を当事者に開示して、加害者側に反論の機会を与えるべきであると思います。加害者側が望むのであれば被害者に追加の検査を受けてもらうなどして、被害者の持病によりその症状が生じたのかどうか等について、加害者側に主張する機会を保障するべきです。

加害者側は被害者の行動を監視して隠し撮りするなどの行動により、被害者の後遺障害への見方が変わる可能性もあります。CRPSは難治性の傷病ですが、不治の病ではないため、治療や手術により改善する可能性もあります。

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14 証拠を限定しようとする加害者側の誘導

 ⅰ 被害者の症状を認定する証拠に制限はありません。民事訴訟法は証拠となりうるものを制限していません。これは民事訴訟法の基本的な原則です。ところが訴訟では加害者側は、被害者の症状(後遺障害)を認定するための証拠を極限まで制限させようと様々な手を尽くします。この理屈に騙された判決は非常に多く存在します。

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 ⅱ 「他覚所見」の誤解に誘導

   症状の証拠を制限するために、「症状の認定は他覚所見に基づくべきだ」とすることは、加害者側の定番の主張です。さらに加害者側は他覚所見(医師が五感により感知できるすべての症状)を画像所見に限定する誤解に誘導しようとします。

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 ⅲ 「明確な客観的所見」への誘導

   他覚所見の正しい意味(医師が五感により感知できるすべての症状)を知っている裁判官も少なくないため、加害者側は他覚所見という言葉を避けて「明確な客観的所見のみにより症状を認定するべきだ」との表現で画像所見に限定しようとすることも多く見られます。本件では判決は、「客観的な医学的所見」に限定するとの趣旨を述べていますが、加害者側の定番の主張に騙されています。

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 ⅳ 診断の適否への誘導

症状に対する診断が正しいことまでも必要であるとの主張も加害者側の定番の理屈です。この理屈に誘導するために加害者側は「CRPSによる症状」、「CRPSに由来する症状」など病名と症状をセットにした抱き合わせ表現を多用します。この点はすでに何回も書いてきました。

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 ⅴ 存在しない症状への誘導

   証拠を制限する最たるものは「存在しない症状」に誘導する理屈です。判定指標から明らかなとおり、CRPSには必須の症状は1つたりも存在しません。しかし、加害者側は必須の症状を主張することが多く、それが複数存在するとの主張も珍しくありません。この誤りにまで誘導された裁判例は各種の疾患で多く存在します。

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 ⅵ その場限りの必須の症状への誘導

   CRPSに必須の症状が1つも存在しないことは、判定指標から一目瞭然であり、これを理解している裁判官を騙すことはできません。そこで加害者側は「関節拘縮に限っては骨萎縮が必須である」との主張を併用することが定番となっています。

医学意見書で「これほど長期間にわたって関節拘縮が続いたならば、必ず顕著な骨萎縮が生じるはずである。私の長年の経験からは本件の事情は極めて不合理である。」と定番の理屈を力説されると、コロッと騙される裁判官は少なくありません。

もちろん、この場当たり的な主張に何らの根拠もありません。現に存在する症状(関節拘縮)から目をそらして、存在しない症状(骨萎縮)に誘導していることを理解できれば、騙されることもないと思います。

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 ⅶ 以上のほかにも加害者側が症状を認定する証拠を制限しようとする理屈は存在します。加害者側は様々な手を尽くして症状を認定する証拠を制限しようとします。加害者側の医学意見書や鑑定書もその理屈を取り入れていることが通常です。

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15 症状を認定する方法について

 ⅰ 症状を認定するに際しては症状に関係する全ての証拠を洩らすことなく検討する必要があります。本件では証拠を制限せずに事実経過を眺めれば、被害者の主張する症状は容易に認めることができます。

本件事故は被害者が同乗する車両が追突された形態の事故であり、被害者がわざと事故を起こした可能性は否定できます。偶然の事故に遭った方がこれほどまで重度の後遺障害を訴えると考えることは、合理的ではありません。

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 ⅱ 被害者の訴える症状が徐々に重くなっていったことや、四肢の他の部位に波及していったことも、詐病では考えにくいことです。詐病であれば当初から全ての症状を訴えることの方が合理的です。被害者が後遺障害により仕事ができなくなったとの事情が存在することも、後遺障害を裏付ける事実です。

   そもそも、詐病で長期間の通院をして治療を受けることは、考えにくいことであり、詐病でこれほど重い後遺障害を訴えることや訴訟を起こすことはなおさら考えにくいことです。これほど重度の後遺障害について、医師が詐病を見落とすことも非常に考えにくいことです。

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 ⅲ 関節可動域検査は医師が患肢の抵抗の重さを実感しながら行なわれるものです。本件では上肢と下肢について自動可動域のほかに、他動可動域が計測されている(91頁、92頁)ところ、医師は患部の可動域が組織の劣化により制限されている終末感(限界感)を体感した上で他動可動域を決めます。

従って、普通の医師であれば上肢や下肢について重度の可動域制限を偽装する患者のウソを見抜けないということはありえません。例えるならば、10分間触ってもぬいぐるみの猫と本物の猫の見分けが付かないというようなものです。

   私は頚部の可動域制限については「全く動かせない」として患者がごまかすことはありえると考えていますが、本件はその事案ではありません。上肢や下肢の可動域検査の結果は、医師と患者の共謀を疑う特別の事情がない限り、信頼できます。

本件で複数回行なわれた可動域検査の結果が類似していることや、徐々に悪化していることにも鑑みると、可動域検査の結果には非常に高い信頼性が付与できます。身体障害者程度等級認定で1級とされていることは、その信頼性を高めます。

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ⅳ 仮に被害者が詐病で胸郭出口症候群やCRPSの症状を偽装していたのであれば、その診断を受けるためにいくつもの医療機関を回るはずですが、現実には事故10日後から同じ病院への通院を続けています。その結果、被害者の症状を合理的に説明できない診断にとどまっています。この事情は被害者の症状が詐病ではないことを決定づけるものです。

   このように訴訟に現れた全ての事情を考慮すれば、本件で被害者の主張する後遺障害が存在することは容易に認定できます。訴訟に現れた全ての事情をもとに認定することは自由心証主義の本質です。また、一般人の常識的判断と同様の結論を導くために不可欠の原則でもあります。

これに対して、「明確な客観的所見」などの美名のもとに証拠を限定すること(加害者側の定番の理屈に騙されること)は民事訴訟法を理解しない誤りというほかありません。

 

2014年2月15日 (土)

地裁と高裁で評価の分かれた右腕神経叢損傷(24.7.26)

1 仙台高裁平成24年7月26日判決(自保ジャーナル188124頁)

 (1審:福島地裁いわき支部平成23年11月24日判決)

  この事案の特徴は、①腕神経叢損傷の事案であること、②両側に症状が出ていて片側のみが診断されたと思われること、③筋萎縮必須論が出されていること、④筋電図検査を否定する意見が出されていること、⑤問題のある医学的知見が多く出されていること、⑥胸郭出口症候群の検討がされていないことなどです。

 

2 症状の経過

  被害者は事故時19歳の契約社員(郵便局に採用されてまもなく事故に遭った)です。平成18年5月15日に後退してきた自動車が被害者の乗っていた原付に衝突するという事故に遭います。

 

 事故当日…F病院。救急搬送され頚部痛及び右手のしびれを訴えたため、中心性脊髄損傷が疑われ、11日間入院。事故当日の握力は右が13kgで左が16kgであった。MRIでは右肩に明らかな腱板損傷は認められなかった。

 12日後…B病院。中心性脊髄損傷は否定され、右腕神経叢損傷とされる。後頸部痛、右肩、上肢しびれ、脱力の主訴。頸椎運動制限及び運動時頸部痛、右上肢橈骨側・遠位側優位の知覚障害・運動麻痺が認められる。9か月ほどの通院の間、左右の握力の低下が認められる。

 8か月後…症状固定とされる。これに基づき14級9号との認定を受けた。被害者はその後も通院を続ける。

 

 11か月後…C診療所。右肩痛、右上肢挙上制限を訴える。レントゲン、MRIでは異常なし。頚椎椎間板損傷、右腕神経叢まひ右肩関節周囲炎とされる。

 11か月後…D病院。右肩痛を訴える。握力右5.1kg、左20.6kg。医師は上腕、前腕の周径に左右差がなく、右腕神経叢損傷と合致しないとC病院への書面に記載した。右肩関節唇損傷、右腕神経叢損傷と診断した。

 1年8か月後…C診療所。右腕神経叢まひ右肩腱板疎部損傷とされ、再度症状固定とされる。

 2年7か月後…F病院。筋電図検査で遠位筋ほど多相性の神経原性電位を認めるとして、腕神経叢損傷(全型節後損傷)と診断される。

 2年10か月後…再度後遺障害診断書が作成される。これに基づき12級13号との認定を受けた。

 

3 片側だけ(一部だけ)の診断について

 ⅰ 被害者は事故当日から両手の握力が低下し、その状況が少なくとも1年以上続いています。判決からは両上肢に同じような症状(痛み、しびれ、脱力等)が出ていて、左側よりも右側の症状が強いように見えます。しかし、通院先の診断は終始一貫して右側のみに限定されています。

   私の経験でも被害者が事故直後から両側の症状を訴えていたにもかかわらず、片側だけが診断されていた事案が数件あります。もちろん両側に症状が出ていると診断された事例の方が多いのですが、症状の重い側だけを取り出して診断する医師も少なくないようです。

   片側だけを診断をした医師は、「事故により神経に損傷が生じたとすれば、両方同時ではなく一方のみのはずだ。従って、症状の弱い側は反射的な症状が出ているだけである。」との見方により、片側の症状だけを取り出して診断したとも考えられます。

   これと似たような話で、上肢に強い痛みを訴えている場合に、相対的に弱い痛みや違和感を訴えている腰や下肢の症状が無視されていた事案も数件経験したことがあります。

事故に遭われた方の多くは事故直後には頚部や腰部だけではなく全身に痛みが出ていたと言われますが、多くの場合カルテには一番強く訴えた症状だけが記載され、その後のカルテはその症状を重視した記載になる傾向があります。

 

ⅱ 胸郭出口症候群や手根管症候群のように事故の場合にも両側に症状が出ることが多い疾患もあるので、両側に症状が出た場合には両側について診断した方が良いと思います。その方が事実に即しています。

   症状固定のときに突如として両側の診断となると、追加された症状がいつ出てきたのかが問題になります。このような場合では、なぜかカルテの記載が非常に少ないことが多く、問題が複雑になります。

 

ⅲ 本件と類似の事案で、左側にも同様の症状が生じていた場合でも、左側の症状の裏づけが少ない場合には、訴訟戦略の上で左側の症状を主張しないとの判断もありえます。

  即ち、「左側の症状を裏付ける証拠はわずかで、主治医も診断していないのだから裁判所も認めるはずがなく、主張しても逆に不利に働くだけである。」という考えです。事情によっては、この考えに至るのもやむを得ないと思います。

本件ではそのような事情から右側のみが主張されているように見えます。  被害者側は主治医の診断した右腕神経叢傷害により自賠責の認定した12級相当の後遺障害が残存すると主張しています。実際には両上肢に痛み、しびれ、脱力等の症状が出ていて、9級相当の後遺障害が残っているとも思えます。

 

4 被害者の最終的な症状の程度について

 ⅰ 全体的な見方

事案をおおまかに眺めてみると、①被害者は事故により救急搬送され、①中心性脊髄損傷が疑われて11日間入院し、③右上肢の痛み、しびれ、脱力について早期に右腕神経叢損傷と診断をされ、④8か月後にいったん症状固定とされるも症状が改善せず通院を続け、⑤2年7か月後は筋電図検査で腕神経叢損傷が裏付けられたとの経過が存在します。

つまり、事故直後から一貫した症状の訴えがあり、それに対応した治療を受け、症状が続くため通院が長期に及び、精密検査でその診断が裏付けられています。従って、最終的に右上肢に痛み、しびれ、脱力(及び握力の低下)が残っていて、その程度は決して軽くはないことが十分に推測できます。この見方は一般人の常識的な考えにも合うと思います。

