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2014年10月19日 (日)

橈骨遠位端骨折とRSD(26.3.27)

1 名古屋地裁平成26年3月27日判決(自保ジャーナル192373頁)

  この事案の特徴は、①事故による橈骨遠位端骨折後にRSD様の症状が生じたこと、②明白にRSDの症状が生じているにも関わらず医師があえて診断をしていないこと、③判決の思考方法に種々の問題があること、などです。

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2 症状の経過

 被害者は症状固定時51歳男子会社員(大工)です。平成21年11月22乗用車で直進中に右折車と衝突し、左上肢等を負傷しました。

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 事故当日…B病院。左肩から指先までのしびれや左胸部の痛みを訴え、B病院に救急搬送される。頚部、左肩部、左手関節部の痛みを訴えるも、X線検査では骨傷はないとされる。

 

 12日後…D病院。自宅近くのD病院に通院先を変え、MRI検査を受け、骨棘の形成、椎間板の変性、右頚部皮膚・皮下に血腫の疑いありとされるも、特に問題はないとされ、C病院を紹介される。

 

 22日後…C病院。頚部痛、左上肢痛を訴え、左手関節部に腫脹、圧痛が確認され、X線検査の結果と併せて左橈骨遠位端骨折と判断され、ギプス固定された(以上、初診時)。1週間でギプスは外され、RSDも考えるとされてノイロトロピンを処方された。

70日後のX線検査では左手関節に骨萎縮ありとされ、82日後には左手の掌屈が30度、背屈が30度とされ、関節拘縮が認められるとされた。3か月後には3か月間拘縮が変わらないとされた(事故時からの症状との趣旨)。

 半年後…D病院で症状固定とされた。傷病名は左上肢挫傷、頚椎捻挫、左橈骨遠位端骨折、左手関節拘縮左手指拘縮とされ、自覚症状は左肘関節・前腕・手関節・手指の疼痛、可動域制限、手指巧緻運動障害(茶碗が持てず、パソコンも左手は使用できない)とされた。

 

1年半後…その後も症状は改善せず、左手の可動域は手関節が概ね3分の1、指関節は概ね2分の1に制限される。自賠責では14級とされる。

 以上の経過で、被害者は6級相当の後遺障害(手関節の可動域が2分の1以下で10級10号、指関節の可動域は概ね半分ほどで運動障害が大きく7級7号として併合)が残ったとして提訴しています。

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3 橈骨遠位端骨折とCRPS

ⅰ CRPSはきっかけとなった外傷からは想像できないほど重症化することが多いとされ、多くの医学書で外傷のうち橈骨遠位端骨折(手首の骨折)の場合にはCRPS(RSD)を発症する割合が特に高いとされています。

手首や足首の骨折の場合には近傍を通る神経が損傷を受けやすく、神経損傷に起因する症状が悪化してCRPSに至りやすいと言えます。

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ⅱ 本件では被害者は事故直後から左手の強い痛みを訴え、左手の可動域が大幅に制限されていたところ、救急搬送先のB病院や12日後から通院したD病院では手首の骨折とは診断されず、22日後から通院したC病院で橈骨遠位端骨折と診断され、D病院でその診断が引き継がれた後遺障害診断書が作成されています。

  この経過から、当初より痛みが強かったため早期に転院を繰り返していたことと、「橈骨遠位端骨折」はレントゲンの微妙な読み取りで判断したことが窺われます。手首の骨折のほか脊椎の圧迫骨折でも後日に骨折が判明する事例はしばしばあります。実際にはレントゲンからは骨折が読み取れない状況で、症状から骨折と判断したと考えられる事案も見られます。

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4 本件での医師の判断について

ⅰ 本件では本当に骨折があったのかについて、少し気になる点があります。事故の22日後から通院したC病院では、被害者の訴えが非常に強く、左手関節の可動域制限が強く、左手首が腫れていたことをX線検査の結果と併せて、初診時に橈骨遠位端骨折と判断したようです(79頁左列)。

  C病院は初診時に骨折と判断してギプスシャーレで固定しましたが、1週間でギプス固定を終了し、再度X線検査を行なって次回通院時から左手関節のリハビリを行なうことを決めたとされています。C病院はリハビリを始めて数日経過したころには「RSDも考える」とカルテに記載し、ノイロトロピンを処方しています。

