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2016年5月18日 (水)

身体障害者1級が後遺障害なしとされた(27.10.21)

1 大阪地裁平成27年10月21日(自保ジャーナル196385頁)

  この事案で、①被害者は身体障害者福祉法の身体障害者程度等級で1級(自賠責で4級以上に相当する)とされ、②訴訟では後遺障害等級併合4級を主張しました。一方で、③自賠責の認定では14級9号とされ、④判決では後遺障害を否定されました。非常に極端な結論となった事案です。

判決には被害者の後遺障害を否定した(実質的に詐病と認定した)根拠が色々と書かれています。従って、この判決を読まれた方の大半は詐病事案と受け止めると思います。しかし、私は被害者には身体障害者1級(自賠責では併合4級以上)の後遺障害が存在していると考えます。

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2 事故状況

 被害者は事故当時41歳女子アクセサリー販売・家事従事者です。平成22年4月7日午前9時39分頃に父親運転の乗用車の後部座席に乗っていて赤信号停止中に追突事故に遭いました。事故により車は約1.3メートル前方に押し出され、車の修理代はリアバンパの取替、バックドアパネルの分解修理等により12万0160円を要しました。

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3 症状の経過

ⅰ B病院(事故当日から9日後まで)

  被害者がB病院に救急搬送され、首から肩の痛み首・腰・両手のしびれを訴えた。2日後からは右手の痛みを訴えた。両上肢の動きは良好で、レントゲンでは頚椎・腰椎・肩に明らかな異常はなし。

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ⅱ C病院(事故10日後から長期間)

 上肢の挙上不可頭痛、項頚部痛、気分不良を訴えた。頭部と頚椎のMRIではストレートネック、第5ないし第7頚椎にヘルニアが見られたが、それ以外の異常はなし。腰痛MRIでも異常なし。(注)原文は「頸」ですが全て「頚」としました。「項頚部」はうなじのことです。

事故35日後に喘息発作、背部痛、頭痛、筋収縮ありとされ、2か月後に「右上肢90度挙上可能。背部痛天候に左右される」とされ、3か月後には「頭痛あり上肢挙上できず、不安あり、ストレス状態、上肢挙上できないため不安あり、上肢の知覚異常あり」とされた。

4か月弱後には「歩行障害あり、右上肢挙上不可、頭痛あり、頭重感あり、左頭部半分しめつけられる光があたると頭痛、保険きられた」とされた。上記の記載から、この時点で加害者の保険会社は治療費の支払を止めたと思われます。

5か月弱後には「歩行障害、左上肢挙上不可、頭痛あり、全身倦怠感あり、不安あり」とされ、約半年後には、「歩行OK、上肢挙上できる、右下肢・腰の重い感じあり、全身倦怠感あり」とされ、その4日後に「頚部痛あり、右聴力低下、右上肢90度挙上、喘息あり、腰痛あり」とされた。

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 ⅲ D大学附属病院(約7か月後。1回のみ)

   握力は左右ともに0kg、徒手筋力テストでは2~4、この時点では肩関節は他動では可動域制限はなし(自動では屈曲120度、外転90度、外旋40度)との検査結果が出た。

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 ⅳ C病院(7か月後以降)

   約9か月半後に「右上下肢感覚障害、知覚異常あり」とされ、約10か月半後に「歩行楽になっている、右下肢感覚がない(寒いとき)、疼痛低下」とされた。1年弱後に「歩行OK、右上下肢脱力、感覚障害、不安あり、不眠は投薬でOK」とされた。

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4 症状固定、後遺障害認定(14級9号)

  事故から約1年3か月後の平成23年7月4日に症状固定とされ、後遺障害診断書が作成されました。傷病名は「外傷性頸椎症、外傷性腰痛症」で、  自覚症状は「頚部、項頚部痛、上肢挙上障害、気分不良、不安感、右上・下肢脱力、感覚低下」、他覚症状および検査結果は「右上下肢脱力、感覚障害、歩行障害、上下肢疼痛」および肩肘手股膝足の各関節の可動域制限です。

