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2015年2月

2015年2月21日 (土)

自賠7級の右上下肢CRPS(26.4.22)

1 横浜地裁平成26年4月22日判決(自保ジャーナル19251頁)

  この事案の特徴は、①自賠責で7級4号と重い後遺障害認定がされていること、②ドラッグチャレンジテストでケタミン、ビスホスホネート製剤などが用いられていること、③にもかかわらず主治医がギボンズの基準も使用していること、④判決が骨萎縮や筋萎縮について誤解していること、などです。

2 症状の経過

 被害者は症状固定時46歳男子会社員です。平成18年11月24日に有料道路の料金所手前で停止中に追突されました。

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事故当日…C病院。頚部痛を訴えた。翌日には頚部の伸展痛、僧帽筋の圧痛を訴え、頚椎捻挫と診断された。3か月弱通院した。

1か月後…J整形外科。リハビリのために1か月通院。頚部の伸展痛、右手のしびれ等を訴えリハビリを受けた。

2か月半後…D病院。2回だけ通院。頚部痛。右前腕尺側(小指側)のしびれ等を訴え、頚椎捻挫と診断された。

(評)この時期にいくつかの病院に通院していることからは、早期から強い症状が出ていたと考えられます。

2か月後…E大学病院・整形外科。頚部痛、右手の脱力感、右下肢前面のしびれを訴えてE大学病院への通院を開始した。2か月半後にサーモグラフィーで右肘、右手は左側に比べて低温とされた。

4か月後…E大学病院・整形外科。尺骨及び腓骨の筋電図の筋電図は正常であったが、右手首から先が動かなくなった、右腕が挙がらなくなった、右握力が0である、右頚部から上肢にかけてRSD様の症状があると診断された。以後麻酔科にも通院した。

4か月後…K整形外科病院。1か月弱通院。頚椎捻挫、CRPS疑いとの診断名のもとリハビリを受けた。

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(評)この時点で右上肢の症状がかなり重くなっています。右上肢全体に重い症状が出ています。

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4か月半後…右下肢の痛みを訴えるようになった。

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(評)上肢のCRPSが重症化した事案では多くの場合に下肢にも何らかの症状が出ており、下肢の症状がのちに重症化する事案も少なくありません。

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5か月後…E大学病院・麻酔科。ギボンズのRSD診断基準に照らし①アロディニア、②灼熱痛、③浮腫、④発汗の異常、⑤皮膚の変化が陽性とされ、⑥皮膚の色調または体毛の変化が擬陽性、(時間によって赤黒くなる)として、「5.5+α点」(RSDの可能性が高い)とされ、1週間後にCRPS(Ⅰ型)と診断された。

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    (評)ギボンズの基準については、あとで述べます。

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5か月後…L整形外科病院。頚部痛、右肩痛、右上肢しびれ、右下肢痛を訴え、リハビリを受けた。

     1年7か月後に右上肢を固定する装具を用いるようになり、1年8か月後の時点では杖を使って続けて2、3分ほど歩行できる状況であった。2年4か月後に手動の車椅子を使用するようになり、2年8か月後に電動車イスを使用するようになった。

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半年後…E大学病院・麻酔科。12日間入院し、神経ブロック療法や薬物チャレンジテストが試みられるも、大きな効果はなかった。右手のみ発汗し、手指に触れるだけでも痛いと訴え、可動域訓練もできなかった。

      リハビリ科において、右前腕から右手指にかけて、皮膚紫紅色、発汗あり、筋萎縮なしとの所見が示され、7か月後には痛みが右腕の肘付近から頚部にまで広がった上、右手の発汗が著明となり、手首から先を動かせない状況になった。

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9か月後…E大学病院。11日間入院し、脊髄刺激装置トライアル及びケタミンテストが試みられたが、効果は乏しかった。その後も同病院に通院を続ける。