このような「全体的な見方」は物事を考える上で軸となるべきものです。細部での問題は随時この思考の軸(全体像)にフィードバックさせて整合性を検討する必要があります。

 

 ⅱ 頭でっかちな見方

訴訟ではこの全体的な見方を軽視して、部分ごとに切り離して検討した結果、全く異なる結論に至ることが多く見られます。これまで検討してきた裁判例のほぼ全部は「全体的な見方」からすれば被害者の主張する症状が最終的に残っていると判断できる事案ですが、細分化した検討の結果、その結論に至っていないものがほとんどです。

毎回のように部分での検討で全体像が否定されてしまうのでは、世間一般からは「裁判官は頭でっかちだ(細かい理屈ばっかりで結果が伴わない)」と言われるかも知れません。要件事実論に証明責任を取り込んで事実認定をしてしまうと、この傾向に陥りやすくなります。

 

 ⅲ 部分での検討で行なうべき判断

   被害者の症状を否定した裁判例では、部分ごとに切り離した検討で部分ごとに越えるべき「証明のハードル」が設置され、そのハードルを越えていないとして全体像が否定される形のものが多く見られます。

   細部での検討を厳密に行なうと正しい結論が導かれるようにも思えますが、実際には部分ごとの検討で「何が起きたのか」を検討せずに「証明責任をみたすほどの証拠があるのか」を検討している判決が少なくありません。細部にまで確実な証拠を求めると、事案を細分化すればするほど被害者に不利になります。

もちろん、証明責任の対象は主要事実のみですので、間接事実に証明責任を適用することは誤りですが(私は主要事実であっても事実認定に証明責任を取り込むことは誤りと考えますが)、この誤りに陥っているように見える裁判例を多く見かけます。

部分(間接事実)の検討においては「何が起きたのか」を検討して「~と推測できる」との結論を導くべきですが、「~であると認めるに足りる証拠はない」という法的に誤った書き方をしている判決を少なからず見かけます。「Aであると認めるに足りる証拠はない」との判断は、Aではないことを意味するわけではなく、推論の度合いが示されないため判断が空洞化しています。

部分での検討は最終的に認定する主要事実を導く際の推論の元になるものであるので、獲得した心証をそのまま記載するべきであると思います。証明責任に頼ると判断の空洞化(実質的心証の裏づけのない認定)を導きますが、この点への意識が低い判決を少なからず見かけます。

 

 ⅳ 新様式判決の功罪

   判決には旧様式判決と新様式判決があり、おおざっぱに言えば旧様式判決は当事者の主張を法的に細かく区分して記載したのちに、法的な序列に従って事実を認定していくものです。新様式判決は、当事者の主張の序列化は大まかな把握に留めて、争点の抽出とその判断に力点を置く書き方をするものです。

   旧様式判決では当事者の主張を整理する段階で、事件記録を一通り検討する必要があるため、この段階で事案の概略をつかみ、争点に集中しすぎない全体のバランスの取れた判断になるとも言えます。

   これに対して、新様式判決では事案の概略を述べた後にいきなり争点の検討を始めるため、上記の「全体的な見方」を意識することがないまま細部での判断が全体を決する流れに向かいやすくなります。

   新様式判決で争点に対する検討が厚くなった点は良いと思うのですが、その検討の中身が「証明責任を満たすほどの証拠はあるか」という形で空洞化し、間接事実を証明責任で判断する誤りに陥っていると思われるものが少なくありません。このため、全体像の欠落が目立つものも少なからずあります。

   全体像の欠落というのは、細部での検討で導かれる結論について「仮にAではないとすると、何が考えられるか」を事案の全体像に戻って検討する作業の欠落です。Aではないとした場合の代替案が存在しないにも関わらず、「Aであるとする確実な証拠はない」との思考で、細部の検討のみで結論を確定させることは誤りであると思います。

 

5 裁判に至る過程での選別

 ⅰ この事案では地裁判決は12級と認定し、高裁判決は14級と認定しています。判断が分かれたのは、「この事故によって被害者の主張する後遺障害が生じるであろうか」という点の考え方に大きな影響を受けています(後述の点も影響していますが)。

   事故は停止後に後退した車が被害者の乗っていた原付に衝突して、被害者の乗った原付が転んだというもので、おおまかな外形からは被害者が腕神経叢を損傷するほどの事故であるとは考えにくい状況があります。

 

 ⅱ 地裁判決

地裁判決は「確かに、前示のとおり、本件事故によって生じた原告車両及び被告車両の損傷の程度は軽微であり、本件事故による衝撃の程度がそれほど大きなものではなかったことがうかがわれるものの」(41頁)として、事故の衝撃は大きなものではないとします。

しかし、「事故により傷害が生じるか否かは、衝撃を受ける者の個体差や衝突時の身体的条件、車両及び道路条件等によっても違いが生じ得るものであることからすると、上記各証拠をもって直ちに本件事故により原告に右腕神経叢損傷が発症したことを否定することはできない」とします。

即ち、地裁判決は被害者に腕神経叢損傷が生じる可能性があれば足りるとしています。私もこの考え方を支持します。

 

 ⅲ 高裁判決

高裁判決は、①原付が転倒して被害者がしりもちをついたとの事故状況、②被害者の体に強い衝撃を与えるような衝突ではなかったこと、③被害者の右腕神経叢に牽引力が働く状況ではないことから、被害者の主張する腕神経叢損傷が生じるような事故ではなかったとします(30頁)。

   私も同様の事故に遭った方が100人いた場合に原告と同様の怪我(障害)を生じる方は1人ほどであると思います。しかし、裁判に訴え出るのはまさにその1人です。後遺障害がない人は裁判に至る過程の選別で除外されます。

   なお、地裁判決は上記のほかに、被害者が転倒した際に頭部が傍らのフェンスに衝突したことを認定しています(40頁)が、私はこの事情が不可欠とは考えません。

 

 ⅳ 裁判に至る過程での選別

むち打ち損傷を検討した有名な工学実験では時速10キロ以下の衝突によっても一部の人には頚部痛が生じることが確認されています(『検証むち打ち損傷』)。有志で実験に参加された方で衝撃が来ることが抽象的には予見で来ていた方であってもこの結果なのです。時速10キロで追突された衝撃でも頚部は最大可動域まで屈曲・伸展しますが、衝撃を感知して頚部の筋の収縮が始まるのはその後のことであるので、この結果はある意味当然と言えます。

   例えば、時速15キロで追突された人が100人いるとして、そのうち40人は何らかの首の痛みを訴え、うち10人は首の痛みが持続し、うち2人は頑固な首の痛みになると仮定します。後遺障害があるとして訴訟に訴え出るのは最後の2人です。この「裁判に至る過程での選別」という思考は、およそ裁判官であるならば備えていなければいけません。

   これに対して、訴訟の場において、「その事故で頑固な首の痛みが残る可能性は2%であるから、その被害者の主張する障害が生じた可能性は小さい。」と考えることは誤りです。後遺障害がないのに訴訟に訴え出るという特殊な想定で、原則となる思考を否定することは正しくありません。

 

 ⅴ 他の原因が考えられないこと

   地裁判決が述べるように、事故態様は被害者がその怪我をする可能性が認められれば足り、「被害者の主張するような障害が生じるほどの事故」である必要はありません。

   それ以前の問題として、高裁判決はこれが因果関係の問題であるという認識をほとんど持っていないようにも見受けられます。高裁判決は、「被害者の主張するような障害が生じるほどの事故」ではなかったとして、この部分だけで結論を決めているように見えます。

   しかし、事故の程度としてはその傷病を生じさせる可能性が認められれば足ります。その可能性すら否定できるのはよほど特殊な事情が必要であると思います。

従って、因果関係を検討する場合には、現実に被害者に生じている後遺障害の有無・程度を確定して、事故以外の原因によりその結果が生じたと考えられるかとの検討が必要です。事故による衝撃が不明であっても現にその怪我をしていることが明らかであって、事故以外の原因が考えられなければ事故との因果関係が認められます。ルンバール事件最高裁判決はこの趣旨を述べています。

 

6 胸郭出口症候群の検討

 ⅰ 交通事故のあとに上肢の痛み、しびれ、脱力(及び握力の低下)を訴える事案は多く、この症状は頚椎の損傷に由来することもあれば、上肢の神経の損傷に由来することもあります。

   上肢の神経の損傷は、例えば衝突時にハンドルを握っていた手が牽引されたことによる一次的な損傷もあれば、頚部から肩部にかけての筋や軟部組織の損傷に由来する二次的なものであることもあります。

   衝突の衝撃が伝わると頚部は最大可動域まで一気に振られますが、人体が衝撃を感知して筋を緊張させ始めるのはこれより遅れます。頚部が急に大きく動かされると、多くの場合に頭部を支える各種の筋や軟部組織に炎症や断裂が生じます。むち打ち損傷と呼ばれるものです。痛みや張りは頚部から肩甲部・肩部にまで広く及びます。頚部の動きに関連する筋や軟部組織は広範囲に及ぶからです。

   このときに損傷を受けた筋や軟部組織が神経を圧迫することがあり、それが胸郭出口部などの狭い部位で持続的に生じると神経損傷に至ります。これが事故による胸郭出口症候群(二次性TOS)の発生原因です。アメリカでは胸郭出口症候群の大半が事故による二次性TOSであると報告されています。

   胸郭出口症候群はさまざまな要因から生じる症状の寄せ集め(症候群)ですが、基本的には上肢の痛み、しびれ、脱力が主たる症状です。医学的には胸郭出口症候群は両側に症状が出る事案が多いとされ、私の経験でもほとんどの方が両側に症状を訴えていました。

 

 ⅱ 本件では、事故後に被害者が主張していた症状は、胸郭出口症候群の主たる症状そのものですので、胸郭出口症候群との鑑別診断が必要となります。胸郭出口症候群の診断のためには、徒手テストのほか、血管造影、神経造影などの検査が行なわれることが多いのですが、本件では筋電図検査のみしか行なわれていません。

胸郭出口症候群であるとすれば、治療内容も変わってきます。第一肋骨切除術などの手術(あまり治療成績は良くないようですが)も検討対象になります。

 

7 「問題のある医学的知見」について

 ⅰ ほぼ全ての傷病について、加害者側が被害者の症状や医師の診断を根底から否定する医学意見書を出すことは多く見られます。しかし、主治医の診断ミス(医療過誤)や被害者の詐病は少数に過ぎないと考えられます。

また、訴訟では対立する鑑定や医学意見が根本から異なる内容を述べていることは少なくありません。双方が誠実に意見を述べたのであれば、ほとんどの事案で似通った意見になるはずです。この場合、一方の医学意見は意図的に誤った内容を述べていると考えるのが自然であると思います。訴訟においては、「問題のある医学的知見」が多く見られます。

 

 ⅱ 「問題のある医学的知見」に対しては合理的な疑問を述べることができますが、その多くは絶対に誤りであると断定することは困難です。

医学は自然科学の一部であって基本的に経験主義により記述され、医学書には経験により確認できる事実が記載されています。経験により確認できた事実からは、経験により確認できないことが誤りであると断言することはできません。

「問題のある医学的知見」の大半は何らかの前提からの強引な推論であり、その推論には医学的に明確な根拠はありません。しかし、それが誤りであると断定することは困難です。いまだ確認されていない推論の当否を断言することはできないからです。

   「問題のある医学的知見」の特徴は、過度の断定にあります。それは全称命題(全てのPはQである)によることが通常です。しかし、医学では全称命題が述べられることはまずありません。経験により確認できないことの断言になるからです。

 

8 筋萎縮必須論

 ⅰ 高裁判決と地裁判決

   高裁判決は、被害者の主張する症状が生じていたのであれば、「右腕に筋萎縮が発生するはずであるのに、いずれの医療機関においても筋萎縮の診断がされた形跡は見当たらない。」(31頁)と述べます。