  自賠責の後遺障害認定では、頭部・頚部の痛みについて客観的な医学的所見に乏しいとして14級9号とされ、両上下肢の脱力・感覚低下、痛みについては後遺障害を否定されました。

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5 被害者が訴訟で主張する後遺障害

 ⅰ 被害者の主張する後遺障害

ア 右上肢(機能全廃)…脱力、感覚低下、疼痛、可動域制限(肩、肘、手関節。肩関節は2分の1以下)により、自賠法5級6号の「1上肢の用を廃したもの」にあたる。

  イ 左上肢(著しい機能障害)…脱力、感覚低下、疼痛、可動域制限(肩、肘、手関節)により、自賠法10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」にあたる。

  ウ 右下肢および左下肢(著しい機能障害)…脱力、感覚低下、疼痛、可動域制限(股、膝、足関節)により、自賠法10級11号の「1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」にあたる。

  エ 以上を併合して4級に該当する。

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 ⅱ 被害者側の主張する併合等級(併合4級)は、複数の後遺障害が存在するうちの最も重い右上肢(5級)を1級繰り上げたもので、後遺障害等級認定の原則的な考え方に従ったものです。

但し、自賠責(労災)の等級認定では、例えば5級の高次脳機能障害と7級の身体機能障害の事例で、全体病像として1級ないし3級とすることも認めています(『後遺障害認定必携』16141頁)。本件の場合も全体病像として3級以上に相当するとの主張も考えられます。細かい話ですが、訴訟では後遺障害等級に「該当する」ではなく「相当する」と表現する方が正確であると思います。

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 ⅲ そもそも被害者が後遺障害等級を主張する必要があるのか、裁判所が認定する必要があるのか、という問題もあります。自賠責の認定規則には裁判所に対する法的拘束力はありません。法的には裁判所が後遺障害等級を認定しなければならない理由はありません。

後遺障害等級に対応する労働能力喪失率は個別の事案の被害者の労働能力喪失率とは一致しないことが通常です。裁判所は被害者の実態をより正確かつ適切に反映する損害算定方法を用いるべき責務があります。従って、被害者の実質をそのまま反映させて端的に労働能力喪失率100%を主張しても構わないと思います。

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6 胸郭出口症候群を基盤としたCRPSではなかろうか?

 ⅰ 上肢のしびれ、挙上制限、脱力

被害者の症状や症状の経過からは、被害者は実は胸郭出口症候群を基盤としたCRPSではなかろうかとの疑問があります。

   事故直後に見られた首から肩の痛み、両手のしびれ、上肢の挙上不可、頭痛、項頚部痛、気分不良などは胸郭出口症候群の事案で多く見られるもので裁判例でも多く確認できます。特に上肢の挙上制限や脱力は交通事故による胸郭出口症候群で多く見られ、のちに可動域制限が悪化してCRPSとされた事案は裁判例でも多く存在します。

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 ⅱ 頭痛、嘔気、めまい、全身倦怠感

胸郭出口症候群では頭痛、嘔気、めまい、全身倦怠感などの様々な不定愁訴が生じることが広く知られています。私の経験では胸郭出口症候群とされた方で、喉を押さえられたような違和感や嘔気を訴えていた方が何名か居られました。上肢の使用などによりその症状が悪化して咳き込む状況が生じます。本件での喘息発作はこの違和感や嘔気が原因の症状であるようにも見えます。

   胸郭出口症候群もCRPSも、頚部や肩部のMRIでは症状を説明できる異常所見がみられないことが普通です(それが存在すれば胸郭出口症候群やCRPSにはなりません)。

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 ⅲ 筋収縮、筋緊張

   頚部や肩部の筋収縮は、胸郭出口症候群(による神経損傷)の痛みによる組織の収縮として説明できます。私の経験でも、胸郭出口症候群とされた方で顔面・頭部の部分的な違和感ないし筋緊張を訴えていた方も居られたので「左頭部半分しめつけられる」との症状もこれと同様のものであり、痛みによる筋の収縮が原因の症状とも考えられます。