      2年3か月後に両下肢のサーモグラフィーにより、右下肢(膝下)の皮膚温が左下肢(膝下)に比べて低温とされた。

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1年1月後…F病院。CRPSの専門医を受診し、右上肢にアロディニア、発汗、筋萎縮が著明であり、右手指の可動域がわずかであるとの所見が示された。

      1年半後に病名が右上肢CRPS(RSD)、右上肢筋萎縮著明、指をわずかに動かせる程度、アロディニアと発汗著明であるとする診断書が作成された。但し、被害者が痛みを訴えたため、触診、可動域測定などはできなかった。

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1年2か月…G大学病院。両側手部の単純X線撮影が行なわれ、右手の脱灰が存在するとの所見が示された。ギボンズの基準で、①アロディニア、痛覚過敏、②灼熱痛、③皮膚の色調、体毛の変化、④発汗の変化、⑤X線上の脱灰像を陽性、⑥罹患肢の温度変化、⑦交換神経ブロックの効果を擬陽性として、RSDスコアを6点とした。

      1年5か月後に10日間入院し、ケタミン持続療法を受けるも効果はなかった。この時点では病院の玄関から診察室まで自力で歩くことが可能であった。また、骨シンチグラフィーでは両上肢に異常なしとされた。

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1年半後…G病院。症状固定とされた。傷病名は、CRPS(右上肢)、外傷性頚部症候群。右上肢につき、①灼熱痛、②アロディニア、③発赤、④チアノーゼ、⑤皮膚温低下(右32度、左33.5度)、⑥軽度の骨萎縮、⑦筋力低下及び筋萎縮(右上腕周径23cm、左上腕周径23cm)、⑧右肩、肘、手、指の関節はいずれも疼痛のために自動・他動ともにできないとの所見が示された。ギボンズスコアは5.5点とされた。

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1年半後…G病院に入院し、神経ブロック、薬物チャレンジテストを受け、フェントラミンにより背部痛の改善及び発汗の低下がわずかに認められた。

 

2年9か月後…G病院。右上下肢につき、灼熱痛、アロディニア、腫脹(弱)、蒼白、チアノーゼ、皮膚温低下(右手28.2度、左手36.7度、右足29.3度、左足35.9度)、発汗異常、軽度の骨萎縮が認められるとされ、CRPS(右上肢、右下肢)と診断され、新たに後遺障害診断書が作成された。

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3 ギボンズの基準について

ⅰ 10年ほど前の裁判例では、CRPSの診断基準としてギボンズの基準を用いているものが少なからず見られます。症状を点数化する点で厳密であるとの印象からでしょうか。

しかし、ギボンズの基準は個人の私的見解にすぎず、この基準を用いた場合の感度、特異度の統計すらなく、何らの検証も受けていない基準です。このため世界的には当初から全く利用されておらず、なぜか日本の一部の医師や麻酔科医のみが用いているとする医学書もあります。CRPSの日本版判定指標(08年)が制定された後はギボンズの基準を用いる医療機関はごくわずかになりました。本件は06年の事故であるため、ギボンズの基準が用いられたようです。

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 ⅱ 臨床の診断の現場では、「その症状を生じる疾患として何が考えられるか。」を検討し、対象となる病態を特定して治療するのに必要な限度で診断が下されます。病態がある程度特定できれば治療を行うことができるので、正式な診断がなされないまま治療が行なわれることもしばしばあります。

患者の症状についてCRPSが疑われ、CRPSにより一応の説明できる場合には、「CRPSではないとすれば他に可能性の高い候補があるか。」を検討します(鑑別診断)。他の疾患の可能性が排除されればCRPSと診断できます。鑑別対象の疾患を広げすぎるときりがないので、ある程度可能性が高いものに限定して鑑別診断を行ないます。

これに対して、CRPSが検討対象に挙がった後に、CRPSとする積極的根拠のみを探し続けることはナンセンスです。ところがギボンズの基準は積極的根拠をスコア化して積み上げるもので、鑑別診断の視点が欠けています。裁判例でも「その疾患の特徴をより多く備えている場合に、その疾患であると診断できる」とする類の致命的な誤りが非常に多く見られます。