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ⅱ つまり、C病院は被害者が通院した初日に①左手首の痛み、②大きな可動域制限、③腫れについて、骨折と判断したものの、1週間ほどで考えが変わり、①強い痛みは神経障害性疼痛であると考えてノイロトロピン(神経障害性疼痛に対する薬)を処方しています。

その数日後のカルテに「RSDも考える」とあることからは、②可動域制限や③腫れも神経障害性疼痛に伴うものと見ているようです。ギプス固定を早々に止めたのも、CRPSによる関節可動域制限はギプス固定で悪化するためであると思われます。

  C病院は事故から約70日後のX線検査では左手関節に④骨の萎縮が認められるとしているところ、この時点では骨折の有無よりも骨の萎縮の有無に視点が移っています。C病院は事故の3か月後には、D病院あてにRSDの可能性を指摘した診療情報提供書を作成しています。

  以上の経過からは、C病院の医師は初診時こそは手首の骨折を疑ったものの、1週間後にはRSDであろうとの判断に至り、その後にその考えを強くしていったと考えられます。

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5 なぜCRPS(RSD)と診断しなかったのか

 ⅰ 本件では、上で述べた①痛み(持続する強い自発痛)、②腫脹、③関節拘縮、④骨萎縮のほか、⑤左手の皮膚の変色、⑥左手の体毛の変化も存在するようです(77頁)。これらの症状からは優にCRPSと診断できます。

   本件ではCRPSとすることに疑義を挟んでより可能性の高い他の疾患を示すことは困難です。現に存在する症状をより合理的に説明する代替案(鑑別診断)が示されなければ、その症状を説明できている診断は適切とされるので、本件ではCRPSと診断することに何ら支障はありません。

   なお、裁判例では現にCRPSとの診断が下されている事案において、CRPSとの診断を正当化する根拠の有無や程度を検討しているものはほとんどですが、検討方法そのものに誤りがあります。

CRPSにより症状が説明できる事案では、「より合理的に症状が説明できる疾患があるか」(鑑別診断)との視点で検討する必要があります。この方法では診断の変更が生じても前提となる症状の変更は生じません。診断が否定されるのはより合理的に症状を説明できる疾患に変わる場合ですので、診断が否定された場合にこそ症状の存在はより確からしくなります(ここで「裏付けられる」とするのは不正確であると思います)。

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 ⅱ 本件ではC病院の医師は早期にRSDを疑い、その後に症状が明確になっていったにも関わらず最終的にはRSDと診断していません。なぜ、診断しなかったのでしょうか。

   同じことはD病院の医師にも言えます。C病院からRSDの可能性があるとの診療情報提供書を受け取り、1年弱の間に200回弱のリハビリを続けていたD病院も上記の症状を確認していたはずで、D病院の医師も被害者の症状がCRPS(RSD)であると強く疑っていたと考えられます。

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 ⅲ 裁判例の上ではCRPS(RSD)と診断できる症状を確認していても診断が遅れるパターンがいくつか確認できます。古い判例ではRSDを知らないために見落とされたと思われるものが少なからず見られます。

   医師にCRPS(RSD)の知識があると思われるものであっても、例えば胸郭出口症候群と診断された後に関節拘縮が進行した事案では、重症化するまではCRPSとされない(胸郭出口症候群の症状の範囲内とされる)傾向があります。

   また、手首や足首などの末梢部位のCRPSも診断が遅れる傾向があります。上肢全体の拘縮を生じる重症例に比べて末梢の場合には診断に躊躇するのかもしれません。骨折後に痛みが続いて可動域制限が悪化していった場合も、骨折後の痛みに付随する症状とされ、重症化しないとCRPSと診断されない傾向があります。

但し、本件は遅くとも1か月半後までにはCRPSを疑っていた上に、その後に症状が重症化した事案であるので、1年半後に症状固定となった時点でCRPSと診断しなかったことを説明しにくい事情があります。

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 ⅳ 平成15年に自賠責でRSDの3要件規準が制定された以降は、交通事故後にCRPS(RSD、カウザルギー)と診断された事案では、自賠責ではほぼ全てが極端に低い後遺障害等級とされ、裁判でも低い損害賠償額とされることがほとんどです。