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 ⅲ バレリュー症候群の症状

「光が当たると頭痛」(光過敏性)はバレリュー症候群による症状と類似します。交通事故後にバレリュー症候群(頭痛、目眩、耳鳴り、眼精疲労、倦怠感など)の症状を訴える方はしばしば見られます。光に対する過敏性もバレリュー症候群による症状に含まれます。

これらの症状は、胸郭出口症候群やCRPSとされた方でもしばしば見られます。私の経験でも胸郭出口症候群やCRPSとされた方で視覚の調節機能がうまく働かず、モノがぼやけて見えたり、二重に見えたりするようになった方や、光がまぶしく感じるため色の付いた眼鏡を使用するようになった方が居られました。

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 ⅳ 両側の症状

医学的には胸郭出口症候群では両側の上肢に症状が生じることが少なくないとされ、交通事故により胸郭出口症候群とされる症状が生じた方でもこの点は同様です。

私の経験では交通事故で胸郭出口症候群とされた方の6~7割は両側に症状を訴えていました。但し、どちらか一方の症状がより重いことが通常です。軽い側の症状が診断書やカルテではほとんど無視されていることもあります。

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 ⅴ 症状の悪化、拡大(ミラーペイン)

CRPSでは症状が悪化していく過程で、当初は症状が出ていなかった(無視できるほどの軽い症状であった)四肢のほかの部位に症状が出現する事案は裁判例でもしばしば見られます。この症状の拡大は医学的にはミラーペインと呼ばれるもので、CRPS患者にしばしば見られます。

ミラーペインはCRPSの裁判例の3~4割ほどで確認できます。特に重症化事案では過半数で確認でき、重症化事案では症状が四肢のほかの部位に波及することが多いと言えます。

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 ⅳ 以上のとおり、被害者の個別の症状や症状の経過は本件事故による胸郭出口症候群による神経損傷を基盤としたCRPSと考えるとほぼ全てが整合的に説明できます。また、本件の被害者と類似の症状経過をたどった裁判例も少なからず存在します。

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7 診断がなされなかった理由

 ⅰ 本件では、日本版のCRPSの判定指標に当てはめると、持続する痛み、可動域制限の2つの要件を満たすため陽性となります。それ以外にも感覚異常、ミラーペイン(症状の拡大)などの症状があり、上記の症状を整合的に説明できる他の疾患が考えられないことから、CRPSとの診断は可能な状況にあると言えます。

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 ⅱ 裁判例では、CRPSと診断した病院に通院してから、CRPSの根拠とされる症状や検査結果がいくつか追加される事案が非常に多く見られます。むしろ、CRPSを疑っていない病院ではその症状が軽視されていることが通常であるとも言えます。

   従って、本件でもCRPSを裏付ける更なる症状(腫脹、皮膚・爪・毛の萎縮性変化、皮膚色の変化、皮膚温の変化、発汗の異常など)が存在した可能性があります。

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 ⅲ 裁判例では、CRPSと思われる事案でその検討・診断がなされていない事案や、訴訟になってから鑑定でCRPSとされた事案や、かなりの期間が経過してからCRPSと診断された事案は、多く見られます。

CRPSの見落しは古い事件ほど多い傾向があります。また、大学病院などの高度医療機関に通院していない事案や、高度医療機関に通院していない時期にはその診断がなされない傾向もあります。本件では大学病院に通院したのは1度だけのようです。仮にCRPSが見落とされていたとすると、そのことも原因の1つと考えられます。