診断は典型性の度合いの判断ではありません。この誤りに陥るとごく一部の重症化した典型症例以外はその疾患と診断できないことになります(ほとんどの疾患には必須の症状はなく、典型症例とされる症例の占める割合は大きくありません)。

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ⅲ 本件では上記の症状を生じる疾患として、CRPSの他に候補が見当たらないため、CRPSと診断することに問題はありません。早期から多くの症状が出ている典型症例であると思います。これに対して、訴訟では加害者側からCRPSとする積極的な根拠が足りないとの主張が出されることが通常ですが、論外です。

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4 「CRPSを発症した」との主張について

ⅰ 判決によると、被害者(原告)は「CRPSを発症したこと」や「CRPSに罹患したこと」を主張しています(4頁)。繰り返し述べてきましたが、被害者側はこのことを主張・立証する必要はありません。

   この主張は根本的な誤解に基づいています。即ち、①被害者はCRPSを発症した(CRPSに罹患した)、②よって被害者に「CRPSによる症状」が生じた、③ゆえに被害者の後遺障害は重い、との誤った理屈を前提にこの主張がなされています。

 繰り返し述べてきましたが、症状と診断との間に「診断が正しいので症状が存在する」という関係やその逆の関係はありません。症状の存在は常に大前提であって、診断の適否に関わらず症状は変わりません。荒っぽいたとえですが、死亡診断書の傷病名が間違いだからと言って、死亡していないことにはならないのと同じです。

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 ⅱ これに対して、「傷病のリストに載っていない無名の疾患は存在しない。よって病名が不明な場合には症状の存在は認められない。」との考えもありそうです。しかし、現に存在する症状について「病名不明」との理由でそれを否定できることにはなりません。これを認めることは、あたかも「死因が不明だから死んでいない。」とするようなものです。

なお、通常の診断の手順ではCRPSとの診断を誤りと主張する側が、その症状をより合理的に説明できる他の病名を提示する必要があります。この手順では「病名不明」という状況は生じません。むしろ、診断が否定された場合にこそ新たな病名で症状がより合理的に説明できるようになります。

裁判例では、CRPSで説明ができ(一応の説明ができれば十分です)、その診断を受けている被害者について、「あれが足りない、これが足りない」との指摘をしているものがありますが、論外です。

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 ⅲ 診断が出ている場合は上記のとおりですが、実際には主治医がなかなか診断を 出さないことが多く見られます。症状を説明する疾患を決められない場合には、これを不定愁訴(Medically Unexplained Symptoms:MUS)と言います。総合病院等で初期診療を受ける患者の10~33%が不定愁訴を訴えているとする報告もあります(『不定愁訴の診断と治療』3頁)。もちろん、病名による説明がないことを理由に、その症状が存在しないと考える医師はいません。

以上をまとめると、何らかの病名で説明できることは症状が存在するための条件ではなく、症状について診断が下された場合には、その診断を否定するためには症状をより合理的に説明できる代替案(病名)をあげる必要があります。

. ⅳ 本件では、被害者は事故後に症状が悪化し続けましたが、その症状に対する評価として、「これはCRPSである」とするものが診断です。これを「CRPSを発症した」と表現することもあります。症状に対する評価によって症状は変わりません。症状に対する評価(診断)から症状を決めることは循環論の誤りがあります。

CRPSの事案に限らず、脳脊髄液減少症や軽度外傷性脳損傷の事案でもこの誤りを基軸に据えてしまっている裁判例を少なからず見かけます(もちろん、この誤りを述べない裁判例も少なからず見かけます)。

5 自賠責の認定

 ⅰ 本件で特筆すべきことは、自賠責保険において12級を超える重い等級が認定されていることです。裁判例によれば、平成15年8月にRSDの3要件が制定された以降に後遺障害認定で12級を超える後遺障害等級が認定されたものは皆無に近い状況です。