   地裁判決は「腕神経叢損傷により運動まひが出現した場合、筋肉が顕著に萎縮するため、腕の周径が減少するはずであるが、原告の前腕及び上腕は平成19年4月頃において、健側と患側で周径差が認められない。」(35頁)との加害者側の主張を引用します。

なお、地裁判決は以下に述べる「問題のある医学的知見」も全て引用してそれを退けています。この地裁判決は非常に優れていると思います。   

 

 ⅱ 過剰な断定(全称命題)

   筋萎縮必須論とは、「Aの場合は必ず筋萎縮が発生する」との全称命題です。本件ではAに腕神経叢損傷が代入されています。事案によりCRPS、頚髄損傷、頚部神経根障害などの病名(被害者が診断された病名)が代入されます。

筋萎縮必須論は「問題のある医学的知見」の定番中の定番で、医学意見でこれが述べられると、多くの裁判官が入れ食い状態で信じています。ことに権威のある方の名義の医学意見書や鑑定書で筋萎縮必須論が述べられると、より信じやすくなるようです。

   しかし、腕神経叢損傷に筋萎縮は必須ではありません。一部に筋萎縮が生じる場合があるに過ぎません。それ以前にこの種の過剰な断定は疑って検討した方が良いと思います。

 

 ⅲ 筋電図検査のしくみ

   筋電図検査のしくみからは、筋萎縮必須論が疑わしいことは容易に言えます。ある神経が傷害されて筋組織への支配を失うと、近傍の神経が手分けしてこれを補います(側芽形成)。この結果、近傍の神経は支配下に置く筋組織が増えるので、運動単位電位のサイズが大きくなり、これが振幅に反映されます(サイズの原理)。このため筋電図検査では運動単位電位が測定の対象となります。

   運動単位電位の振幅が通常より20%以上大きい場合には、異常値として神経損傷が疑われます。私の担当した事件では50%以上増加していた方も何名か居られました。しかし、三角筋の一部に筋萎縮が確認された方がいたのみで、上肢全体に筋萎縮を生じていた方はいませんでした。

相当程度に神経が障害されても、近傍の神経がそれを補っている場合には筋に対する神経の支配は続くので筋萎縮は生じません。もちろん神経損傷の状況(怪我の仕方)によっては筋萎縮が生じることもあります。

 

 ⅳ 主治医の疑問

   本件では、主治医の1人が、被害者に筋萎縮がないことは腕神経叢損傷の所見と整合しないとの意見を書面(診療情報提供書)に記載した(29頁)と指摘して、高裁判決はこれを重視します。但し、この医師も「右腕神経叢損傷」と診断しているので、医師の言い回しは高裁判決の解釈とは微妙な差があるかもしれません。

この種の記載は他の裁判例でもしばしば見られます。診療情報提供書には自分ではうまく行かなかった患者への恨み節が記載される傾向があり、患者を責める内容が記載されることが少なくないようです。

患者の詐病を疑っていない場合でも、何らかの別原因を疑うなどして、「この部分は少し疑問だ」との意見を付することもしばしば見られます。

また、被害者の症状について損保の担当者から問い質されたことが書かれることもあるようです。被害者の通院が長期化するなどして損保の担当者が医師に事情を聞きに行くことはよくあります。そのときに損保の担当者から「これだけの症状を訴えているならば、筋萎縮が出ているはずだ。腕の周囲の測定はしたのか。早々に症状固定としないのはなぜか。」との言い方をされると、主治医はそれに対応した行動を取ることとなりやすいと言えます。

 

 ⅴ 筋萎縮必須論の二重構造

腕神経叢損傷の患者さんの一部に筋萎縮が生じるとしても、全ての患者に生じる必要はありません。この種の全称命題はそれ自体が怪しいといえます。ところが、裁判例の中にはこのことを理解したうえで、なおも筋萎縮必須論を信じてしまったものも少なくありません。それは筋萎縮必須論が次のような多重性のあるロジックで述べられることに因ります。

即ち、「仮に腕神経叢損傷の全てに筋萎縮が必須ではないとしても、この患者の訴える症状は相当程度に重く、そうであればこの患者に関しては必ず筋萎縮が見られなければならない。」との二重構造です。

要するに「一般的には必須ではないが、この場合には必須である。」との二重基準の導入で、どうにも都合がよすぎると思います。しかし、この理屈が怪しいとは言えても即座に否定することはできません。

地裁判決は筋萎縮必須論を「腕神経叢損傷により運動まひが出現した場合、筋肉が顕著に萎縮するため、腕の周径が減少するはずである。」と引用し、高裁判決は被害者の症状を引用した筋萎縮必須論を述べます(31頁)。

筋萎縮必須論は、「Aの場合は必ず筋萎縮が発生する」との全称命題が用いられますが、実はAに代入されるのは、「~であるほどの疾患R」という形でできるだけその被害者の症状に近い状況をAに代入します。そこが巧妙なところです。

例えば、CRPSにおいては、「常時右上肢に強い痛みが生じていて、大幅な可動域制限が生じているほど状況がCRPSにより続いていたならば、必ず顕著な筋萎縮が生じているはずだ」という形で、被害者の症状そのものを詳細に引用してAに代入します。

このように言われると、その気がしてきます。権威のある医師の名義の意見書や鑑定書でこの言い方をされると、信じない方がおかしいともいえそうです。

本件類似の事案で、「被害者の主張するように右腕神経叢損傷が生じていて、右上肢に痛み、しびれ、脱力が生じ、右手の握力が大幅に低下し、右上肢の動きにまひが見られる状況が本件事故時から長期間続いていたのであれば、顕著な筋萎縮が必ず見られるはずである。被害者に筋萎縮が生じていないことは医学的には説明困難な出来事であって、私の長年の経験でもこのような患者に遭遇したことはない。」などと権威のある医師の名義の意見書に記載されていたとしたら、ほとんどの裁判官が信じてしまうと思います。むしろ、本件の地裁判決はよく筋萎縮必須論に対して持ちこたえられたなあと思います。

 

 ⅵ 隠された二重構造

二重構造の筋萎縮必須論はもはや法則的な言明ではなく、「この患者はこうあるべきだ」という個人的感想に過ぎません。単なる個人的感想を強く断言してしまうと、その意見の信用性は低くなります。

そこで筋萎縮必須論では傷病名を強調しつつ、一方ではその傷病名とセットのものとして症状を強調するという形で二重構造が分かりにくくなるようにあいまいに述べられます。

即ち、あたかも疾患Rにおいては症状E~G(被害者の訴える症状)が必ず随伴するかのように述べて、「疾患Rにより症状E,症状F、症状Gを発症しているのであれば、必ず筋萎縮が生じるはずである」との言い回しをします。

このため、高裁判決は、筋萎縮必須論の二重構造が読み取れる言い回しをしている部分(31頁左列上)がある一方で、「上腕及び前腕に周径差がないという所見にも関わらず右腕神経叢損傷と診断できるような内容を見出し難い」(31頁左列下)として、腕神経叢損傷であれば常に筋萎縮が生じるかのような言い方もしています。高裁判決は筋萎縮必須論の二重構造に気がついていないようです。

 

 ⅵ 神経損傷の程度と症状の程度の相関性について

本件の筋萎縮必須論は、「神経損傷が重度になればなるほど患者の症状は重くなる」という理屈を前提としますが、その理屈は成り立ちません。神経損傷の度合いと症状の度合いに強い相関はありません。実際にも、例えばCRPSはきっかけとなる出来事(傷害)と不釣合いな症状が生じる点に特徴があるとされています。

また、神経障害性疼痛を発生させるエファプスや異所性発火は脱髄変性により生じます。脱髄変性(神経のチューブをとりまく殻の部分の損傷)は軸索変性(神経のチューブの損傷)よりも神経損傷の度合いは低いものです。従って、症状が強いほど神経損傷の度合いが大きいという理屈は成り立ちません。

なお、異所性発火とは神経のチューブをとりまく殻の部分が損傷を受け(脱髄変性)、むき出しになった神経が興奮しやすくなって生じる現象で、エファプスとはむき出しになった神経から漏れ出た電流が近傍の神経を興奮させることにより生じる現象です。

 

9 握力不変論

 ⅰ 高裁判決は、通院先で計測された被害者の握力の数値を多く引用し(27頁、29頁など)、「上下変動の経過が不自然である上、平成18年7月20日には、痛めていたはずの右が18kgに対して左が10kgとなっているなど、握力検査の結果の信用性には大いに疑問が感じられる。」(31頁)と述べます。これは被害者の詐病ないし症状の誇張を認定したものと言えます。

   これに対して、地裁判決は同趣旨の加害者側の主張を引用する(35頁)ものの、医師がその結果を踏まえて腕神経叢損傷と診断している(41頁)として退けます。正しい判断です。引用された数値の変動は担当医が当然に目にしていますが、その医師が何ら疑問を感じていないことをことさらに疑いの目で取り上げる方がおかしいと言えます。

 

 ⅱ 握力不変論と言うべきこの主張は、「問題のある医学的知見」としてよく見られるものです。

実際にはほぼ全ての患者で握力の大幅な変動が見られるようであり、変動があることをもって詐病や症状の誇張を疑う医師はいないようです。一方で、加害者側は「本当に傷病が存在したならば、その変動はあり得ない」との主張をしてくることが通常です。

 

10 筋電図検査否定論

 ⅰ 被害者の受けた筋電図検査について、高裁判決は、遠位筋ほど多相性の神経原性電位を認めるとして、右腕神経叢損傷(全型節後損傷)と診断された(31頁)と述べますが、それ以上の詳細は不明です。

   上記の「神経原性電位」は「運動単位電位」(筋電図検査での測定対象の一般的な名称)を意味すると考えられます。従って、運動単位電位の多相性の増加から、全型の(C6からTh1までの全ての神経に及ぶ)損傷が節後で(中枢側でなく末梢側で)生じているとの趣旨と理解できます。これは障害を裏付ける顕著な結果です。

 

 ⅱ 高裁判決は、「筋電図検査は検者によって解釈が分かれることがあるとされ、上記検査結果については、神経原性電位が明らかなのは橈側手根屈筋のみで、腕神経叢損傷と診断するには十分ではないというA医師及びB医師の意見も出されており」(31頁)として検査結果を否定します。

   しかし、「筋電図検査は検者によって解釈が分かれることがある」との一般論で顕著な検査結果を否定することは穏当ではありません。

   例えば、「レントゲン検査では検者によって骨折の有無の判断が分かれることがある」との一般論で顕著な検査結果(例えば粉砕骨折)を否定することはできないと思います。

なお、上記のとおり「神経原性電位」は「運動単位電位」を意味すると思われるのですが、そうだとすると医学意見の述べる「神経原性電位が明らかではない」との状況は意味不明です(多相性が明らかでないと言うならば別ですが)。高裁判決はこの言葉を「神経の損傷に関連する電位が明らかでない」との意味に誤解しているように見えます。つまり、神経そのものから電位が発生するとの誤解しているように見えます。もしかすると医学意見書も同様の誤解から述べているのでしょうか。

 

ⅲ 「問題のある医学的知見」においては、電気生理学検査(筋電図検査、神経伝導速度検査)の価値そのものを否定する主張や読み取り方を誤っているとの主張をすることは多く見られます。末梢神経の損傷はレントゲンやMRIで識別することは困難であるため、それを検知できる電気生理学検査は加害者側からの攻撃の対象とされます。

  筋電図検査は医学的に確立した検査手法ですので、その基本部分で「検者によって解釈が分かれることがある」とすることは、穏当ではないと思います。検査対象である運動単位電位は人の意思で左右できないので、被検者がこれをごまかすことは不可能です。

  また、普段からこの検査結果を治療や診断に用いている医師が、その読み取り方を根本的な部分で誤っているという主張は、非常に特異です。全型の腕神経損傷との現場の診断を、ごく一部の神経損傷とすることは、現場の医師が意図的でなければありえないほどの根本的な読み取りミスをしたことを意味します。このような穏当ではない主張を認めるためには、「その主張をしている医学意見書が複数出ている」と述べるのみでは足りないと思います。