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 ⅳ 胸郭出口症候群についても、それが疑われる事案で検討・診断がなされていない裁判例は多く見られます。胸郭出口症候群は徒手検査のほかに血管造影や神経造影などの検査を経なければ確定診断を出しにくいため、その検査ができる機材と医師のスキルがない病院ではその診断ができず、診断ができる病院が少数に絞られるという事情があります。

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 ⅴ 私の経験では名古屋市内の医療機関で胸郭出口症候群との診断書を見たことがある医療機関は3か所のみです。いずれも大学病院等の高度医療機関です。そのうち1つ(大学病院)は症状のみから「疑い」との診断を下したものであり、検査はしていません。その病院では胸郭出口症候群を取り扱っていないとのことで、患者さんは他の病院で検査を受けて確定診断を受けました。

別の病院(大学病院)はある医師が勤務していた時期のみ胸郭出口症候群の診断と手術がなされていましたが、その医師が転勤したため現在も胸郭出口症候群の診断ができるのかどうか不明です。

現在も胸郭出口症候群の検査・診断をしてもらえそうなのは、残りの1つの医療機関のみです。その病院は10年以上前には胸郭出口症候群の手術をしていましたが、治療成績が良くないことと医師の転勤のため現在手術はしていません。

胸郭出口症候群は診断ができても、手術などにより症状が改善する症例が少ないため、積極的に診断・治療をする医療機関は多くないのが現状です。他の地域でも状況は似たようなものであると思います。

胸郭出口症候群の診断ができないと、適応がないため神経障害性疼痛を前提とした神経ブロック注射や投薬などの治療が行なえない(行いにくい)という問題があります。もちろん、胸郭出口症候群に対する手術もできません。このため、有効な治療がなされないまま症状が悪化する可能性が高くなります。

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8 事故態様(その傷病が生じる可能性の有無)

  判決は、被害者が外傷性頸椎症や外傷性腰痛症を負ったことは認めました。上記のとおり、被害者の車両は追突により1.3メートル前方に押し出され、その修理代は12万0160円でした。同乗していた被害者の両親は怪我をしていません。判決は被害者の通院経過からは判決の認定した約10か月後の症状固定日までの通院の必要性はあったとしました。

  一方で判決は、被害者には後遺障害は存在しないとしました。その判断に事故態様が影響した可能性もありますが、判決はこの点は述べていません。裁判例では本件と同程度以下の外力と思われる事故で被害者に胸郭出口症候群やCRPSとされる症状が生じたものがしばしば見られます。従って、本件でも事故により被害者に胸郭出口症候群やCRPSとされる症状を生じた可能性は否定できません。

  理屈の上では、「その怪我をする可能性のある事故でその怪我が生じた」との事情には何ら問題はありません。事故態様としては「その怪我を生じる可能性」が認められればそれで充分です。以上に対して、加害者側は「その傷病を生じるほどの事故態様であるのか」(大きな事故であるのか)との誤った判断に誘導することが通常です。

  『交通統計』によれば、この事故が起きた平成22年の人身事故の被害者総数は約89万6300人です。そのうち約4割(35万8520人)は追突事故の被害者です。約35万人の被害者の中には、本件と同じレベルの追突事故により本件のような重大な症状が残存した方もかなりの数になると思います。

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9 症状の経過(悪化否定論の誤り)

 ⅰ 判決は被害者の症状経過について「容易に理解し難い経過をたどっている」(94頁左列)と述べています。判決が念頭に置いている症状経過とは、事故直後の時期に最も重い症状が出て、その後は治療により症状が軽くなるとの経過です。これは「悪化否定論(最初が最大論)」とも言うべきもので、加害者側が訴訟で主張する定番中の定番のウソ医学です。

  判決は、被害者の右上肢の可動域制限は、事故10日後に挙上できないとされ、約2か月後、7か月後、8か月後に90度であったのが、1年3か月後に90度以下に悪化したことについて、「リハビリテーションを受けていたにもかかわらず(悪化したのはおかしい)」として、疑問を呈しています(93頁)。左上肢についても同様に症状が悪化したことに疑問を呈しています。