 CRPS(RSD、カウザルギー)が問題となった裁判例は、平成17年1月から平成24年12月までの間に60件ほどありますが、そのほぼ全部が12級以下の後遺障害等級とされています。その中には、本件のように自賠責の等級認定とは天と地ほどの異なる重い後遺障害を被害者が主張している事案が多く見られます。

 RSDの3要件基準が制定される以前は、CRPS(RSD)と診断された患者について、自賠責で12級を超える等級(11級以上)が認定されたことが確認できる裁判例が多くありましたが、3要件基準の制定後にはほぼゼロになりました。

自賠責の運用に激変が生じています。その原因は現実のCRPS患者であってもその基準を満たすのは1%以下であろうと推断できる極めて不合理な基準(RSDの3要件基準)が制定されたことにあります。

ⅱ 平成17年以降の60件ほどの裁判例のうち、自賠責で「RSDとして」(この言い方は曖昧ですが、自賠責では診断の適否の検討やRSDであるかどうかの検討はしません。検討すると医師法違反の犯罪となります。3要件基準はあくまでもカウザルギーと同じ扱いをするための基準であり、重症度の指標ですらありません。ところが、実際には自賠責ではRSDであるかどうかを検討・判断したかのような曖昧な表現が用いられることが通常です。)12級を超える等級が認定されているものには以下のものがあります。

 東京地裁平成21年9月18日判決(自ジ1809号12頁)は右上肢のRSDが全身(四肢)波及した重症例(実質は3級以上に相当する)で9級が認定された事案です。しかし、この事案は治療と裁判が長期化した事案で、RSDの3要件基準が制定される前に後遺障害認定を受けたと考えられる事案です。この裁判例はすでに検討しました。

「全身に波及したRSDの否定」

http://s-hat.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-077e.html

 

大阪地裁平成22年6月21日判決(自ジ1841号14頁)は、早期に重篤な症状が生じて7か月後に右下肢に重度の後遺障害を残して症状固定となった事案(実質は3級ないし4級に相当する)でRSDとして9級10号に認定されています。

 つまり、裁判例の上では、主治医がいかに重い後遺障害を確認していても、RSDの3要件基準を用いて自賠責で12級よりも重い後遺障害等級が認定されたのは、1件しか見当たらないという異常事態が確認できます。

 ⅲ 本件は自賠責で12級を超える認定がなされたことを確認できる2件目の裁判例です。しかし、被害者が2級相当と主張する重症化事案で7級4号という認定にとどまったものであり、妥当なものではありません。本件においても加害者側は恒例行事のように14級と主張していますが、道徳的に見ればこの主張は良くないと思います。

判決は自賠責と同じ7級4号に「当たる」と認定しています。細かい話ですが、訴訟では自賠責の後遺障害等級の7級4号に「相当する」との表現を用いるべきです。自賠責の等級表は訴訟での法的拘束力はありません。等級表は訴訟では金銭化のための参考資料に過ぎません。「当たる」と書いてしまうとこの構造を理解できていないのであろうかとの疑念を生みます。実際にも自賠責の等級や認定基準に引きずられて、不合理な認定をしている裁判例は少なからず見かけます。

なお、自賠責で12級を超える認定がなされた場合には訴訟に至らずに示談で終わるので、3要件基準制定後に自賠責で12級を超える認定がなされた裁判例が少ないとの推測もありうるところです。しかし、私の知る限り重症化事案であっても12級が上限であって(それどころか非該当も少なくない)、12級を超える認定を見たことはありません。また、3要件基準が制定される以前は自賠責で12級より重い後遺障害等級が認定された後に訴訟となった事案が多く見られます。

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6 問題設定の誤り(CRPSを発症したか)

 ⅰ 判決は、争点として「CRPSの発症の有無、内容、程度」を筆頭に挙げています(7頁)が、「CRPSを発症したかどうか」を争点とすることは2重の意味で誤りです(①診断の適否により症状の存否・程度は左右されない。②その疾患を発症したから症状が生じたとの因果性はない。①と②の両者とも循環論の誤りがある。)。