 

11 最初が最大論

 ⅰ 地裁判決は「腕神経叢を損傷すると、末梢神経内の神経の伝導機能が低下し、受傷と同時ないしは受傷後48時間内には症状が出現する」(35頁)との加害者側の医学意見を引用します。

   受傷直後に最大の症状が出てその後は症状が改善するのみであり、事故後に悪化することはあり得ないとの主張(最初が最大論)は、「問題のある医学的知見」の定番中の定番で、ほぼ全ての傷病で登場します。

   しかし、この主張は一般人の常識に反します。事故後に一定期間(2週間から1か月)をおいてから症状が出たり、1か月以上経過してから症状が悪化して新たな症状がさらに出現したり、その後も悪化し続けたなどの事案は少なくありません。症状の一進一退もよく見られます。これまで検討した裁判例はほぼ全てがそのいずれかに該当します。従って、「最初が最大論」そのものが成り立たないと言えます。

 

 ⅱ そこで、「最初が最大論」はこれを緩和する条件とセットで主張されることが多く見られます(むしろ、こちらが通常かも知れません)。例えば、事故から2週間後までに全ての症状が出るとか、1か月後や2か月後や半年後までに全て出るなどの主張とセットになります。要するに被害者の症状の悪化が始まる前に最大の症状が出るはずであると主張します。

   本件では被害者は事故当日から重い症状が出ていてそのまま入院しています。一方で被害者は事故直後には加害者と会話をして携帯電話で事故の連絡をしたという事情があったようです。

   そこで本件での「最初が最大論」は事故直後に全ての症状が完全に生じることを強調して、事故直後の会話や携帯電話の使用はおかしいと述べ、セット期間として遅くとも48時間以内に全ての症状が出るとの主張になったようです。

 

 ⅲ なお、本件では事故により神経を損傷したとの前提ですので、セットの期間が短くなることに合理性が生まれる余地もありそうです。しかし、事故により神経損傷を生じる事案であっても、多くの場合、神経損傷は事故直後に生じるわけではありません。

また、神経損傷は直ちに最大の症状を生じさせるわけではありません。実際にも、これまで検討した裁判例では受傷直後に最大の症状を発症したものはありません。

このことは神経損傷に至るしくみからも裏付けられます。即ち、むち打ち損傷などで頚部から肩部の筋や軟部組織に炎症や断裂が生じて、それが神経を圧迫している場合、当初は張りや重みなどの症状として出現し、その神経圧迫が続いた結果神経に損傷が生じた結果、痛みやしびれとなります。このため2週間後や1か月後に症状が出始めたり、症状が重くなったりします。これが末梢神経の絞扼障害で多く見られる経過です。

   さらに、圧迫の持続により神経の損傷が拡大することもあり、加えて神経の損傷に起因する神経障害性疼痛の発症は痛みの増幅という面もあるため、すぐに全ての症状が出るわけでもありません。神経損傷からCRPSに移行する場合には症状の悪化は2、3年後にも続くことがあります。

   また、疼痛緩和の治療を止めてしまうと症状が悪化する場合もあり、このために労災ではCRPSについて3年間のアフターケア制度があり、更新可能とされています。

   このように、「神経損傷の場合には事故直後に全ての症状が生じる」との主張は、色々な面で事実に反しています。

 

12 反射テスト絶対論

 ⅰ 地裁判決は、上記の最初が最大論に続けて「原告は、本件事故翌日の深部反射テストにおいて、いずれも亢進ないし正常という、腕神経叢損傷患者としてはあり得ない結果が出ている」(35頁)との加害者側の主張を引用します。即ち、腕神経叢損傷が生じていたのであれば、事故翌日の深部反射テストは絶対に減弱になるはずであると主張しているようです。

 

 ⅱ しかし、徒手テストや反射テストに絶対的な価値を求める主張は、とんでもなく異常なものです。ことに反射テストは徒手テストに比べても感度が非常に低いテストです。

例えば、頚椎神経根障害での各筋の反射が減弱となるのは8%から21%に過ぎません(『マクギーの身体診断学・原著第2版』528頁)。即ち、その疾患に罹患している人の10%ほどしか病的反射を示しません。反射テストは検査としての価値が非常に低いことに特徴があります。この反射テストの結果をもって、「絶対にあり得ない」などの断言をすることは明らかな誤りであり、滑稽であるとさえ言えます。

   しかし、「問題のある医学的知見」においては、反射テストの結果に言及して「あり得ない結果である」と述べることは定番中の定番で、頚髄の不全損傷の事案ではほぼ全ての事案でこの主張が見られます。疾患を有していても病的反射を示さない患者がほとんどであるため、毎回のようにこの主張がなされています。

しかし、この主張を取り入れてしまった裁判例は多く見かけます。反射の生じる原理から詳細に説き起こして「私の経験ではこのようなことは絶対にあり得ない。」などの強い意見が述べられると、裁判所は入れ食い状態で信じているというのが現状です。

 

 ⅲ それ以前の問題として、そもそも本件で反射テストが行なわれたのは、中心性脊髄損傷が疑われたからであり、腕神経叢損傷の検査として行なわれたのではありません。反射テストは脊髄(頚髄)の損傷や神経根障害などが疑われる場合に行なわれます。

   従って、仮に反射テスト絶対論を述べるにしても、「反射テストの結果から中心性脊髄損傷は絶対にあり得ない。」との理屈が述べられるべきところです。ところが、本件では反射に言及して腕神経損傷は絶対にあり得ないと述べています。これでは反射テスト絶対論にすらなっていません。

 

13 「問題のある医学的知見」のセットについて

 ⅰ 訴訟では「問題のある医学的知見」は単独で用いられることは少なく、ほとんどの場合、複数の主張がセットで登場します。「問題のある医学的知見」がセットで用いられると、主張に厚みが出てきて信じられやすくなるという面があります。

   また、「問題のある医学的知見」のセットの中の個々の主張は、ほぼ全てが別の訴訟で裁判官がそれを信用したという実績のあるものであるため、判例集で探せば同じ主張を認めたものを見つけることができます。この場合には、その主張は信じられやすくなります(但し、ほぼ全ての主張はそれを認めなかった裁判例も探すことができます)。

   さらに、「問題のある医学的知見」のセットは医師名義の医学意見書や裁判所選任の鑑定人の鑑定書で述べられるため、一部に怪しい内容があると思われても、劇場効果により全体として信用されやすい基盤があります。

 

 ⅱ 一方で、「問題のある医学的知見」がセットで出てくると、いずれか1つが誤りであるとの反論はしやすくなります。

医学意見書については、たとえ一部であれ、明らかに誤った主張や過度の断定を含むものは、その全体を疑うべきであると思います。例えば、「我妻栄は刑法学者である」などの誤りを含む法律意見書は、法曹からはその全体が疑いの目で見られるでしょう。ところが、不案内な専門分野の意見書では、その一部であっても自信を持って「明らかな誤り」と断定することは困難です。

この場合でも「過度の断定をしている」との判断は可能です。医学では経験により確認できたことしか断定できないので、全称命題として強く肯定することや強く否定することは、経験により確認できないことを断言することになりやすく、それ自体が疑わしい主張と言えます。従って、一部であっても「過度の断定をしている」と判断できる医学意見書はその全体を疑うべきです。

   これに対して、損害の立証責任は被害者にあるとの感覚で、被害者側において「問題のある医学的知見」のセットの全てを論破するべきであると考えることは誤りです。主張と主張(論理と論理)が対立した場合には、「全体としてどちらが正しいのか」との視点で判断するべきであって、主張(論理)の当否にまで証明責任を持ち込むことは適切ではありません。

 

 

2013年6月11日 (火)

労災9級の右上肢CRPS(24.11.27)

 

1 東京地裁平成24年11月27日判決(自保ジャーナル1891号40頁)

 

  この事件では右上肢のCRPSが問題となっています。

 

この事案の特徴は、①判決がCRPSについての初歩的な知見に反することを多々述べていること、②初期に胸郭出口症候群(TOS)と類似する症状が生じていること、③右手指に著しい巧緻運動障害が生じていること、④サーモグラフィー検査の検討に問題があること、⑤判決が自賠責の3要件基準を診断基準と誤解していること、などです。

 

2 症状の経過

 

 被害者は64歳男子タクシー乗務員で、平成19年1月31日に追突事故に遭います。車両の修理費用は26万円ほどとされていることからは、追突事故としては中程度のものと思われます。 

 

 (*以下では日付は断りのない場合は事故日を基準としたものです) 

 事故当日…勤務先に戻り、病院に行くことなく帰宅する。

*被害者は、ドアを開けて外に出ようとしたときに追突されて意識を失い、意識を回復して嘔吐したと主張しています。このように少し変わった事情に対しては「本当か?その証拠は?」との視点で検討されるため、疑いのバイアスを持たれやすくなります。

 

  被害者側は、「その傷病が発生する可能性のある事故」であることを証明できれば良く、「その傷病を発生するのにちょうど良い事故」であることを証明する必要はないので、事故状況を必要以上に詳しく主張することは得策ではないと思います。

 

 2日後…B病院。後頭部痛、右頚部痛、嘔気あるも四肢のしびれなし、徒手筋力検査では4~5とされる。

 

 

*事故当日に通院しなかったとの事情は仕事中に事故にあった事例や、末梢神経絞扼障害を後に発症する事例で多く見られます。末梢神経絞扼障害(胸郭出口症候群、手根管症候群、梨状筋症候群など)では、事故による組織の脹れや炎症により徐々に神経が圧迫されて、事故後に症状が悪化するという経過が多く見られます。

 

*最初の通院で徒手筋力検査が行われていることから、この時点で右上肢の脱力ないし違和感の症状を訴えていたはずです。

 

*判決はCRPSを否定する根拠として、事故直後の症状が比較的軽微であったこと、一定の筋力が保持されていたことを指摘します。しかし、CRPSの特徴は当初の外傷の結果からは想像できないほどに症状が悪化することであるので、これらは初歩的な誤りです。

 

 5日後…B病院。後頭部痛、右頚部痛の継続と右上下肢の筋力低下を訴える。

 

6日後…B病院。右上下肢の脱力と右上肢のしびれを訴え、以後9日間入院する(頚椎捻挫の病名)。7日後に頚椎MRIで異常なしとされる。

 

 

 

   *事故から1週間から2か月ほどの期間をおいて、上肢にしびれと脱力が生じる経過は胸郭出口症候群(TOS)で多く見られます。被害者が6日後から9日間入院していることからは、この時点で相当の症状が出ていたものと考えられます。    

 

 15日後…B病院(以後4か月通院)。右頚部痛、右上肢痛、右上肢のしびれを訴える。20日後には握力が右18kg、左34kgとなり、以後も右手の握力低下が続く。

*この時点の症状(上肢のしびれ、脱力、握力の低下)はTOSで典型的に見られるものですが、最後までTOSは疑われず、その鑑別診断のための検査も受けていないようです。

 

*判決はCRPSを否定する根拠として、この時点で灼熱痛等の激しい痛みや右上肢の機能障害を訴えた形跡がないこと、関節拘縮や骨萎縮が出ていないことなどを指摘しています。

 

しかし、CRPSには必須の症状は1つたりともありません(定説)。特定の症状が事故直後の時期に生じる必要はなおさらありません。何ゆえここまでひどい誤りを書いているのか不可解です。

 

*判決はCRPSを否定する根拠として、B病院の診断名は頚椎捻挫(頚髄損傷の疑い)であることを指摘しています。

 

しかし、CRPSはその診断が遅れることに特徴があり、実際にも全ての事案で当初は別の病名が診断されています。CRPSの診断が事故の3年後以降になった事例も少なくありません。提訴後の鑑定で初めてCRPS(またはRSD)と判断された事案も何件かあります。CRPSの典型症状が出ていても、診断がなく、その検討もされないまま訴訟が終わっている事案も何件かあります。

 

 

 