この事情を知る医療関係者は少なくないと思います。このためか、医師があえてCRPSと診断しなかったと推測できる事案をしばしば目にします。但し、診断を回避した目論見がうまくいった事案は見当たりません。CRPSと診断されていても、診断されていなくとも、ほぼ全ての事案で自賠責では極端に低い後遺障害等級が認定されています。

本件ではD病院作成の後遺障害診断書では、RSD(CRPS)との診断はなされず、「左手関節拘縮、左手指拘縮」などの症状それ自体を端的に示す傷病名が用いられています。しかし、自賠責でも訴訟でも後遺障害等級は14級とされています。

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6 診断と症状を取り違える誤り

 ⅰ 本件では事故直後から左上肢や左手首に強い痛みがあり、その頃から左手関節の可動域制限があり、治療期間を通じて医師が症状を確認して治療を行い、最終的には医師が左手関節や左手指の可動域制限を確認しています。従って、被害者の主張する症状が存在することや、それが本件事故により生じたことは症状の経過から容易に認定することができます。

逆に言えば、症状を認定するための事情は上記の内容(現に存在する事情)を骨格としたもの以外にはありえません。しかし、加害者側は現実に存在しないものを求める「ないものねだり」で上記の結論を否定する主張をすることが通常です。

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ⅱ 繰り返し述べてきましたが、症状を認定するに際してCRPSとの診断がなされている必要はありません。診断は症状が存在することを前提に、症状に対する評価として下されるものであって、診断があろうがなかろうが症状は同じです。ところが、裁判例では診断の適否により症状を判断する誤りが多く見られます。診断を主要事実と勘違いして証明責任を適用しているものさえも少なからずあります。

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ⅲ もちろん診断が正しいかどうかは概念の適否の問題であって事実ですらありません。裁判例でも「診断が正しいとは認められないので症状は存在しない。」とストレートに間違えている判決は見当たりません。

実際には、「疾患Rに罹患した状態」を要証事実と誤解している裁判例が多く見られます。本件の判決も「原告がRSDに罹患したことを認めるに足りる証拠はない」(81頁左列1行目)と述べています。しかし、「疾患Rに罹患した状態」と言えるかどうかは疾患Rとの診断が正しいかどうかに左右されるので、結局は概念の適否に帰着します。

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 ⅳ 上記の誤りの背景には、「罹患した状態」が症状を引き起こすとの誤解も存在します。即ち、「CRPSに罹患した」との状況が先にあってそれにより各種の症状が「引き起こされた」と理解しています。

   もちろんこの考えでは「卵が先かニワトリが先か」という矛盾が生じます。症状をもとに診断して、その結果「罹患した状態」になったので症状が生じるとする循環に陥ります。現実には患者に生じた各種の症状が一定のレベルに達したときにCRPSと診断されます。この「結果としてCRPSと評価された状況」を指して、「CRPSに罹患した」と述べるに過ぎません。 

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7 症状は全ての事情を総合して認定するほかない

 ⅰ 症状をいかにして認定するべきかについては前回も述べました。私は症状を認定するためには①症状に関連する、②全ての事情を、③総合して考慮するべきであると考えています。また、④症状により近い事情を重視するべきであると考えています。

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 ⅱ 症状に関連する事情

   症状を認定するために症状に関連する証拠を検討することは当たり前のことです。これに対して、症状との関連性の薄い事情、例えば診断の適否を重視することは誤りです。

診断は症状の存在を前提として下されるものです。一定の症状が存在する前提で診断が下されるため、診断が正しかろうが誤っていようが診断の基礎とされた症状は変わりません。患者の症状を基に診断を下したのに、その診断により患者の症状が裏付けられるとすると循環論法になります。

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 ⅲ 全ての事情

   症状に関連する多くの事情のうち一部を無視することは誤りです。民事訴訟法は原則として証拠方法(証拠となりうるもの)に制限を設けていません。

   症状と関連する事情は、症状から近い事情から順に①被害者本人の訴え、②医師が確認した症状、③検査結果、④治療内容、⑤治療期間、⑥就労や日常生活への影響、⑦診断(症状を確認した医師の評価)、⑧その他の事情があり、これらを総合して認定する必要があります。