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ⅱ 診断の適否の判断では、判決はギボンズの基準のほか、国際疼痛学会の判定指標(05年)や日本版判定指標(08年)にも無駄に紙幅を費やし、最終的には「臨床的に用いられる診断基準によってその発症を認定するのは相当ではない」(12頁)との誤り(医学的に意味のない診断基準の導入。)にも至っています。

その上で、「前記の各診断基準を参考にしつつ、客観的な医学的証拠に基づいて認定することができる所見を中心に、CRPSを特徴づける所見の有無及び症状の経過等を総合的に評価してCRPSの発症の有無を判断するのが相当である。」とします。

診断の適否で症状の存否や程度は決まらないので、前提に致命的な誤りがありますが、この点を措くとしても、診断に関する判決の考えは鑑別診断を知らないという致命的な誤りもあります。診断を典型性の度合いの判断と間違えると、ごく一部の典型症例しかその疾患と診断できなくなります。

なお、CRPSには必須の症状が1つたりとも存在しないことは世界中の医師が認める定説です。このことは繰り返し述べてきたとおりです。判決はあまりにも多くの点で誤っています。しかも全てがごく初歩的、基本的なことがらです。

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7 関節拘縮の判断について

ⅰ 以上の経過で判決はなんとかCRPSを発症したと認めましたが、被害者の右上下肢が全廃の状況にあるかどうかの判断において、「CRPSが発症したかどうかの判定とは異なり、廃用状態にあることを推認させる客観的な裏づけ(骨萎縮、関節拘縮、筋萎縮等)を要するというべきである。」(12頁右列)としています。

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ⅱ 訴訟では、加害者側はCRPSと診断できるための要件として骨萎縮、筋萎縮を必須と主張し、一方で関節拘縮があるとするための要件としても骨萎縮、筋萎縮が必要と主張することが通常です。

また、CRPSには骨萎縮や筋萎縮が必須ではないことを知っている裁判官も少なくないため、加害者側は独特の巧妙な表現を用いることが恒例となっています。本件でもこれが確認できます。

判決は加害者側の主張として、「CRPSによる疼痛が重度で、廃用状態が継続すれば、いずれ関節拘縮や骨の萎縮が生じるのであるから、CRPSの発症が認められるためには、これらの事実が認められるか、又は認められない理由が補完されなければならない。」(5頁左列)と述べます。

つまり、①骨萎縮がCRPSに必須であると誤解して欲しい、②その誤解が生じなかったとしても関節拘縮には骨萎縮が必須と誤解して欲しい、との2段構えの曖昧な表現になっています。

もちろん、CRPSに必須の症状は1つたりとも存在せず、関節拘縮に骨萎縮や筋萎縮は必須ではありません。しかし、この意見が医学意見書や鑑定書で述べられると信じてしまう裁判官が少なくないのが実情です。「これだけ上肢が動かせない期間が長く続けば骨萎縮が重度に生じているはずである。私の長年の経験からはこの患者の症状は合理的に説明できない。」といった理屈を技巧的に長々と述べられると、多くの裁判官が信じてしまうのです(信じなかった裁判例も少なからずあります。)。

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 ⅲ CRPSでは疼痛が強く出た部位の軟部組織が収縮して阻血や栄養不足が生じ、この状況が続いた結果として軟部組織が劣化して伸縮性を失い関節拘縮が生じます。同様に阻血や栄養不足のため骨の変化が生じることもあります。即ち、痛みが原因の変化ですので、骨の変化は関節部に限られず関節のない部位(胸部など)でも検出されます。

以上に対して、加害者側は廃用性の萎縮としての骨萎縮(使用していなかったから骨が萎縮した)を主張します。これはCRPSの病態とは異なる理屈です。しかも、廃用性の萎縮が必然とする理由や重度の萎縮でなければならない理由はありません。