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ⅱ しかし、CRPSの重症化事案では、すべての事案で時間の経過とともに関節可動域制限は悪化します。事故直後に関節拘縮に至っている事案は存在しません。痛みの持続などにより関節周囲の組織が劣化して伸縮しない状況に至ることにより、関節拘縮に至ります。

  悪化否定論(最初が最大論)は一般論としてこの経過がありえないとする、とんでもないウソ医学です。交通事故訴訟では加害者側から、このレベルのウソ医学が多く用いられます。医師名義の意見書や鑑定書で述べられると、このレベルのウソ医学でも信じてしまう裁判官は少なくないというのが実情です。

  たとえば医師の鑑定書で、「通常であれば事故直後の時期に最も重い症状が出て、治療によりそれが改善するはずであるが、この患者はその逆の症状経過であり、理解不能な症状経過である。」などと力説されると、信じてしまう裁判官は少なくないようです。しかも、一度騙されると別の事件でもそのウソ医学を用い、その裁判例を見た別の裁判官もそのウソ医学を用いるという悪循環も存在します。

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 ⅲ CRPS以外にも時間の経過とともに症状が重くなる事案や、症状が一進一退を繰り返しながら最終的に重い後遺障害が残る事案はしばしば見られます。これに対して、悪化することそれ自体を否定する主張はただのウソ医学です。いくら医学的知見を欠いているといっても、裁判官であるならば悪化否定論のような定番のウソ医学には騙されてはいけません。

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10 「歩行障害」の意味

 ⅰ 本件の被害者は、事故の4か月後から「歩行障害」を主治医に訴えたとされています。このようにCRPSの症状が相当期間経過後に四肢の別の部位に波及していく事案(ミラーペイン)はしばしば見られます。

   判決は、被害者は事故の4か月後に「歩行障害」を訴え、10か月後と11月後には「歩行OK」とされていたのに、1年3か月後には「歩行障害」とされたのは矛盾すると考えています。

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 ⅱ しかし、この「歩行障害」は、歩行ができないとの意味ではなく、ゆっくりとした歩行しかできなくなったとの意味であると考えられます。CRPSの症状が下肢に波及すると、下肢に力が入りにくくなることや股関節などに軽度の可動域制限が生じる(本件の被害者はいずれも訴えている)ことや上肢に振動が波及しないようにするため、ゆっくりとした歩行しかできなくなります。急な動きをするとふらついたり倒れたりします。

また、ゆっくりとした歩行であっても、事故以前に比べると非常に疲れやすくなっていることや、長距離の歩行は下肢の痛みやしびれを増強させることなどから、長い距離を歩くのは困難になります。

   このことをもって「歩行困難」とされたと考えられます。一方で、「歩行OK」とは上記の状況ではあっても「歩行はできる」との意味であると考えられます。従って、両者は矛盾しません。判決は「歩行障害」を「歩行不可能」を意味するものと誤解しています。

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 ⅲ そもそも、これらの点に疑問を持ったのならば、当事者に釈明するなどして調査嘱託により主治医に問い合わせるべきです。もちろん、主治医は自分の書いたカルテに矛盾があるとの回答はしないと思います。

判決で不意打ち的に主治医の記載した被害者の症状が矛盾すると指摘して、あたかも主治医と被害者がグルになって詐病を主張しているかのように記載することは、避けるべきです。

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11 可動域制限のしくみについて

ⅰ 判決は、「上肢の可動に影響を及ぼす腱板損傷や脊髄損傷を負ったことを裏付ける画像所見や神経学的な異常所見は見当たらない」(94頁)と述べて、可動域制限の原因が見当たらないとの趣旨を述べます。CRPSは画像所見では裏付けられないのでこの部分は誤りです。

  CRPSによる可動域制限は骨や腱がつっかえて動かなくなるわけではありません。痛みの持続により組織が劣化して伸縮性を失うために生じるものです。ところが、後遺障害の認定に際して画像所見にこだわり、可動域制限のしくみを理解しない裁判例は多く見られます。