   これに対して、上記のうち一部の検討をしないことは、民事訴訟法が証拠能力を認めた意義を否定することになります。また、裁判官は裁判に現れた全ての事情をもとに自由心証により判断するとの原則(民事訴訟法247条)にも反します。常識的に考えてみても、視野を狭くするよりも広くした方が正しい結論に近づくと思います。

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 ⅳ 症状から近い事情

   解明しようとする対象により近い事情を重視することは当然のことです。症状に最も近い事情は被害者本人の訴えです。症状を最もよく知る人は被害者本人であることは疑う余地がありません。従って、最も重視するべきは被害者本人が訴える内容です。

   これに対して、被害者が嘘の症状を主張しているかも知れないとして、無視したり軽視したりすることは誤りというほかありません。この誤りはあたかも産湯と一緒に赤子を流すような誤りです。

   画像所見で裏付けることのできる症状は、現実に生じている症状のうちのほんのわずかな部分に過ぎません。症状の多く(事案によってはほとんど)は被害者の訴えによってのみ知りうるものです。被害者の訴えを軽視すれば症状について最大・最善の情報を捨て去ることになります。

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 ⅴ 総合的判断

   症状を判断するための近道はありません。上記の全ての事情を総合的に考慮するほかありません。

   但し、個別の症状については、それを端的に裏付ける事情から認定できる場合もあります。医師が確認した腫れや皮膚温、皮膚色などは端的にその存在を肯定できます。関節可動域検査で上肢の重度の可動域制限を偽装すること(制限の終末感を偽装すること)が不可能と言えることからは、その検査結果を端的に信用することができます。

   それ以外の直接的な証拠を持たない症状(事案によってはほとんどの症状が直接的な証拠を持ちません)については、総合的に検討するほかありません。それ以外の方法はありません。

   例えば、線維筋痛症などの判断しにくい症状や認知機能の障害などは、「それまで10年以上真面目に働いて、家族を養ってきた被害者が事故をきっかけに嘘の症状を訴える人柄に豹変して、長期間の入通院をして医師や弁護士を騙して、粘り強く症状の偽装を続けてきたのであろうか」との想像をしてみれば、「そんな人はいない」との結論に至ると思います。

この種の常識的な判断を可能にするためには、症状に関連する全ての事情を等しく検討する必要があります。何が常識であるのかの基準はありませんが、世間一般の人が「それは常識から外れている」と判断する事情は確かに存在します。

事実認定のほとんどはこの常識感覚から導き出されるものであって、マニュアルから導ける認定はわずかな例外に過ぎません。常識感覚が要求される認定では、裁判官はときには全人格を賭してでも判断するほかありません。「確実な証拠はないけれども、普通に考えればこうなる。」との実質的心証で間接事実を1つ1つ積み上げて行くことなしに事実認定はできないと思います。それは特別なことではなく、たんに「自分はこう考える」と述べるだけとも言えます。

民事訴訟では事案全体の事情から総合的に判断することは通常のことです。交通事故訴訟で突如として症状を認定するための証拠を極端に制限する思考になることの方が異常であると思います。

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8 可動域制限のメカニズムについて

 ⅰ 本件では被害者の手関節の可動域は他動でも自動でも2分の1以下で、これをそのまま採用すると、後遺障害等級10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」に相当します。

   これに対して、判決はいくつかの理由を述べて、この数値を認めませんでした。以下ではこれらを検討します。

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 ⅱ 判決は、「原告の左手関節の可動域制限の原因について明確な客観的所見は乏しい」(80頁右列)と述べます。判決は、加害者側の主張する「ないものねだり」への誘導に乗せられ、「明確な客観的所見」が必要と考えるに至ったようです。

しかし、医師が確認した可動域制限を無視することが出発点になっている点で論外というほかありません。関節の可動域制限はレントゲンやMRIでは裏付けられないので、実際に可動域を測定する方法でしか計測できません。それ以外の方法がないのです。実際にその部分の可動域を測定した数値こそが最善の証拠であり、合理的な理由もなくそれ以上の証拠を要求することは誤りというほかありません。