裁判例の上では重度の拘縮が生じている事案においても重度の骨萎縮が存在するとされたものはわずかで、骨萎縮が存在しない事案もあり、存在する場合でも軽度のものがほとんどです。

また、CRPSには筋萎縮が生じる症例もありますか、より多いのは浮腫ないし腫脹が生じて患部が膨れ上がる症例で、この場合には上肢は浮腫で太くなります。筋萎縮とは逆の状況です。これが典型症例とされていて多くの医学書でその状況の写真が載せられています。何ゆえ典型症例とは逆に筋萎縮を必然とするのか、理解し難い面があります。

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ⅳ 長期間患者を診察した医師が関節拘縮とした判断は、普通に考えればほぼ全ての場合に正しいと考えられます。これに対して、判決は、医師が診断書にも記載している関節拘縮を信じることなく、「客観的な医学的根拠」(骨萎縮の画像所見など)を求める方向に向いました。既に存在する証拠を検討することなく、「より確実な証拠が必要である」との方向に向かう誤りは他の裁判例でもしばしば見られます。

もちろん、関節拘縮が重度であっても骨萎縮が生じない(もしくは軽度であること)は十分にありうる(裁判例の上では関節拘縮を生じた事案のほとんどがこれに当たります)ことなので、前提に誤りがあります。

また、症状の有無や程度はそれ自体に関連する資料から認定するべきであり、別の資料(骨萎縮、筋萎縮)に置き換えようとする加害者側の誘導に乗ってしまう発想それ自体に根本的な問題があります。

症状を認定するための方法としては、症状に関連する資料、即ち、①被害者本人の訴え、②それを医師が確認したこと、③検査結果、④治療内容、⑤治療期間、⑥就労や日常生活への影響、⑦診断(症状を確認した医師の評価)、⑧その他の事情を総合して検討する必要があります。

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ⅴ これらのうち、画像所見のみに証拠を限定することは民事訴訟法の根本原則(証拠方法を限定しない)に反します。ゆえに、この限定は民事訴訟法に反する重大な誤りというほかありません。この点は前回も述べました。

一般の人々が本件の事情を見た場合には、被害者が長期間の入通院をして苦痛を伴う治療をも受け続けてきたこと、被害者が就労不可能となり車椅子生活となって食事介助や排泄介助を受けていること、実際に診察してきた多くの医師がその症状を認めていること、各種の検査で異常な状況にあると認められること、CRPSとの診断を繰り返し受けてきたことなどの事情から、この被害者の主張する後遺障害が存在することやその内容を優に認めると考えられます。

ところが、裁判例の中にはこの種の実質的な証拠(動かし難い事実。多くの背景事実に支えられている事実)に基づく判断を避けて、客観性の高い証拠を求めるもの(ないものねだり)が少なからずあります。

本件では「骨萎縮は画像で確認できるから客観的で価値が高い証拠だ」との考えから背景事実を持たない単発の観測事実を「動かし難い事実」と誤解したように見えます。

それ以前の問題として存在しない事実は「動かし難い事実」になる余地すらありません。目の前にある事実を捨てて、ないものねだりに向かってしまえば、判断は空洞化してしまいます。

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8 ビスホスホネート製剤について

 ⅰ 本件では治療の過程でドラックチャレンジテスト(薬物チャレンジテスト)が何回か行なわれています。これは簡単に言えば多くの投薬を試してみて、その患者に効果のあるものを探し出そうとする試みです。

   CRPSは患者ごとの病態の違いが大きく、効果のある治療法や投薬の種類も患者ごとに異なることから、大学病院等ではドラッグチャレンジテストが試みられることが多くあります。但し、CRPSは難治性であり、本件のようにほぼ全ての治療法、投薬に効果が見られない症例も多くあります。

   本件ではドラッグチャレンジテストのなかでビスホスホネート製剤も試みられています。この薬が問題になった裁判例は本件が初めてであると思います。

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ⅱ 本件では、上記の誤りのため骨萎縮の有無が争点になってしまったという文脈において、被害者側が「仮に骨萎縮が認められないとしてもそれはビスホスホネート製剤を用いていたからである」と主張したようです。