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ⅱ 痛みが生じるとその部位の組織が収縮します。これは出血を止め、細菌の侵入を防ぐための生理的な反応です。しかし、痛みが治まらずに持続すると、その収縮が続きます。これによりその部位の血流が悪くなり、うっ血による腫脹(浮腫)が生じたり、皮膚、爪、毛に萎縮性変化が生じたり、骨の萎縮が生じたりします。組織の収縮が続いて栄養の供給が滞ればその組織は劣化して伸縮性を失います。これにより可動域制限が生じます。これがCRPSによる関節拘縮の大まかな説明です。

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12 ブログの記載について

 ⅰ 被害者は事故時にパワーストーンなどのアクセサリーの販売をしていて、事故後もそのブログを更新していました。判決はそのブログの記事のうち、被害者が活動的に動いていることを示す内容について、被害者の症状と矛盾すると指摘します。しかし、健康関係の商品を販売しているブログの記載をもとに、被害者の症状を否定するのは、スジが悪い認定であると思います。

ブログの記事の中には被害者が事故による症状の悪化を書いている部分も存在します。これに対して、判決は「体調が万全ではないことを記した記事も掲載されており、そこからはことさらに事実を隠そうとする様子は見受けられない」(95頁)として、症状が軽いことを示唆するブログの記載は信用できるとします。この部分は「症状が重いとする記載があるので軽いとする記載が信用できる。よって、症状が重いとする記載は信用できない。」との奇妙な理屈になっています。

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 ⅱ 被害者がブログで掲載している内容は上で検討した内容と明確に矛盾するものはありません。判決は歩行障害を歩行不可能と誤解したことから矛盾があると考えている部分がいくつかあります。さらに、「重大な後遺障害があるのに、テーマパークに行くことは不謹慎である」とのニュアンスも込めて、矛盾すると認定しているようにも見えます。

顧客に向けて最大限、元気であることをアピールしている記事を元に後遺障害を否定することは、やはりスジが悪いと思います。交通事故の被害者が活動的であることに対して、過剰反応をして懲罰的に扱う裁判例はしばしば目にするのですが、その心境は理解し難いものです。

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13 診断がなくとも症状を認定できる

 ⅰ 以上のとおり、私は本件では被害者の主張する症状は全て存在すると考えます。これに対して、被害者がことさらに虚偽の症状を訴えていた可能性は非常に小さいと考えます。

   ところが、本件ではCRPSや胸郭出口症候群について診断がなされていません。後遺障害診断書の「外傷性頸椎症、外傷性腰痛症」との傷病名では被害者の症状をうまく説明できません。そこで、このような事案で被害者の後遺障害を認める判決を書くことができるかとの問題があります。結論としては、裁判官は自分が得た心証に従った判断をするべきであり、被害者の後遺障害を認めることに何ら支障はありません。

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 ⅱ そもそも診断により症状が裏付けられる関係はありません。この点は以前にも何回か述べました。診断に際しては患者の症状は大前提であり、医師は患者の症状(と検査結果)を元に診断を下します。その診断により症状が裏付けられるとすると、循環論に陥ります。症状それ自体は、診断の有無や適否とは無関係に認定する必要があります。

   本件では被害者が事故直後から症状を訴え、その症状が悪化して最終的な症状(後遺障害)につながる経過があり、事故との因果関係は認められます。この場合には、被害者の症状が事故と関係ないことは加害者側が主張立証するべきことです。

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 ⅲ 被害者の症状について、それを診断により説明する必要がないとしても、その症状が交通事故により生じる種類のものであることは必要であると思います。本件では、「交通事故ではしばしば見られる症状経過である」、「胸郭出口症候群やCRPSの症状の経過として説明することもできる」と述べればそれで充分です。胸郭出口症候群やCRPSの診断がなされていることやその診断が正しいことは要求されません。