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 ⅲ 私は事実認定では「何が起きたのか」(生じた可能性が最も高いのは何か)との視点で全ての事情を総合して事案の骨格を組み立てていくべきであると考えます。

しかし、裁判例の中には「~とする確実な証拠はあるか」との形のハードル型認定(私が勝手に命名しました)をしているものは少なからず見られます。この方法は自由心証に証明責任を取り込む誤りが生じている点で問題があります。

   ハードル型認定では実質的な心証を形成しないまま、「とにかく基準を満たさない」という理屈で否定の結論になることが多く、求める証明度が高くなりすぎる傾向があります。証拠を序列化する傾向や「ないものねだり」の証拠を求める傾向も見られます。間接事実にまで証明責任を適用する誤りも見られます。本件の判決にはこれらの誤りが見られます。

この傾向は本件の判決に限ったことではなく、証明責任の所在を考慮して「~と認めるに足りる証拠があるのか」との視点で検討している裁判例は、特に最近では多く見かけるようになりました。この方法は真偽不明になった場合に結果としての証明責任を負う側に、最初から不利益を課して検討している点で問題があります。ハードルを設定した検討で「~であるとは認められない」として真偽不明になった結果、証明責任を適用すると、証明責任を負う側に2重の不利益を課す誤りとなります。そもそも証明責任は事実を認定するための道具ではなく、事実が認定できなかった場合に結論(法規の適用)を決めるためものです。法規の適用に必要な最低限の範囲でのみ証明責任は機能します。

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 ⅳ 判決は、事故直後には可動域制限は生じていなかったので、事故によって可動域を制限する器質的損傷が生じなかった(80頁右列)と述べます。これも「何が起きたのか」の視点ではなく、「事故直後の可動域制限」というハードルを課す思考です。

   しかし、神経損傷後の可動域制限は関節周囲の筋や軟部組織が伸縮性を失うことや癒着を起こすことによって生じるのであって、「骨がつっかえて動かせない」などの原因で生じるものではありません。

   怪我をするとその部位の組織が収縮して出血や細菌の流入を止めますが、神経を傷つけた場合などは痛みが治まらずに続くことがあり、その結果、組織の収縮も続き、その部位の血流低下、組織の劣化(伸び縮みしなくなる)、組織の癒着が生じます。これが関節周囲で起きると関節可動域制限となります。当初は痛みで動かせないと見られていた部位が、時間の経過で組織が劣化して他動でも動かせない状況(拘縮)になります。

   このように痛みによる可動域制限の固定化はある程度の時間を要するので、「事故直後に生じていなかったのはおかしい」というこの判決の考え方は誤りです。

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 ⅴ 判決は、「関節可動域の制限が医学的に合理的な説明によって裏付けられているとは言えず、その発生の機序が原告の主張立証によって明らかにされているとは言えない。」(81頁左列)と述べます。この部分もメカニズムの解明というハードルを課す思考です。

   可動域制限の基本的なメカニズムは上記のとおりで、この説明は取り立てて複雑とは思えないのですが、仮にこの説明が出なかったからといって現に計測された可動域制限を認めないのはおかしいと思います。

   メカニズムが不明なので結果(症状)を認めないという考えは、死因が不明なので死亡したとは認めないという理屈と構造は同じです。どうしてこの理屈に至ったのか理解し難い面があります。

   この事件の被害者は事故直後から左手の痛みを訴え、早期から可動域制限も訴えてきた(それ故に1か月半後までにCRPSの疑いを持たれていた)ので、最終的に可動域制限が存在し、それが事故によるものであることは明らかです。

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 ⅵ 判決は、その下の部分で左上肢の可動域制限について「その発生の機序が明らかにされていない以上、本件事故との因果関係を認めることはできない」と述べます。

   しかし、事故直後の時期から一貫して訴えてきた症状について「医学的メカニズムが不明であるから、事故との因果関係を認めない」とすることは、やはり一般人の常識から著しくかけ離れていると思います。

   メカニズムが不明の事案において「他の原因が考えられない」という常識的な思考から因果関係を認めた一連の最高裁判決(ルンバール事件、B型肝炎事件、概括的認定の多くの裁判例など)も存在します。メカニズムにこだわることの誤りはこれまで何回か述べてきました。この誤りもハードル型認定で多く見られます。

