無料ブログはココログ

交通事故

2018年8月 7日 (火)

法的根拠のある認定基準は存在するのか?

(無断転載禁止)

.

 

1 法的根拠の探求

 

自賠責保険の後遺障害認定で認定基準が問題となるのは多くの場合以下の2つの等級です。

.

 
 

★後遺障害等級表(自賠法施行令の別表より)

 

12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」

 

14級9号「局部に神経症状を残すもの」

 

.

 

  上記の等級認定は、①どのような資料をもとに、②どのような基準で行なわれるのでしょうか。この問題は多くの著書で述べられていますが、「法的根拠のある認定基準は存在するのか?それはどのようなものか?」について論理的に述べている著書は見当たりません。そこで以下ではこの点についての私見を述べます。

.

2 法律(自動車損害賠償保障法)

 

 
 

自賠法16条の3(平成13年の改正による追加)

 

1 保険会社は、保険金等を支払うときは、死亡、後遺障害および傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準(以下「支払基準」という。)に従ってこれを支払わなければならない。

 

2 国土交通大臣及び内閣総理大臣は、前項の規定により支払基準を定める場合には、公平かつ迅速な支払の確保の必要性を勘案して、これを定めなければならない。これを変更する場合も同様とする。

 

.

  上記の「保険会社」とは「責任保険の保険者」(自賠法6条1項)、すなわち自賠責保険を引き受けている損保です。損保が自賠責の保険金を支払うに当たっては支払基準に従うものとして、その支払基準の制定を行政に委任しました。

 

支払基準の策定を行政に委任したのは、専門的な分野についての細かなことを法律で定めることは適切ではないからです。また、法律で定めると細かな改正のためにいちいち法律改正の手続が必要になります。この「支払基準」は、自賠責で支払われる全ての保険金の算定根拠になるので、後遺障害の認定基準も含みます。

 

法律の委任に基づいて行政が制定する構造(委任立法)からは、「支払基準」は法律レベルの問題です(通達より上位)。但し、「支払基準」は自賠責の手続でのみ拘束力があります。当事者が自賠責に対して保険金を請求する訴訟の中でさえ裁判所は「支払基準」に拘束されません(最高裁平成18年3月30日判決、最高裁平成24年10月11日判決)。 

.

 

3 「自賠責の支払基準」(金融庁・国交省告示)

 

  自賠法に基づいて「自賠責の支払基準」が制定されました。正式には「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年12月21日金融庁・国土交通省告示第1号、平成22年3月8日改正金融庁・国土交通省告示第1号)といいます。

 

  「自賠責の支払基準」では例えば「慰謝料は1日4200円」などの具体的金額が定められています。「自賠責の支払基準」は自賠責が支払う全ての保険金が算定できる内容でなければならないところ、肝心の後遺障害の認定基準は定められていません。

.

 

 

4 労災の基準の準用

 

 ⅰ 後遺障害の等級認定については、「自賠責の支払基準」の中で「等級の認定は、原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定に準じて行なう。」とされました。自賠責ではこれを根拠に労災の認定基準を使用しています。

 

なお、自賠責の後遺障害等級表は自賠法施行令の別表が用いられます。内容は労災とほぼ同じで、自賠責が介護を要する後遺障害を区分している点にのみ違いがあります。

 

自賠法に基づいた告示の制定前は、自賠責が労災の認定基準を参照することの法的根拠は不明瞭でした。なお、平成13年の改正で政府再保険が廃止される前は国が支払案件の全件チェックをする前提で、自賠責保険を引き受けている各保険会社に支払基準のガイドラインとなる通達を出していました。

 

労災の後遺障害認定基準は、それを定めた法律(または法律に基づいた告示など)が存在するわけではなく、多数の通達により定められています。

.