   但し、その心証を当事者に開示して、加害者側に反論の機会を与えるべきであると思います。加害者側が望むのであれば被害者に追加の検査を受けてもらうなどして、被害者の持病によりその症状が生じたのかどうか等について、加害者側に主張する機会を保障するべきです。

加害者側は被害者の行動を監視して隠し撮りするなどの行動により、被害者の後遺障害への見方が変わる可能性もあります。CRPSは難治性の傷病ですが、不治の病ではないため、治療や手術により改善する可能性もあります。

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14 証拠を限定しようとする加害者側の誘導

 ⅰ 被害者の症状を認定する証拠に制限はありません。民事訴訟法は証拠となりうるものを制限していません。これは民事訴訟法の基本的な原則です。ところが訴訟では加害者側は、被害者の症状(後遺障害)を認定するための証拠を極限まで制限させようと様々な手を尽くします。この理屈に騙された判決は非常に多く存在します。

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 ⅱ 「他覚所見」の誤解に誘導

   症状の証拠を制限するために、「症状の認定は他覚所見に基づくべきだ」とすることは、加害者側の定番の主張です。さらに加害者側は他覚所見(医師が五感により感知できるすべての症状)を画像所見に限定する誤解に誘導しようとします。

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 ⅲ 「明確な客観的所見」への誘導

   他覚所見の正しい意味(医師が五感により感知できるすべての症状)を知っている裁判官も少なくないため、加害者側は他覚所見という言葉を避けて「明確な客観的所見のみにより症状を認定するべきだ」との表現で画像所見に限定しようとすることも多く見られます。本件では判決は、「客観的な医学的所見」に限定するとの趣旨を述べていますが、加害者側の定番の主張に騙されています。

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 ⅳ 診断の適否への誘導

症状に対する診断が正しいことまでも必要であるとの主張も加害者側の定番の理屈です。この理屈に誘導するために加害者側は「CRPSによる症状」、「CRPSに由来する症状」など病名と症状をセットにした抱き合わせ表現を多用します。この点はすでに何回も書いてきました。

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 ⅴ 存在しない症状への誘導

   証拠を制限する最たるものは「存在しない症状」に誘導する理屈です。判定指標から明らかなとおり、CRPSには必須の症状は1つたりも存在しません。しかし、加害者側は必須の症状を主張することが多く、それが複数存在するとの主張も珍しくありません。この誤りにまで誘導された裁判例は各種の疾患で多く存在します。

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 ⅵ その場限りの必須の症状への誘導

   CRPSに必須の症状が1つも存在しないことは、判定指標から一目瞭然であり、これを理解している裁判官を騙すことはできません。そこで加害者側は「関節拘縮に限っては骨萎縮が必須である」との主張を併用することが定番となっています。

医学意見書で「これほど長期間にわたって関節拘縮が続いたならば、必ず顕著な骨萎縮が生じるはずである。私の長年の経験からは本件の事情は極めて不合理である。」と定番の理屈を力説されると、コロッと騙される裁判官は少なくありません。

もちろん、この場当たり的な主張に何らの根拠もありません。現に存在する症状(関節拘縮)から目をそらして、存在しない症状(骨萎縮)に誘導していることを理解できれば、騙されることもないと思います。

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 ⅶ 以上のほかにも加害者側が症状を認定する証拠を制限しようとする理屈は存在します。加害者側は様々な手を尽くして症状を認定する証拠を制限しようとします。加害者側の医学意見書や鑑定書もその理屈を取り入れていることが通常です。

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15 症状を認定する方法について

 ⅰ 症状を認定するに際しては症状に関係する全ての証拠を洩らすことなく検討する必要があります。本件では証拠を制限せずに事実経過を眺めれば、被害者の主張する症状は容易に認めることができます。