 4か月半後…C整形外科(以後9か月ほど通院)。被害者は右肩関節痛、頚部痛を訴え、星状神経節ブロックなどの治療を受ける。右手握力の低下が続く。7か月後ころから箸やペンなどの巧緻運動の障害の記載がカルテに現れる。10か月後頃に痛みによる指関節可動域制限が現れる。

 

C病院は、当初は外傷性頚椎症性神経根症、右肩腱板損傷と診断するも、半年後に反射性交感神経萎縮症(右上肢)、外傷性肩関節周囲炎の診断名を追加し、1年後に複合性局所疼痛症候群(CRPSタイプⅠ)と診断する。

 

   *半年後にRSDとの診断が下されています。裁判例の上では早期に診断された事案に属します。判決はRSDの診断の根拠が不明であるとしますが、持続する疼痛と関節可動域制限で現時点のCRPSの判定指標を満たし、あとは鑑別診断が問題となるのみです。

 

 *判決はCRPSを否定する根拠として、1年後になるまでCRPSとの診断がされていないと述べます。しかし、半年後に診断された「RSD」と1年後に診断された「CRPSタイプⅠ」は同じ意味です。いくらなんでもさすがにこの間違いはひどすぎます。また、「診断が遅れたのでCRPSではない」という理屈にも無理があります。

 

*この判決は理解し難い非常に不可解な誤りが多く見られます。そのほぼ全部がほかの事件で加害者側の主張として見たことがあるものです。ここまで特殊なことを独自で多数考え出したとも思えないので、これらは加害者側の主張や医学意見書によるものでしょう。

 

加害者側が提出する医学意見書は、全ての事件で被害者の主張を否定する結論にするためか、「さすがにこれはふざけすぎだ」というレベルのものが多く見られ、本件のような典型症例になると「ダメでもともと」といった感じのやっつけ仕事のひどいものが出てきます。そのレベルのものでも華々しい経歴の高名な医師の名義がついていると信用してしまう裁判官は少なくないようです。

 

裁判所はこの種の訴訟で明らかに舐められています。仮にこの判決の記載が医学意見書を元にしているとすれば、その執筆者はこの判決の入れ食い状態には笑いが止まらないでしょう。

 

 

 

 5か月後…D病院(以後1年8か月ほど通院)。頭痛、めまい、右上肢のしびれなどを訴える。

 

 1年後…被害者が原付に乗っていて猫をよけて転倒して、頭、額、膝を打撲してレントゲンを撮ったことがD病院のカルテに記載される。

 

   *この記述からは被害者はこの時点では原付を運転できる状態にあったようです。被害者は足で蹴っていただけと主張したようですが、この点は信じ難いです。この時点では右手は巧緻運動障害が出ていたものの、原付のハンドルを握ることやアクセルを回すことができる状態にあったようです。

 

     この時点での被害者の主張する症状と矛盾しませんが、怪我人や障害者が活発に動くことに対して良くない評価をする人もいます。

 

 

 1年1か月後…C整形外科が平成20年2月29日を症状固定日として、後遺障害診断書を作成する。傷病名は「頚椎捻挫、外傷性頚椎神経根症、右肩腱板炎、複合性局所疼痛症候群(CRPS)」とされ、自覚症状は「右上肢脱力、頭痛、頚部・右肩・肩甲背部痛、右上肢しびれ・疼痛、巧緻運動障害」とされ、他覚所見等は徒手筋力が4~5とされ、握力が右28kg・左36kg、右上肢部分にしびれ・疼痛、手指完全屈曲困難があり、右肩部分に疼痛があるなどとされる。

 

労災では9級と認定されますが、自賠責では後遺障害に該当しないとされ、異議申立後に14級とされます。

 

 

  *この時点では右上肢の疼痛・しびれは続いていたものの、右手の握力はかなり回復しています。右上肢の筋力もある程度保持しています。肩・肘・手関節の可動域制限の有無は不明です。痛みのため検査ができない人も少なくないので、検査数値が書かれていないときでも可動域制限がないと決め付けることはできません。

 

   *判決はCRPSを否定する根拠として、右手握力の変動が大きすぎると指摘しています。この種の指摘は加害者側の医学意見書には頻出です。しかし、症状が一進一退を繰り返したことから、症状そのものが全てなかったことにはなるわけがありません。計測値の変動が大きいことは、症状が一進一退を繰り返したことや、日によって症状の変動があって症状が固定していなかったことを意味します。これに対して、詐病であれば握力の計測値に大きな変動を生じさせないように偽装できます。

 

   *握力に限りませんが、計測値のぶれ(ゆらぎ)の大きさを指摘して、「これは私の経験ではありえない。非常に不可解な出来事だ。ここまで変動することはあり得ない。医学的に説明することは極めて困難である。真に症状が存在するならば絶対にあり得ないことだ!」などと強く主張をするのが加害者側の医学意見書の常套手段ですが、これを信じてしまった判決も少なからず見られます。これでは裁判所が舐められてしまうのもやむを得ないのかもしれません。

 

   *巧緻運動障害は7か月後までには生じています。本件では巧緻運動障害の原因として、CRPSと外傷性頚椎神経根症が考えられます。判決からは、頚椎神経根症と診断された根拠は不明です。仮に骨棘による神経根圧迫などの状況が確認されていないのであれば、巧緻運動障害や左上肢の疼痛、しびれの原因として診断された可能性があります。

 

 

 2年2か月後…E病院(以後判決時まで通院)。被害者は、巧緻性が低下し、肩関節が硬直していると訴える。外傷性頚椎症性神経根症、CRPSと診断を受ける。右上肢知覚異常、筋力低下のために日常生活動作にも支障を来たしており、右上肢には労働能力がないとされる。

 

 

   *症状固定後に症状がかなり悪化し、肩関節の硬直も進行しています。その可動域が記載されていないのは、痛みのため検査ができないとの事情があるようです。

 

*CRPSには症状の悪化が停止したと判断できる医学的な根拠はないので、症状固定の診断(認定)は症状がこれ以上悪化しないことを意味しません。実際にもCRPS(RSD)の裁判例では症状固定後に症状の悪化が生じた(と被害者が主張している)事案がかなりの割合で含まれています。

 

   *労災では、RSD(CRPS)に関しては症状固定後も国費で治療を継続できるアフターケア制度があります。症状固定後も通院で症状の悪化を抑制し続けないと、上肢の硬直などが進行するからです。このように症状固定後に症状の悪化が進行することは国の制度の上でも前提とされています。

 

 

 

 2年5か月後…B病院。身体障害者認定のための診断書が書かれる。外傷性頚椎症性神経根症、CRPS(RSD)を原因とする右上肢の高度の機能障害(右肩、肘、手関節、手指の高度の機能障害)があるため、右上肢での日常生活動作は不可能であるとされる。その約2週間後に3級と認定される(上肢機能障害・右上肢機能の著しい障害)。

 

 

   *右上肢全体に高度の機能障害があるとされていることから、可動域制限も右上肢全体に及んでいると考えられます。典型的な上肢のCRPS(RSD)の状態に至っています。

 

   *判決には上記の各時点の肩、肘、手関節の可動域が書かれていません。被害者の主張には「右上肢の上げ下ろしを満足にすることができず」とあるので、可動域の制限自体はないようにも見えます。しかし、これは「右上肢の高度の機能障害」という認定には合いません。

 

     おそらくこの被害者は痛みのために可動域検査ができない状況が続いていて、特に症状固定後の悪化で肩・肘・手関節に強い可動域制限が生じていたのではないかと思います。被害者の主張する「右上肢の上げ下ろしを満足にすることができず」というのは症状固定時の状況であって、その後の悪化には対応していないように見えます。

 

 

 5年半後…B病院でサーモグラフィー検査を受ける。測定点28対(56か所)のうち、患側(右側)の皮膚温が低かった測定点が21対で、うち2対が1.3度差で、残り19対が0.9度以下の差とされる。

 

 

   *この結果は、患側に皮膚温低下が存在することを明確に示していますが、判決は有意な差とは言えないとします。

 

*皮膚温に限らず程度を問題とする場面では、加害者側は、「一見して明らかな差がある場合に限定するべきだ。そうでないと区別があいまいになる。」と主張します。もちろん、これは暴論です。普通に見て差異があることが分かれば差異ありで、それが微妙であれば擬陽性となります。本件の場合は当然に「差がある」(陽性)となります。

 

 

3 胸郭出口症候群(TOS)について

 

ⅰ 本件で最初に気になったのは、当初の症状が胸郭出口症候群(TOS)の典型症状であることです。TOSはむち打ち損傷により発症する症例が多いことが知られています。しかし、交通事故によりTOSを発症しても、裁判例の上では1年以上経過してからその診断を受けたものが過半数で、TOSには診断が遅れる傾向がはっきり出ています。この事案でもTOSの診断がないことからTOSの発症を否定することはできません。

 

 

ⅱ 上肢のCRPS(RSD)に関する裁判例ではTOSが悪化してCRPSを発症したとみられる事案が多くみられます。仮にTOSが基盤となってCRPSを発症したとしても、CRPSを発症してからTOSの診断のための検査をすることはほとんどないので、CRPSを発症させた原因となる傷病は分かりにくくなります。

 

 

 ⅲ 本件は、事故後に遅れて症状が出ることが多いというTOSの特徴に合致し、上肢の痛み・しびれ・脱力や握力の低下はTOSの典型症例です。また、TOSによる神経損傷を想定すると、これを基にしたCRPSの発症も理解しやすくなります。従って、この事案は「TOSが基盤となって上肢のCRPSを発症したと思われる事案」と言えますが、それ以上の解析はできません。

 

ただし、CRPSを発症させたメカニズムを解明しなければ、最終的な症状がCRPSと言えないわけではありません。本件では最終的な症状が上肢のCRPSであることは明らかです。

 

 

 ⅳ 仮にTOSが基盤にあるとすると、CRPSタイプⅠ(RSD、神経損傷ないもの)ではなくタイプⅡ(カウザルギー、神経損傷のあるもの)になります。これにより自賠責ではRSDではなくカウザルギーの主張ができ、自賠責の3要件基準の対象外となります。

 

   また、TOSの検査として血管造影、神経造影、電気生理学検査を受けて所見が得られた場合には、その所見により自賠責の認定が取りやすくなります。

 

 

4 CRPSについて

 

  本件では最終的な症状がCRPSであることに問題はありません。判決はCRPSを否定していますが、誤りです。判決は自賠責の3要件をRSDの診断基準と勘違いしていますが、3要件基準は自賠責においてもRSDであるかどうかを認定する基準ではありません。そもそもCRPSには必須の症状は1つもありません(定説)。この点は何回も述べてきたのでこれ以上は書きません。

 

普通に考えれば、本件のようにCRPS(RSD)との診断が繰り返された事案の全ては実際にもCRPSであると考えられます。しかし、訴訟では全ての事件で加害者側はその診断を否定し、ほとんどの場合にそれを裏付ける医学意見書を出してきます。この前提状況が分かっていれば、本件のような典型症例で労災の認定(9級)も出ている事案でCRPSを否定する結論になることはあり得ないと思います。

 

  これは思考のスキームの問題です。例えば、20年前であれば突然の電話で「おじいちゃん(泣)…事故にあって人に大怪我させちゃった(泣)…今すぐ示談のためにお金を(大泣)…」という電話を孫から受ければ、それを信用する祖父が大半であったと思いますが、今では高齢者でも信じる人は少ないでしょう。思考のスキームの中に、これが「振込め詐欺」の典型例として組み込まれているからです。

 

 

5 診断に対する検討の仕方そのものについて

 

 ⅰ 判決はCRPSを否定する根拠として色々と述べているのですが、そのどれもが初歩的な誤りであることは、上に述べたとおりです。それ以前の問題として最も気になったのは、診断を検討するための理屈になっていないことです。

 

仮にCRPSを否定することが正しいとした場合に「では一体、この症状をどんな傷病名で説明するのか?」(鑑別診断)という問題です。本件では典型的な上肢のCRPSの症状が生じています。ほかの候補は見当たりません。

 

 