  ビスホスホネート製剤は、本来は骨粗鬆症の薬ですので、この被害者側の主張には一応の理由があります。しかし、CRPSでこの薬が用いられるのは骨萎縮(骨の変化)を改善するための薬としてではなく、主として疼痛を緩和する効果を期待してのことです。

  おおざっぱに言うと、疼痛により局部での阻血や栄養不足が生じて骨の変化が生じる中で痛みが生じるのであれば、骨の変化により生じる痛みが含まれている場合もあるとの推測が成り立ちます(骨粗鬆症は痛みを伴う症例も多い)。そこでCRPSの患者に骨粗鬆症の薬を試してみたところ、痛みが緩和する患者もいたということです。

  判決は、ビスホスホネート製剤を用いたからといって、骨萎縮が完全になくなるわけではないので、被害者側の主張は成り立たないとしますが、上記のとおり骨萎縮を必須とする前提に誤りがあります。

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ⅲ 裁判例の上では、被害者の治療の過程で骨萎縮が観察されていた事案は少なくないのですが、加害者側は医学意見書により骨萎縮はない(または軽微である)との主張を出すことが恒例です(ほぼ全ての裁判例でこの事実が確認できます)。こうなると水掛け論になり、判決で「明らかに骨萎縮があると認めることはできない」との結論になることがしばしば見られます。

  本件でも治療の過程で骨萎縮が観察されたので、普通に考えれば骨萎縮が存在すると考えられます。しかし、「明らか」という条件がどこかからやってくると厄介なことになります。

本件では加害者側が医学意見書で否定したことを根拠に、判決は骨萎縮を「直ちに」認めることはできないとします(12頁右列)。この種の根拠不明のハードルを事実認定で用いることは誤りというほかありませんが、「証明責任を果たしたといえるためのハードル」という趣旨で恣意的なハードルを各所に設定する裁判例は少なからず見られます。

証明責任は事実を認定するための道具ではなく、事実が認定できない状況(真偽不明の状況)において、結論(法規の適用)を決めるために必要最低限の範囲で用いることが正当化されるに過ぎません(自由心証の尽きたところで証明責任はその機能を開始する)。従って、事実認定に証明責任を取り込むことは誤りとなります。この誤りに陥ると、事実認定に証明責任を取り込んで真偽不明となった結果に対して再度証明責任を用いるという誤り(二重の不利益)にも陥ります。

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9 事実認定と法規の適用の峻別

ⅰ 自由心証(事実認定)と証明責任(法規の適用)が無関係であることは民事訴訟法の基本書などにも明記されています。例えるならば、「事実は火星で確定し、法規は地球で適用する」との関係に立ちます。証明責任は地球で用いる道具です。火星探査船のクルーが現地で観察した事実は火星で確定し、地球にいる上司はその結果をもとに次の段階の判断をするのみです。

法律的に自白が成立したことは、この比喩では「火星探検隊の活動範囲が北半球に限定された」といった意味になり、火星探検隊の観察した事実が火星で確定することに変更はありません。かえって分かりにくい比喩かもしれませんが、両者はきっちり分けて考えるべきです。

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ⅱ これに対して、事実認定のレベルでハードルを課す根拠として、証明度(証明ありとされる程度)を持ち出すことも考えられます。即ち、証明責任を負担する側が一定のレベルを超えた証明をしなければその事実が存在すると認めることができないので(この表現には問題があります)、「明らか」というレベルの証明が求められる、との理屈です。

証明度として最高裁判決は「高度の蓋然性」の証明を求めています。学説の多数はこれを8割程度の心証とします(例えば、和田277頁)。最高裁判決の事案(ルンバール事件)からも、「おそらく~であろう」というレベルが「高度の蓋然性」と考えられます。これに対して、アメリカ法と同様に証明度は証拠の優越(50%超)で足りるとする見解も有力です。