 

 ⅱ 自賠責が労災の通達を流用することには問題もあります。自賠法16条の3は「支払基準」の制定を法律レベルに引き上げて各大臣に委任し、これにより告示が出されました。労災の認定基準を流用し、通達(法律より下位)で「支払基準」が定められてしまっては、自賠法の趣旨に反します。

 

自賠法16条の3が制定される以前には「自賠責の支払基準」に相当するものが国交省から各保険会社への事実上の通達でなされていたのが、法改正で告示になった経緯もあります(北河他『逐条解説自動車損害賠償保障法』初版136頁、同第2版149頁)。通達での「支払基準」の制定をやめるべく自賠法16条の3が制定されたにも関わらず、「支払基準」の骨格となる後遺障害認定基準を労災の通達に丸投げしてしまっては立法の趣旨を損なうものと言わざるを得ません。

 

労災と自賠責で後遺障害認定基準が異なることは望ましくありませんが、現実の問題として両者の制度設計は異なります。ことに労災の後遺障害認定に対しては、最終的に訴訟で争うことができます(取消訴訟では原処分の適否が判断対象となります)が、自賠責の後遺障害認定それ自体に対して司法が判断を下すことはできません。即ち、裁判所では「自賠責では~と判断するべきであった」との判断は下されません。

 

私は自賠法16条の3の趣旨からは自賠責独自の後遺障害認定基準を告示で明確にする(もしくは労災の後遺障害認定基準を通達から告示に変える)べきであると考えます。しかし、通達の流用について表立って異議を述べる人はいないようです。

.

 

 ⅲ 労災の通達について

 

労災での後遺障害等級の認定基準に関しては多数の通達があり、『労災保険法解釈総覧』に網羅されています。これらの通達をもとに編纂された『労災補償障害認定必携』(以下では『必携』といいます)が後遺障害認定基準を述べています。

 

なお、「多数の通達を取りまとめて公的な見解を述べる権限」は『必携』の編纂者にはありません。労災や自賠責の実務は通達に従って行なわれているのであって、『必携』に基づいているわけではありません。そもそも後遺障害認定基準の解説書であるならば、通達の原文を引用して、その解釈を述べる形式にしないと、通達と解釈が区別できません。『必携』はこの点に難があり、厳密に調べるならばいちいち通達を読んで確認する必要があります。

 

但し、『必携』は概ね通達の趣旨に沿った編集がなされているようであり、実務でも広く参照されているため、以下では『必携』も参照して労災の後遺障害認定基準を述べます。

.

 

5 労災保険での後遺障害認定基準

 

  労災保険の後遺障害等級表(労働者災害補償保険法施行規則の別表第1)の表現は以下のとおりです。

.

 

 

★後遺障害等級表

 

12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」

 

14級9号「局部に神経症状を残すもの」

 

.

 

  上記の表現を解釈・運用するに際して、何らかの指針が必要となります。この点については以下のとおりとされています。

 

なお、①上で紹介したのは「後遺障害等級表」です。②これから引用するのは「認定基準」です。さらに、③「認定基準の解説」が存在します。このうち②と③が通達や『必携』に記載されています。この3つを混同しないように注意が必要です。

.

 

 

★神経系統の機能又は精神の障害(原則)

 

12級:通常の労務に服することができ、職種制限も認められないが、時には労務に支障が生じる場合があるもの

 

14級:12級よりも軽度のもの

 

 

  通達の文言がそのまま『必携』に記載されています。現在の認定基準では上記の原則的基準が冒頭で述べられ、各論部分でこれを具体化する認定基準が述べられています。

.

 

  各論の構成は以下のとおりです。

 

 

(各論)

 

1 脳の障害

 

 ア 器質性の障害  

 (ア)高次脳機能障害  

 (イ)身体性機能障害  

 イ 非器質性の障害(非器質性精神障害)

 

2 せき髄の障害

 

3 末梢神経障害  

 ア 外傷性てんかん  

 イ 頭痛  

 ウ 失調、めまいおよび平衡機能障害  

 エ 疼痛等感覚障害  

 (ア)受傷部位の疼痛及び疼痛以外の感覚障害  

 (イ)特殊な性状の疼痛  

   カウザルギー、反射性交感神経性ジストロフィー

 

.

 

  上記のうち、3エ(ア)の「疼痛等感覚障害」の認定基準は以下のとおりです(通達の文言が『必携』に記載されています)。

 

 

★(ア)受傷部位の疼痛及び疼痛以外の感覚障害  

(疼痛)  

12級の12:通常の労務に服することができるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支えがあるもの

 

14級の9:通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの

 

(疼痛以外の感覚障害)  

疼痛以外の異常感覚(蟻走感、感覚脱失等)が発現した場合は、その範囲が広いものに限り、14級の9に認定することとなる。

 

 

 

 