 ⅱ 診断とは仮説設定や鑑別診断により、現に存在する症状について多くの候補から正しい傷病名を探し出す作業です。ある診断が誤りであるとしたことにより、現に存在する症状が消えるわけではありません。本件ではCRPSとの診断を否定する場合には、被害者の症状をより合理的に説明できる代替案を挙げる(鑑別診断を行う)必要があります。

 

   しかし、訴訟では加害者側はその傷病とされるためのハードルをひたすら高くするだけで代替案となる傷病名を出さないことが普通です。この方法は出発点に誤りがあるので、検討する価値のない反論です。

 

   この判決も、CRPSと診断するためのハードルを高くする論理のみを述べていますが、「では現に存在する症状をどう説明するのか。この患者の正しい傷病名は何か。」という肝心の部分を置き去りにしています。これは法律的にも誤りで、審理不尽と言わざるを得ません。

 

 

 ⅲ ところが、裁判所は「被害者が主張するのはCRPS(RSD)という傷病名のみである。だからCRPSかどうかのみを検討すればよい。その先は関知しない。」という誤った考え方に誘導されると、その方向に向かいやすいようです。この種の思考は法曹特有のバイアスのようです。

 

 もとより証明責任を事実認定に取り込むことには問題があります。証明責任は真偽不明になったときに結論(法規の適用)を決めるものなのに、それ以前の段階で証明責任を用いて事実を認定するというのは誤りであると思います。

 

 

 ⅳ また被害者が主張する傷病名は要証事実(主要事実)であるのか、という問題もあります。被害者はあくまでも現に存在する具体的な症状や後遺障害を主張しているのであって、その根拠の1つとして傷病名を持ち出しているに過ぎません。ほかの傷病名で後遺障害が裏付けられるのであれば、それでも構いません。傷病名が不明でも検査結果や日常生活の状況などから後遺障害を認定してもらっても構いません。この考えのもとでは傷病名は間接事実であって、証明責任が生じる対象ではありません。

 

 

 ⅴ 損害賠償請求訴訟では「損害に関する被害者の主張には証明責任が課せられる」という素朴な発想のまま、被害者の主張について必要以上に広く証明責任を課す方向に流れやすい面があります。

 

   しかし、例えば被害者側が、加害者の車は時速60キロであったと主張し、加害者側が時速10キロであったと主張した事案において、裁判所が時速30キロであったと認定することもできます。この場合の速度は主要事実ではありません。

 

仮に主要事実とすると、「時速60キロとの主張が認められない場合に不適用となる法規」があるはずですが、それはありません。時速30キロでも同じ損害(主要事実)が生じることがありえます。また、時速30キロでもわき見などの注意義務違反(主要事実)がありえます。この場合の速度は間接事実であって、過失や損害などの主要事実を基礎付ける背景事情と言えます。

 

問題は損害賠償請求訴訟で被害者が主張している内容のうち、どこまでが主要事実であるのか、ということですが、それは注意義務違反や損害に直結する事柄として、ケースバイケースで考えるほかないと思います。

 

 

 ⅵ 本件で被害者が主張するCRPSとの傷病名については、被害者が主張する具体的症状や後遺障害(事実的損害)を合理化する事情ではあっても、弁論主義の対象となる主要事実ではありません。

 

ほかの傷病名で同じ事実的損害が説明できる場合もあり、検査結果などから事実的損害を説明できる場合もあるので、傷病名にまで主要事実を広げる必要はありません。主要事実を広げすぎると、判断が硬直化するという問題が生じます。

 

   従って、加害者側が「とにかくその傷病ではない。その先は知らない。」として診断された傷病名を否定する主張をしても、その主張は医学的にも法的にも、被害者が受けた診断を否定できる構造を有しません。傷病名を否定するためには、加害者側は「本当は、疾患Sである」などの代替候補を主張する(鑑別診断の手順を踏む)必要があります。

 

   要証事実を広くして間接事実についてまで「~であると認めるに足りる証拠はない」との趣旨を述べている判決をしばしば見かけますが、間接事実については「~であろう」などの推論結果を示して、その推論を総合して主要事実の心証につなげるべきです。

 

 

 抱き合わせ否定論について

 

 ⅰ 判決で気になったのは、判決は最終的な症状として、被害者がCRPSを発症しているのかどうかについて若干あいまいな認定をしていることです。

 

   本件では、被害者側は、①被害者が主張する後遺障害が存在すること、②それが事故により引き起こされたこと、の2点を主張しています。判決は、①を否定する趣旨を述べていますが、同時に「仮に後遺障害が存在する(CRPSを発症した)としても本件事故との因果関係はない」というニュアンスも述べています。

 

つまり、①と②を別個に検討せずに、抱き合わせで否定する論法を用いています。この抱き合わせ否定論は、加害者側が頻出で用いる特殊の論法です。これは否定するためにのみ効果を発揮する錯誤論法ですが、しばしばこの論法を取り入れてしまった判決を目にします。

 

 

 ⅱ 判決は、CRPSとの診断が繰り返され、労災の認定も出ていることから①についてあいまいな部分を残したまま、仮にCRPSを発症していたとしても、事故は比較的軽微である、事故直後の症状は軽度である、事故後すぐにCRPSと診断されなかった等の多数の理由を述べて、被害者が本件事故によりCRPSを受傷したと直ちに認めることはできないとの論理を述べています。

 

   しかし、「確実に①であるとは認められない」では実質的な認定は何もなされません。これに付け加えて「仮に①であるとしても、②(=事故との因果関係」を満たす①ではない。」としても、実質的な認定はなされないままです。この点は以前に述べましたが、非常にまずいと思います。

 

 ⅲ ルンバール事件の最高裁判決では、「ほかに原因は考えられない」との論理で因果関係を肯定しています。メカニズムを解明して正面から因果関係を肯定することができない場合でも、「ほかに原因は考えられない」という理由で因果関係を肯定できます。これは論理としてごく当たり前のこと(背理法)を述べたに過ぎません。

 

   この「ほかに原因は考えられない」という論理の応用形として、概括的認定を認めた最高裁判例も少なからずあります。概括的認定とは、「原因はAかBに絞られる(ほかに原因は考えられない)。AまたはBが結果を生じたメカニズムは不明である。AかBのいずれでも加害者の過失が認められる。ゆえにA、Bのいずれであるかを確定せずに過失と結果との因果関係を認める。」という論理です。

 

ルンバール事件判決は「原因としてAが疑われる。Aであるとするメカニズムは不明である。しかし、Aのほかに原因は考えられない。ゆえに原因はAである。」という論理です。これは「AまたはA以外のいずれかである(排中律)。A以外のものが考えられない。ゆえにAである。」という単純な論理です。

 

   最高裁判例は、「因果関係を認定するためにはメカニズムを解明しなければならない。」とするドグマを否定しています。従って、原因の側から論理法則による因果の糸を結果に届かせることは必須ではありません。

 

 

 ⅳ 本件では、最終段階の症状からは容易に①(被害者の主張する症状の存在)を認めることができます。事故以外に原因が考えられなければ、因果関係は認められます。事故後に症状が悪化し続けた経過は明らかですので、②の因果関係も当然に認められます。

 

   これに対して、判決は事故が軽微である、事故直後の症状が重症ではない、早期にCRPSと診断されなかった、などと事故の側からしっかりとした因果の糸が伸びていなければならないという形でメカニズム論を取り込んでいます。その結果、「CRPSを生じるような事故であったか」という立証不可能な命題を取り込んでいます。メカニズム論に陥ると、原因の側から論理法則的に因果の糸が伸ばせなければダメであるという発想に陥りがちです。

 

 

7 証明度について

 

 ⅰ 「自由心証が尽きたところで証明責任の機能が始まる」(定説)ことから、私は、「証明責任は真偽不明となった後に結論(法規の適用)を決めるための道具であって、事実を認定する道具ではない」と考えています。これは原理主義であって誤りでしょうか。

 

   私の考えからは、この判決の背後にある考え方は理解し難いのですが、これまで検討してきた判決のなかには、「~であると認めるに足りるだけの証拠はあるか」という視点で、証明責任を有する側に自由心証のレベルで高いハードルを課し、その結果、実質的な心証を形成せずに、否定の事実を認定する判決がいくつかありました。

 

   この論理では自由心証のレベルで証明責任が機能を開始していることになり、しかも、自由心証で証明責任による「認定のためのハードル」を課し、その結果として真偽不明となると再度証明責任を適用するという二重の不利益が生じます。

 

 

 

 ⅱ しかし、上記の考えを採用しているように見える判決が少なくないように見えます。これは証明度を考慮した結果でしょうか。

 

証明度を考慮して、「要証事実が高度の蓋然性をもって成り立つこと」を、証明責任を負担する側においてを証明できなければ、その事実は認定できないとして、「~であると認めるに足りるだけの証拠はあるか」を検討するという理屈です。

 

   つまり、要証事実について証明度として「高度の蓋然性」が必要であるとすることは、自由心証において裁判官が得るべき確信の度合いを規定し、自由心証においても証明度を満たしているかどうかという視点で(証明責任を取り込んで)判断できるという論理です。

 

 

 ⅲ この考えに対しては、証明度は自由心証で得た結果としての心証の度合いであり、あらかじめ証明責任を負担する側に厳しい目で判断をするべきであることを意味するものではないと反論できます。

 

   むしろ、裁判官は自由心証ではニュートラルな立場で心証を獲得するべく努めるべきであり、そのために口頭弁論、争点整理、釈明、証拠調べなどの手続が存在すると言えます。

 

   また、「高度の蓋然性」と言っても、一方の主張のみを取り出してそれ自体として確実かどうかを検討するのではなく、相手方の主張との兼ね合いから「こっちの方が正しい」との心証でも構いません。

 

   例えば「原告の主張が正しいと思われるが、確実な根拠はない」という場合であっても、「仮に被告の主張のとおりとすると、~の不都合が生じるから、被告の主張は認められない」という事情から心証を取ることもできます。「高度の蓋然性」を述べたルンバール事件判決でも、「ほかの原因が考えられない」という形で結論を導いています。

 

   また、「原告の主張それ自体では確信が得られない」という場合であっても、「被告の主張との比較では、原告の方が信用できることは間違いない」という場合もあります。この場合も最終的な心証としての「高度の蓋然性」を満たしていると思います。この判断方法を用いるかどうかで結論が異なる事案は少なくないと思います。

 

 

ⅳ 以上から、仮に「~であると認めるに足りる証拠はあるか」という形で検討するとしても、一方の主張のみを検討するのではなく、対案との兼ね合いも考慮して心証を獲得し、最終的な心証として、要証事実の存在(不存在)について「高度の蓋然性」があるとの認識に至っているかを検討する必要があります。

 

   例えば、CRPSの事件で、被害者がCRPSの判定指標5個のうち1個しか満たさない事例であっても、臨床では「ほかの疾患が考えられない」という理由から医師が確信を持ってCRPSとの診断を下す場合もあり得ます。臨床の統計では、CRPS患者の約2割は5個の判定指標のうち1個しか満たしません。

 

   この場合には、訴訟において「CRPSではない」と主張する側は相応の根拠のある反対仮説を挙げる(鑑別診断を行う)必要があります。例えば、加害者が反論として「CRPSではなく線維筋痛症である」と主張した場合には、線維筋痛症の症状との整合性と、CRPSの症状との整合性で優劣を判断して、心証を得ることになります。

 

   以上に対して、判定指標のうち1個しか満たさないことにより、「直ちにCRPSであるとは認められない」として早々に結論を決める論理が間違っていることは明らかでしょう。心証度は全ての検討を終えた時点で獲得した心証についての問題です。なお、上記のCRPSの例は、それ以前の問題として、それが要証事実に関するものかという問題があります。

 

 

 ⅴ このように考えていくと、「~であると認めるに足りる証拠はあるか」という視点での検討は、言葉の意味それ自体から、部分的な検討のみで結論を出してしまう誤りに流れやすいように思います。

 