本件事故は被害者が同乗する車両が追突された形態の事故であり、被害者がわざと事故を起こした可能性は否定できます。偶然の事故に遭った方がこれほどまで重度の後遺障害を訴えると考えることは、合理的ではありません。

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 ⅱ 被害者の訴える症状が徐々に重くなっていったことや、四肢の他の部位に波及していったことも、詐病では考えにくいことです。詐病であれば当初から全ての症状を訴えることの方が合理的です。被害者が後遺障害により仕事ができなくなったとの事情が存在することも、後遺障害を裏付ける事実です。

   そもそも、詐病で長期間の通院をして治療を受けることは、考えにくいことであり、詐病でこれほど重い後遺障害を訴えることや訴訟を起こすことはなおさら考えにくいことです。これほど重度の後遺障害について、医師が詐病を見落とすことも非常に考えにくいことです。

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 ⅲ 関節可動域検査は医師が患肢の抵抗の重さを実感しながら行なわれるものです。本件では上肢と下肢について自動可動域のほかに、他動可動域が計測されている(91頁、92頁)ところ、医師は患部の可動域が組織の劣化により制限されている終末感(限界感)を体感した上で他動可動域を決めます。

従って、普通の医師であれば上肢や下肢について重度の可動域制限を偽装する患者のウソを見抜けないということはありえません。例えるならば、10分間触ってもぬいぐるみの猫と本物の猫の見分けが付かないというようなものです。

   私は頚部の可動域制限については「全く動かせない」として患者がごまかすことはありえると考えていますが、本件はその事案ではありません。上肢や下肢の可動域検査の結果は、医師と患者の共謀を疑う特別の事情がない限り、信頼できます。

本件で複数回行なわれた可動域検査の結果が類似していることや、徐々に悪化していることにも鑑みると、可動域検査の結果には非常に高い信頼性が付与できます。身体障害者程度等級認定で1級とされていることは、その信頼性を高めます。

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ⅳ 仮に被害者が詐病で胸郭出口症候群やCRPSの症状を偽装していたのであれば、その診断を受けるためにいくつもの医療機関を回るはずですが、現実には事故10日後から同じ病院への通院を続けています。その結果、被害者の症状を合理的に説明できない診断にとどまっています。この事情は被害者の症状が詐病ではないことを決定づけるものです。

   このように訴訟に現れた全ての事情を考慮すれば、本件で被害者の主張する後遺障害が存在することは容易に認定できます。訴訟に現れた全ての事情をもとに認定することは自由心証主義の本質です。また、一般人の常識的判断と同様の結論を導くために不可欠の原則でもあります。

これに対して、「明確な客観的所見」などの美名のもとに証拠を限定すること(加害者側の定番の理屈に騙されること)は民事訴訟法を理解しない誤りというほかありません。

 

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コメント

先生、はじめまして。

下記サイトを運営している者です。先生のブログにリンクを貼らさせていただければと思ったのですが、ダメでしょうか。いきなりの申し出で申し訳ありません。先生のブログにときどき訪問している者です。1つの記事の情報量に圧倒されています。

それと、

>私の見る限り、訴訟で詐病と認定された事案の圧倒的大多数は詐病ではありません。 保険会社の顧問医などの主張する医学的主張に技術的に対応できなかったために傷病の 訴えが認められなかったように見えます。

ぼくもそう思います。

もし、ご許可いただけれたらたいへんうれしいです。ダメもとと思っておりますので、ダメならそのようにおっしゃってください。失礼いたしました。


服部です。
ブログを評価頂きましてありがとうございます。
リンクを頂けるのであればよろしくお願いします。

ご了承いただきありがとうございます。

実を申しますと、ぼくのブログの熱心な読者の方で CRPS1型の患者さんがいます。せっかく読者になっていただいているのに、すでに弁護士さんがついているようなので、横から変な助言もできないし、そもそも満足できそうほどの知識もございません。こちらの記事を参考にしたいと思います。また、過去にもいくつか参考にさせていただいたことがあります。ありがとうございます。

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