以上のとおり、実務で非常に多く問題となる「疼痛等感覚障害」は労務への支障の度合いにより判断されます。平成13年告示(自賠責の支払基準)によれば、自賠責ではこの認定基準を流用することになります。但し、労災と異なり労働者が前提とならない自賠責では「後遺障害が労働や日常生活に影響する度合い」を判断することになります。

 

この抽象的な表現のみで後遺障害等級を判断することは困難であるようにも見えます。実際にも、この認定基準は具体的とは言えないとして、法的根拠のある具体的基準は存在しないとする書籍が散見されます。しかし、具体的基準が存在しないとすると、自賠法16条の3で「支払基準」を制定するように命じられたのに、行政が違法にそれを怠ったことになります。

 

. 私は、平成15年の後遺障害認定基準の改正は、改正前の認定基準との比較により、相当程度具体的な認定基準を読み込むことができると考えています。そこで以下では平成15年の改正前の認定基準を検討します。

.

 

6 平成15年改正前の労災保険での後遺障害認定基準

 

平成15年8月8日の通達(基発0808002号)で労災保険の後遺障害認定基準の大改正がなされる以前は、現在とは全く異なる基準が存在しました。それが現在の認定実務に少なからぬ影響を与えています。

 

そこで、以下では、平成15年改正前の労災保険の認定基準を引用します。改正前は現在と項目の設定自体が大幅に異なります。注目するべき表現を太字にします。

.

(原則的基準)

 

(後遺障害認定基準)(原則)  

<神経系統の機能又は精神の障害>

 

12級:他覚的に神経系統の障害が証明されるもの

 

14級:12級より軽度のもの

 

.

(個別的基準。12級と14級に関係するもの)

 

(中枢神経系(脳)の障害)  

12級の12:労働には通常差し支えないが、医学的に証明しうる神経系統の機能又は精神の障害を残すもの

 

    中枢神経系の障害であって、たとえば、感覚障害、錐体路症状及び錐体路外症状を伴わない経度の麻痺、気脳撮影その他他覚的所見により証明される軽度の脳萎縮、脳波の軽度の異常所見等を残しているものが、これに該当する。

 

    なお、自覚症状が軽い場合であっても、これらの異常所見が認められるものは、これに該当する

 

14級の9:労働には通常差し支えないが、医学的に可能な神経系統又は精神の障害に係る所見があると認められるもの

 

 医学的に証明しうる精神神経学的症状は明らかではないが、頭痛、めまい、疲労感などの自覚症状が単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるものが、これに該当する。

 

(注)「医学的に可能」の表現であって「医学的に説明可能」ではありません。

     

(せき髄の障害)  

12級の12:労働には通常差し支えないが。医学的に証明しうるせき髄症状を残すもの  

 

 

(頭痛)  

12級の12:労働には通常差し支えないが、時には労働に差し支える程度の強い頭痛がおこるもの

 

14級の9:労働には差し支えないが、頭痛が頻回に発現しやすくなったもの

.   

(失調、めまい及び平衡機能障害)  

12級12:労働には通常差し支えないが、眼振その他平衡機能検査の結果に異常所見が認められるもの

 

14級の9:めまいの自覚症状はあるが、他覚的には眼振その他平衡機能検査の結果に異常所見が認められないもので単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるもの

     

(受傷部位の疼痛)  

12級の12:労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のためある程度差し支える場合があるもの

 

14級の9:労働には差し支えないが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの

(疼痛以外の感覚障害)  

神経損傷により疼痛以外の異常感覚(蟻走感、感覚脱失等)が発現した場合は、その範囲が広いものに限り、14級の9に認定することとなる。

.

 

(外傷性神経症)(災害神経症)  

外傷又は精神的外傷ともいうべき災害に起因するいわゆる心因反応であって、精神医学的治療をもってしても治ゆしなかったものについては、14級の9に認定することとなる。

 

 

.

7 平成15年の大改正の意義

 

 ⅰ 上記のとおり平成15年以前には原則的基準の部分で「他覚的に神経系統の障害が証明されるもの」との表現を用いています。これが他覚的所見の意味についての議論を生み出しました。

 

   正しい理解では、「他覚的所見」とは医師が五感の作用により獲得することのできた全ての所見を意味します。各種の検査所見や視診、触診、聴診などにより得た所見や可動域検査の結果なども当然に他覚的所見となります。労災では改正前もこの定義を用いていたと考えられます。

 

   ところが、平成15年以前は、訴訟では加害者側は「他覚的所見」を画像所見等に限定すべく誤った主張することが恒例でした。平成15年の改正により「認定基準」から他覚的所見という言葉が一掃されたので、この主張は無意味になりましたが、いまだにこの種の主張は散見されます。

 

   厳密にいうと、「認定基準」からは他覚的所見の言葉は消えたものの、「認定基準の解説文」のうち、高次脳機能障害の14級の9の説明の部分と末梢神経障害の頭痛の説明文にのみ他覚的所見という言葉が残っています(通達とこれを引用した『必携』にその文言があります)。

.