私も証拠の優越(50%超原則)が基本的に正しいと思います。当事者間の相対的な紛争の解決として「どっちの言い分が正しいか」で結論を決めるのはごく自然なことであって、それ以上を求めるのは「おおよそ国家機関である裁判所が事実を認定するためには相応の心証が必要である」とする権威主義に見えてしまいます。

以上に対して、裁判例の中には「明らか」(95%超)との証明度を求めているものが少なからずあります。これは上記の判例や学説を無視した次元の異なる考えです。この誤りに陥ると、間接反証や一応の証明などの民事訴訟法の概念が意味を失います。この誤りは自由心証に証明責任を取り込む誤りと一体になっていることが通常です。

証明責任は真偽不明という異常事態に陥ってもとにかく結論を出さなければならない立場にある裁判官に与えられた特別の道具で、あたかも問題の解けなかった受験生が振る五角形の鉛筆(愚者のサイコロ)のようなものです。この愚者のサイコロを多用すれば、事実から遠ざかります。証明度を高くしすぎると愚者のサイコロを使う機会が多くなります。

裁判官が国民の中から選ばれた優秀な知性を有する者であるとすれば、裁判官は証明責任に頼らずに獲得した心証をできるだけ判決に反映させた方が正しい事実認定が増えると思います。

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  ⅲ それ以前の問題として、証明度は自由心証により心証を確定した後の、次のレベル(法規の適用)で問題になる話です。証明度の問題を自由心証にくりさげることは、まさに自由心証に証明責任を取り込む誤りです。

この誤りの背景には、証明度を「証明責任を果たしたとみなされる立証の度合い」とする誤解があるのかもしれません。証明責任は結果責任であるので、「証明責任を果たした」との見方に問題があります。「証明責任を果たした」との表現は良く用いられるのですが、それはあくまでも結果責任としての見方です。

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ⅳ この種の誤解の原因には司法修習での民事裁判教育にもあると思います。私の修習当時の民事裁判の起案は、事件記録(白表紙)から要件事実を抜き出して、同時並行で事実認定をするというものでした。本来であれば、事実認定のみを行なう起案と、事実認定の結果を要約した1枚の書面から要件事実を抜き出す起案とを分けるべきであると思います。

その上で事実認定に比重を置いた講義をするべきです。現実の訴訟の95%以上は事実認定で結論が決まります。残りの5%以下の部分に過大な労力をかける事は合理的ではありません。要件事実論の技巧的な議論はほとんど役に立たないと思います。

また、事実認定の講義では、法律論を抜きにした事実認定のみの検討を一般人の有する知識をも総動員して行なうべきです。一般人の常識的な見方を抜きにして適正な事実認定はできないと思います。裁判例のなかには法律論(証明責任の所在、証拠の序列化、要件事実論での検討順序など)がバイアスとなって正しい事実認定から遠ざかっているように見えるものが少なくありません。要件事実論と事実認定を同時並行で行なうとこの弊害に陥りやすいと思います。

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ⅴ 法律論からの一切のバイアスを排除して獲得した「生じた可能性が最も高い事実」の心証は、判決でもそのままの表現で「事実認定」として記載し、その先で法律論(要件事実論など)を行なうべきです。この考えからは事実認定のレベルで証明責任を考慮して「~とは認められない」などの表現を用いることは誤りとなります。

つまり、事実認定では得ることのできた心証をありのままに記載し、それで完結させ、その結果に対して、法律論として証明度を満たしているかとの検討を行なうべきことになります。これが民事訴訟法に厳密な考えであると思います。

現実の裁判例ではここまで徹底したものは非常にまれですが、事実認定と法規の適用の峻別の度合いは裁判例によりかなりの差があります。両者を混同して証明責任を事実認定に取り込んでしまうと、「何が起きたのか不明であるが、とにかく基準を満たさない」が繰り返され、実質的な検討がなされずに判断が空洞化してしまいます。最近はこのような裁判例が増えてきたように見えます。

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