私は判決文にこのような表現を用いることは避けたほうが良いと考えています。特に間接事実に用いることは誤りであり、主要事実についても心証が獲得できたならば端的に「~と認められる」という形で肯定否定を述べるべきであると思います。

 

「何が起きたのか」について心証が獲得できなかった場合でも、心証が得られた限度において「~であろうと思われる」という形で書いて、その上で証明責任により決めたことが分かるように書いた方が良いと思います。その場合には、「~との心証は得られたものの、それ以上の心証を得ることができなかった。」との表現を用いるべきであり、「~であると認めるに足りる証拠はない」などの表現は論理的にも法的にも適切ではないと思います。この表現では「何が起きたのか」についての心証形成の作業をせずに、直接「~であると認めるに足りる証拠はあるか」を検討したように見えます。

 

   なお、私は民事事件では心証度として「高度の蓋然性」(80%超の心証ともされる)を求めることは適切ではなく「優越的蓋然性」(50%超原則)で良いと考えています。その方が事実に即した認定が増えるからです。裁判所は端的に正しいと考えた事実を認定して判決を書くべきであると考えています。

 

証明度については、「民事訴訟における証明度論再考」(田村陽子、立命館法学327、328号)が双方の主張を詳しく検討していて参考になります。

 

 

 ⅵ なお、「現実には、裁判官は、主観的確信がない限り、証明があったと判断することはないであろう」(『民事訴訟における事実認定』12頁)という観点からは、高度の蓋然性でも優越的蓋然性でもいずれでも結論はほとんど同じになるようにも思えます。

 

どちらの主張が正しいのかを検討した結果、「こっちの方が正しい」という結論を出した場合には、たいていの場合は高度の蓋然性の基準を満たすほどの主観的確信を得ていると思います。対案の提起する問題点を克服できていない状態では「こっちの方が正しい」という心証とはならず、どちらが正しいのか分からないという心証になると思います。主観的な「正しさ」の判断は対案よりも十分に優越しているとの内実を含みます。

 

   ところが、「高度の蓋然性」という縛りを満たすために、「確実な証拠の有無を判決文に書かなければならない」というバイアスが導入されると、柔軟な判断ができなくなり、「~であるとする確実な証拠はあるか」を検討してしまう誤りに向かいやすくなると思います。

 

   本来であれば、裁判官は全ての事件についてきちんと心証を取って判決を下すべきであり、証明責任に結論を丸投げするのは100件に1件以下であるべきです。その前提の上で、全ての事件について「優越的蓋然性」を超えた「高度の蓋然性」の心証を得られるように審理を充実させるべく、訴訟制度を整備してきたというのが、理想論から見た民事訴訟制度の発展史でしょう。

 

   しかし、現実には「高度の蓋然性」という縛りのためか、「~であるとする確実な証拠はあるか」というピンポイントの部分のみを簡単に検討して、事件全体に対する実質的心証(何が起きたのかという心証)を取らずに証明責任に結論を丸投げしているように見える判決が増えている感じもします。これは「確実な証拠もなく提訴した方が悪い」との訴訟観とも言えそうです。

 

   全ての検討を終えた時点での証明度を問題にすると、優越的蓋然性が認められるけれども高度の蓋然性が認められないために、正しいと考える結論を認定できない「心証のグレーゾーン」というべき隙間が生じます。

 

これに対して、最初から「~であるとする確実な証拠はあるか」という視点で検討を始めれば、心証のグレーゾーンは生じません。このため証明責任を自由心証に取り込んで心証のグレーゾーンを消してしまおうとの流れが生じている感じもします。このような弊害が出るのであれば「高度の蓋然性」という目標を取り下げたほうが良いと思います。

 

伊藤眞教授は、証明度に関する4つの神話の第1として証明度を上げれば上げるほど事実認定は真実に近づくというのは神話であると主張しています(判タ1086号14頁、判タ1098号10頁)。私もそう思います。

 

 

 

 ⅶ 以上の前提として、証明度の指標としての「高度の蓋然性」という概念と「優越的蓋然性」という概念は同じ土俵にある概念であるのか、という問題もありそうです。

 

   即ち、「~であるとする確実な証拠はあるか」という形で検討する場合には、証明度としての高度の蓋然性は証拠の有する客観的な証明力の度合いについての評価であるようにも見えます。これに対して優越的蓋然性は、裁判官が「どちらの言い分を正しいと考えるか」という主観的な面が強調されます。

 

   証明度は、要証事実の存否についての最終判断としての心証の度合いのはずなので、そこから主観面を取り除いて証拠による証明の度合いとすることは不自然です。ところが、実際には「これはちょっと証拠が弱いなあ」という感覚を持つことはあります。この場合には「誰だってこの証拠では弱いと受け止めるはずだ」という間主観的な形で証拠それ自体の証明力が客観化されています。

 

しかし、それはやはり個々の証拠の証明力(証拠価値)の問題であって、個々の証拠からの推論を総合して判断した結果としての証明度は評価する人の主観にあると思います。従って、証明度は結局のところは評価する人の主観的な判断であると思います。

 

むしろ、この証明度を客観化する方向に向うと、対案との検討をしないまま個々の証拠の証明力を最終判断としての証明度と誤解してしまう誤りに向かいやすいと思います。個々の証拠の証明力は、多くの場合間接事実に関するものであるため、間接事実についても証明責任に判断を委ねるという二重に誤りにも陥りやすくなると思います。この二重の誤りに陥ると、動かしがたい事実を軸にした推論の積み重ねにより心証を形成し、それが「高度の蓋然性」に達しているかを検討するという手順を踏まずに、間接事実についても「~であるとする確実な証拠はあるか」を検討してしまい、「何が起きたのか」という検討をしなくなります。

2011年11月20日 (日)

TOS様の右上肢RSD(22.11.1)

1 札幌地裁平成22年11月1日判決(自保ジャーナル1856号88頁)

  この事案の特徴は、①胸郭出口症候群(TOS)と類似する症状が生じているにも関わらず鑑別診断がなされていないこと、②MRIや筋萎縮について誤った理解が述べられていること、③神経ブロックについて誤った理解が述べられていること、④RSDを否定して14級としつつも33年間もの逸失利益を認めたことなどです。

2 症状の経過

ⅰ 被害者は夫の会社経営を手伝う事故時34歳の主婦です。被害者は平成17年12月27日に交差点で信号無視の乗用車に追突され、頚椎捻挫、右前胸部打撲、右背部打撲の傷害を負いました。判決では被害者の症状の経過はほとんど言及されていないため、症状がどのように進行していったのか不明です。

ⅱ 被害者はB病院に1週間ほど通院し、その後C病院に3か月半ほど通院し、その後に再度B病院に2か月ほど通院して、事故半年後の平成18年6月27日にB病院の医師が「頚椎捻挫、右上肢反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)」との診断で症状固定としています。

この間に被害者にどのような症状が発生して進行ないし変遷して行ったのかは曖昧で、判決は逸失利益の判断のなかで少し触れている程度です。それによると、被害者は事故後に右上肢の脱力が続いていたようです。

このため事故4か月後にB病院に通院するようになり、そこで右上肢の筋力低下が診断されています。但し、筋萎縮ははっきりしないが病的反射はあるとされています。この時点でB病院では「右上肢RSD疑い」との判断をしています。

3 被害者の症状

 ⅰ 被害者の症状は、事故以来続いていた右上肢の脱力感が最も重く、筋力は「上腕3程度、前腕3程度、手指3程度」(5が標準)とされ、右腕に力が入らない状況にあったようです。また、右上肢には自発痛、運動痛、圧痛のほか、右上肢全体に知覚異常があったとされています。

  一方で、腫脹、発赤、蒼白、チアノーゼ、発汗異常、筋萎縮はいずれもなく、皮膚温も普通であるとされています。

 ⅱ 被害者は症状固定後も通院を続け、平成19年12月10日には、頸部、上背部、上肢(第4指及び第5指)の痛みを主訴として、G病院麻酔科を受診し、頸部硬膜外ブロック注射や星状神経節ブロックなどの治療を受け、ブロック治療ののちに一時的に痛みが軽減したこともあるようです。

平成20年3月24日には同病院で、被害者の右上肢には自発痛、運動痛、圧痛があり(主にC8領域の痛みであり、同領域の知覚低下を伴う)、右上肢全体に感覚障害があり、筋力低下(握力は左33kg、右9kg)やチアノーゼや皮膚温の低下、発汗異常があるとしています。但し、腫脹、皮膚の発赤、蒼白、筋萎縮はないとされています。

4 胸郭出口症候群(TOS)との鑑別診断

 ⅰ 私がこの判決を読んでまず気になったことは、胸郭出口症候群との鑑別診断がなされていないことです。被害者の症状のほとんどは胸郭出口症候群により説明することができ、胸郭出口症候群として典型的でない症状についても胸郭出口症候群の重症化による症状として説明できることです。従って、この事案ではCRPSと診断するためには胸郭出口症候群との鑑別診断を行う必要があります。

   国際疼痛学会(IASP)の1994年のCRPS(複合性局所疼痛症候群)の判定指標においても、「他の疾患を除外できること」が特に要件の1つとして明記されています。鑑別診断はどの疾患においても必須ですが、CRPSにおいては特に重要であるため、判定指標にも明記されています。より詳細化されたIASPの05年の判定指標もこの94年の判定指標を前提にしており、CRPSとするためには他の疾患を除外できることが当然に前提となります。

 ⅱ 本件では、被害者の訴える右上肢の脱力は胸郭出口症候群により生じる典型的な症状です。上肢に筋力低下・握力低下が生じることや、第4指、第5指に痛み・しびれが生じることなども胸郭出口症候群に多く見られる症状です。知覚障害・感覚障害も胸郭出口症候群の症状として生じる場合もあります。

   胸郭出口症候群(TOS)は、「外傷性TOS」という類型が認められているほど外傷による発症例が多く、なかでも交通事故による発症例が大半を占め、手術例の8割が交通事故による外傷性TOSであるという報告もあります。なお、TOSのなかで外傷性TOSの占める割合は文献により差が大きく、アメリカの文献では6~9割ほど、日本の文献では1~4割ほどとされる傾向があります。

日本で外傷性TOSの割合が低いのは、この疾患が日本では見落とされがちなことと無関係ではないと思います。私の経験では胸郭出口症候群(TOS)と診断された方のほぼ全員が、事故から1年以上経過した後に精密検査のできるほかの病院でこの病名の診断を受けた方です。一般の病院では胸郭出口症候群を診断することのできる機器がなく、見落とされているのです。

 ⅲ 本件では胸郭出口症候群との鑑別診断が不可欠であるにも関わらず、この点が見落とされたままRSD(CRPSタイプ1)との診断がなされています。

   仮に胸郭出口症候群の有無を診断できる各種の検査をして胸郭出口症候群が肯定された場合、胸郭出口症候群として説明できる症状についてはRSDの根拠とはなりません。本件では右上肢の脱力、筋力低下、知覚障害などが胸郭出口症候群により説明可能となります。但し、症状固定後に確認された皮膚のチアノーゼや発汗異常については、胸郭出口症候群で生じる範囲を超えてCRPSを発症したとして説明されるかは微妙ではあると思います。胸郭出口症候群の範囲を超えたときには、胸郭出口症候群による末梢神経の損傷を基盤としたCRPSタイプⅡの発症という因果経路が考えられます。

   仮に胸郭出口症候群の発症が確認されなかった場合には、CRPSの判定指標に当てはめて検討することとなります。本件では日本版の判定指標のうち発汗の異常、持続的な痛みは満たし、皮膚の萎縮は満たす可能性があります。IASPの判定指標によれば、自発痛、皮膚温の変化、発汗の異常を満たし、皮膚色の変化は満たす可能性があります。従って、ほかにこの症状を説明できる事情(本件では胸郭出口症候群の可能性)が否定されるのであれば、CRPSであるとの診断がなされることとなります。

   ここで重要なことは、判定指標はあくまでも指標にすぎず、指標を1つしか満たさなくとも他の疾患の可能性が否定されてCRPSの可能性しか残されない場合にはCRPSと診断される場合があることです。