 

ⅱ 平成15年の大改正により「認定基準」から「他覚的所見」の文言が一掃されたため、労災では他覚的所見のみならず、収集した全ての資料を総合的に検討して、労働への影響の度合いを検討することになりました。

 

   現実の就労に影響する度合いは産業医による就労制限の指示書などから具体的に認定することができます。被災者本人の訴えや就労実態(就業環境の変更や賃金低下など)の調査結果も後遺障害認定で考慮されます。もちろん、被災者の通院期間(長期間かどうか)、治療内容、症状固定後の治療状況などの事情も全て考慮でき、考慮しなければなりません。

 

後遺障害認定のための資料の大部分は他覚的所見以外の資料であるにも関わらず、改正前の認定基準を厳密に解釈すると、これらの資料は後遺障害認定に用いることができませんでした。

.

 

8 平成16年の行政事件訴訟法の大改正との関係

 

ⅰ 平成15年の「認定基準」の大改正は平成16年の行政事件訴訟法の改正を見据えた面もあります。労災の後遺障害認定に対する取消訴訟においては、原処分主義のため「労災の後遺障害認定基準では、正しくはこのように認定されるべきであった」との主張がなされます。

 

   ところが、他覚的所見のみにより後遺障害を認定するとした改正前の認定基準によると他覚的所見以外の資料は取消訴訟では使用できないことになります。しかし、他覚的所見以外の全て(就労制限を示す私用、収入の増減を示す資料、通院期間や治療内容を記載した書面など)を認定の資料から除外することは、あまりにも不適切で常識に反します。

.

 

 ⅱ そこでこれらの資料を訴訟で用いるための訴訟類型が模索されることになりますが、平成16年の行政事件訴訟法の改正により積極的活用が意図された当事者訴訟により、例えば「後遺障害等級12級相当として補償を受ける地位にあること」の確認を求めることができます。これは認定基準そのものを争う訴訟でもあります。

 

このように認定基準そのものが誤りであるとの訴訟が起こされることは国にとっては望ましいことではありません。そこで国は認定基準が争われることを避けるために、平成15年に「認定基準」を大改正して、後遺障害認定に際して使用できる資料の制限をなくしたと言えます。   

 

以上のことからも、後遺障害認定のための資料を医学的資料に限定せず、労災が収集した全ての資料をもとに総合的に判断できるとした点に平成15年の大改正の意義があると言えます。

. 

 

9 『青い本』の問題点

 

  以上に対して、『青い本』の「後遺障害認定実務の問題点」(平成22年の22訂版から掲載されている文章)は、平成15年の大改正により消え去った改正前の認定基準の文言を多用しています。しかも、改正前の認定基準をもとにして医学的資料のうちの他覚的所見のみを資料とする制限を述べています。このため『青い本』の見解は平成15年の大改正の趣旨を根底から否定する誤った内容となっています。

 

  なぜ、このような不可解な事態が生じたのでしょうか。その原因として、平成15年の労災の後遺障害認定基準の大改正の意義が弁護士の間でさえもほとんど理解されていないという実態があります。平成15年の大改正により12級や14級の認定基準がどのように変わったのかを解説した書籍も見当たりません。平成15年頃に弁護士会で認定基準の改正を解説した研修が行なわれたこともありません。後遺障害認定基準の重要部分の大改正があまりにも不自然なほどに、見過ごされてきたというのが、私の実感です。

 

このように大改正の意義が検討されない状況が続いていたところ、改正前から『青い本』に掲載されていた「自賠責保険請求と後遺障害認定手続の解説」という文章の中にあった「後遺障害認定実務の問題点」が、改正の7年後に独立の文章として掲載されて改正の意義を根底から否定する内容を述べています。

 

次項では『青い本』の「後遺障害認定実務の問題点」について詳しく述べます。

.