   以上に対して、加害者側は通常は要件を厳格化して解釈することにより「CRPSではない。ゆえに何らの傷病でもない。」との主張をしてくるのですが、CRPSを否定した場合にほかの傷病を検討しないのはかなり異常な思考であると思います。

5 裁判所、加害者側の対応

 ⅰ 以上のとおり、本件ではRSD(CRPSタイプ1)との診断をなすための要件である鑑別診断(TOSとの鑑別診断)がなされていないため、加害者側はRSDとは確定できないとの反論が可能です。

   しかし、加害者側はこのような場合に、「胸郭出口症候群の可能性がある」と反論してくることはまずないようです。この反論をした結果、被害者が精密検査を受けて胸郭出口症候群であったと判明した場合には、胸郭出口症候群という後遺障害を認める方向に向うからです。本件でも加害者側は、被害者の主張する症状の全てが医学的な裏付がないとして、被害者の主張する症状の全否定を述べたようです。

ⅱ 加害者側の医学的主張に基づくと思われますが、判決もおかしな医学的理論を展開しています。

  まず、判決はMRIで有意な所見がなかったことを強調してRSDの否定の根拠とします。しかし、CRPSに特徴的なMRIの結果は存在しないので、MRIで有意な結果が出なかったことはむしろCRPS(RSD)に有利な事情となるはずです。

  次に、判決は筋萎縮がないことをRSDの否定の根拠として用いています。しかし、これまで提唱された多くのRSD(CRPS)の判定指標のなかに筋萎縮をその要素の1つに含めるものはありません。むしろRSDでは患部が腫れあがることが多く、筋萎縮により腕が痩せ細るのとは反対の症状が出ることが通常です。しかし、それゆえにこそ加害者側からは「腕が痛くて動かせないなら筋萎縮が生じているはずだ。」、「筋力低下があるのに筋萎縮がないとはおかしなことだ。」として筋萎縮が必要であるとの主張が恒例行事のように出されます。現実とは正反対の結論を述べるこの主張も、素人感覚では「なるほど」と思う面もあり、この主張が高名な医師の意見書・鑑定書として権威付けされると、信じてしまう裁判官は少なくないようです。判決はこの主張に惑わされて筋萎縮が必要であるとの誤解に陥ったようです。

   判決は症状固定後の神経ブロックの効果について、神経ブロックで痛みが治まった場合はRSDで治まらない場合はRSDではないとの誤解に基づいて、神経ブロックの効果は低く、そうでないとしても痛みが治まったかどうかは被害者の主観によるから無意味であるとの論理を展開しています。しかし、RSD(CRPS)において神経ブロックに効果があるのは一部のみですので、判決の論理は前提部分に誤りがあります。また、被害者の主観だから意味がないという論理はそれ自体が大いに疑問のある発想です。

   判決は、症状固定後の治療のなかで確認された皮膚温低下の所見は、「必ずしも明らかなものではない」との論理で否定し、チアノーゼや発汗異常も「その程度が不明である」として否定しています。これは「極めて重度のもので一見して明白な症状以外は証拠価値がない」とする加害者側の定番の主張をそのまま用いたものと思われます。しかし、出された結果に対して、根拠もなくハードルを上げることは論理的ではなく、「ためにする論理」としての意味しか有しないと思います。

   

 ⅲ CRPS(RSD)の事案では、加害者側はRSDではないとした結果を、「何らの傷病も存在しない」との結論に結び付けようとします。しかし、この主張はかなり異常な論理です。

  通常はCRPSではないとされることは、他の疾患であることを意味し、被害者の主張する症状が存在しないこと意味するわけではありません。ましてや医師の確認した検査結果や症状が遡って存在しなくなったり、意味がなくなったりするという非論理的な結論に至ることは、かなり異常であると思います。

   しかし、これまで見てきた判決のなかには、CRPSを否定した結果、何らの疾患も存在しなくなったかのような結論になるものや、検査結果や医師の確認した所見さえも否定するに至るものが少なからず見受けられます。これは論理それ自体としてかなりの飛躍があります。

6 14級相当との認定について

  判決は、被害者の後遺障害を14級程度と認定しましたが、これはおおいに疑問です。判決は被害者の主張する症状が実質的に詐病であると診断したわけではありません。判決は被害者に33年もの逸失利益を認めて、被害者の主張するとおりの後遺障害が存在するのであろうという心証を述べていますが、そうであれば12級との認定となるはずです。

  判決は被害者がRSDではないと認定し、その結果被害者の主張する症状は医学的な裏付を欠く症状であるから12級にはできないとの判断に至ったものと考えられます。

  しかし、事故直後から一貫して訴えてきた上肢の脱力を認めれば12級相当の後遺障害があることは明らかであり、「医学的な裏付が不明である」という形式論理を決め手として14級としたことには大いに疑問があります。

2010年9月18日 (土)

新種症例を複数含む交通事故判決(22.3.18)

1 東京地裁平成22年3月18日判決(自保ジャーナル1827号)

  この事件では、新しい疾患が複数問題となっています。

 ⅰ TOS(胸郭出口症候群)

訴訟ではこの10年の間に少し見られるようになってきた症例です。判例で掲載されている事件のなかでも多くありません。私は数件受任したことがありますが、新しい傷病を認めてもらうのは大変です。

ⅱ CRPS(複雑局所疼痛症候群)

    以前はRSD(反射性交感神経性ジストロフィー)やカウザルギーと呼ばれ ていたもので、非典 型症例が多いことなどから国際疼痛学会がCRPSとして命名しなおしました。

ⅲ 軽度外傷性脳損傷(MTBI)

   上記のⅰ、ⅱが学界で認められた疾患であるのに対して、軽度外傷性脳損傷 は、一部の学者が新たに提唱している疾患です。即ち、交通事故などによる脳損傷のうち、高次脳機能障害はその一部にしか過ぎず、高次脳機能障害に分類されないレベルの脳損傷の方が数的にも多いはずで、これによる障害も生じるというものです。

   93年に初めてアメリカで定義化された新しい疾患であるため、訴訟のなかで認めてもらうのは困難です。

 

ⅳ 高次脳機能障害

  高次脳機能障害は認められる要件が厳しいため、交通事故訴訟においては患者(被害者)の一部しか救済されません。そこで軽度外傷性能損傷や低脊髄圧症候群などの主張がなされるという側面があります。

ⅴ 低脊髄圧症候群(脳脊髄液減少症)

  この傷病の存在そのものから否定する保険会社(加害者)側の主張が認められる判決が多く、最近ではこの病名の事件は、患者側(被害者側)敗訴が圧倒的大多数になりました。

2 この事件では以上のように、新種の疾患が目白押しで、被害者側にはかなり不利な条件が重なっています。従って、被害者側敗訴というのはやむを得ないともいえます。しかし、気になったことをいくつか書き記しておきます。

  私が被害者側として主張をするのであれば、医学的に傷病の存在が認められたTOS(胸郭出口症候群)やCRPSの主張を中心にすると思います。

3 TOS(胸郭出口症候群)について

  そこで、まず胸郭出口症候群(TOS)について見ていきます。判決はTOSの存在を否定していますが、これは疑問です。判決によると腕神経叢造影が行われ、造影剤が入っていかない部分が確認され、斜角筋による絞扼があるということが書かれています。通常はそれ以外に徒手検査も経た上で、確定診断されているはずなので、この確定診断を覆すにはそれなりの客観的証拠を必要とします。

  しかし、判決では「確定診断することが可能な画像所見等の客観的所見に乏しい」としてTOSを否定していますが、これではこの病名の確定診断をした医師としては承服できないでしょう。確定診断の条件を満たした上で確定診断をしているのですから。

4 次に、CRPS(複雑局所疼痛症候群)についてですが、症状の経過からは、事故による胸郭出口症候群の発症がまず起きて、これによる胸郭部での神経損傷が解消されないまま持続したことによる疼痛の増幅がCRPSの発症基盤となったように思えます(これはあくまでも判決だけから私が考えたことです)。

  左上肢の可動域制限はCRPSによるものであると考えられます。

5 可動域制限

  ところで、判決はこの可動域制限をほとんど無視しておりますが、かなり疑問です。可動域の検査は自動と他動があり、他動とは医師がその部位を動かすものです。

もちろん力いっぱい動かすのではなく、医師としての経験と技量に基づいて適度な力で動かすものです。私の担当した事件では、患者(被害者)さんから、患者が痛がっても、構わずに一定の力を入れ続けて検査をしたと聞いています。

このように患者が痛がっている場所だから触れないと言うのでは医療行為はできなくなるので、患者がある程度痛がっていても構わずに可動域の測定がなされると考えられます。判決では自動と他動で測定値が異なっておりますが、このような場合には患者は痛みを感じているはずです。

関節の拘縮は、医学的な定義では、その部分の軟部組織が癒着して伸縮しない状態になっていることを指します。この状態で無理やり動かすと、癒着した組織が引き剥がされ、痛みが生じます。

  可動域検査や関節拘縮の意味が理解できていれば、患者が可動域を偽装することは不可能であることが理解できるかと思います。ただ、頚部可動域だけは、「首が全く動かせない。」として偽装することがありえます。

これに対して、肩、肘、手の関節での可動域の偽装はまず不可能です。動かさないように力を入れても、医師がてこの原理で力を入れればこれに対抗することはできません。この判決の事件のように女性であればなおさらです。力を入れればその部分の筋肉が硬くなりますが、医師がそれを見落とすことも普通はありえません。

とくに、患者が中途半端な位置でそれ以上は曲がらないように偽装するなどというのは、至難の業でしょう。

  このように可動域制限の測定値は、非常に信頼性が高いものです。判決がこの可動域制限の測定値を無視したのは、測定した医師と患者の共謀を疑ったからでしょうか。私は、違うと思います。判決を書いた裁判官は、徒手検査は患者がいくらでも偽装できるのではないかと疑ったのではないかと思います。

  しかし、上記のとおり、偽装は不可能です。偽装するのであれば、事故直後から偽装するでしょうし、偽装のしやすい頚部だけに限定したでしょう。

  交通事故事件では、患者の詐病を疑ったために、上肢の可動域検査などの基本的な徒手検査までも疑うという例がたまに見られます。謀略的な見方に囚われると、画像所見のようなものだけを証拠としたいという欲求に駆られるようです。

6 以上のように、私は、TOS(胸郭出口症候群)や左上肢の可動域制限や疼痛は現実に症状として存在していると考えます。

  もちろん判決を読んだだけの立場ですが、上記のとおり、判決のなかで書かれている事情からは、医師と患者が共謀していない限り、これらの症状が存在していると考えられます。

7 私が被害者側の弁護士であれば、上記の部分を中心に主張したと思います。

  それ以外の傷病は現在の訴訟のなかでは認められにくいからです。

まず、高次脳機能障害については、要件を満たさないことや、高次脳機能障害の一般的な経過とは異なることから、その存否に関わらず、訴訟で認められる可能性はもともと低かったと言えます。

  軽度外傷性能損傷についても、医学界で認めない考えの方が多数であるという現状では苦しいでしょう。低脊髄圧症候群についても同様です。

  この事件では事故の衝撃で被害者の頚部が揺さぶられ、それが外傷性のTOS(胸郭出口症候群)を生じさせたと考えられますが、頚部の損傷に起因した二次性TOSは、医学的に認められている因果経路です。

  TOSによる胸郭部での神経損傷が放置されれば、CRPSに至るというのも、神経損傷という要件や、疼痛という要件などを満たし、CRPSとして認められやすいと言えます。

  二次性TOSを生じさせた頚部の損傷が、軽度外傷性脳損傷ないし低脊髄圧症候群と呼ばれる症状の原因になった可能性は否定できません。アメリカでは上肢のCRPSであっても、脳内の特定場所の血流低下が原因であるとする考えがあり、その考えに基づいた投薬治療が一定の効果を上げているようであり、日本でもその治療が行われています。従って、脳内での何らかの損傷が存在する可能性は十分に存在するといえるでしょう。