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9 「明確な客観的所見」に証拠を制限する誤り

 ⅰ 上記のとおり判決は、医師が確認した可動域制限を認めるためには「明確な客観的所見」が必要であると述べて、可動域制限を認めませんでした。この部分もハードルを課す視点での検討です。

本件で被害者の症状を認定するに際して、活用できる全ての証拠を総合した場合、被害者の主張するとおりの症状が存在すると考えられます。ところが、判決は現に存在するものとは別次元の問題として「明確な客観的所見」が必要であり、それがない限りその症状は認めないとしています。これではほとんどの症状が認められなくなります。この部分は、それ以上に根の深い問題があります。

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 ⅱ 判決があえて「他覚的所見」や「明確な他覚的所見」との言葉を用いなかったことには理由があります。繰り返し述べてきましたが「他覚的所見」は医師が看取することのできた全ての症状を意味します。これは医学的にも争いはなく、労災や自賠責でも当然の前提とされている初歩的な知識です。「他覚的」という言葉のとおり、他者が五感の作用で看取できれば足ります。臨床では医師が五感の作用で得ることのできる全ての情報が治療のために総動員されます。

   これに対して、訴訟では加害者側は「他覚的所見」が画像所見などに限定されるとの誤解に誘導します。かなり大胆な誘導ですが、このレベルの初歩的な知識を欠いたまま判決が書かれることが少なくないため、ほとんど全ての事件でこの誘導は行なわれます。もちろん裁判官が「他覚的所見」の正しい意味を知っている場合も少なくないので、加害者側は「明確な他覚的所見が必要である」とのあいまいな表現を用いることが通常です。

   医師が目視、徒手、触診などで確認した症状は全て「明確な他覚的所見」ですので、「他覚的所見」と意味はほとんど同じです。即ち、「明確な他覚的所見」という言葉は、「他覚的所見」の意味をきちんと理解していない人を誤りに誘導するために用いられます。

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 ⅲ 「他覚的所見」の有無では後遺障害を判断できないので(被害者の主張する症状のほぼ全ては他覚的所見であるので)、労災や自賠責では「他覚的所見」を総合的に判断することが求められ、労災では労務に影響する度合いが12級と14級の区分基準とされています。

一方、対象が労働者であることが前提とならない自賠責では症状が医学的に「説明できるもの」か「証明できるものか」で区分されます(但し、この区分論は青い本のみで、赤い本にはこの記載はありません)。訴訟では裁判所が「存在する」と判断した症状を認定するだけのことで、とくに制限はありません。

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 ⅳ 本件の判決は症状を認定する証拠を画像所見などに限定することを述べるために、あえて「明確な客観的所見」との言葉を用いたと考えられますが、これでは「他覚的所見」の定義を正しく理解した意味がなくなります。

   「他覚的所見」の定義を正しく理解した場合には、患者から看取することができた全ての症状を余すところなく総合的に検討することが重要であるとの帰結に至ります。これに対して、「明確な客観的所見」のみを基に後遺障害の度合いを判断するべきであるとすることは、本末転倒の致命的な誤りというほかありません。

   画像所見などに証拠を限定する誤りは無条件で天から降ってきたものではなく、「他覚的所見」の意味を誤解したことによってのみ導かれるはずです。他覚的所見の意味を正しく理解していれば、証拠の限定を正当化する根拠は存在しなくなります。ところが、この判決は無条件で「明確な客観的所見」に証拠を限定する誤りに至っています。判決はその他の部分でも無条件でハードルを課している検討が目立ちます。しかも、そのハードルが「ないものねだり」になっています。現に存在する証拠をそのまま検討する視点がなく、心証が高度に空洞化しているように見えます。

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 ⅴ より根本的には、ある事柄を判断する上で、判断の基礎とする証拠を制限することは適切ではないという問題があります。民事訴訟では原則として証拠方法(証拠となりうるもの)に制限を設けられていません。民事訴訟法が証拠方法に制限を設けなかったのは視野を広くした方が正しい結論に至りやすいからです。

   ところが、裁判例の中にはマニュアル化した方法に従うことで正しい結論が出せるとの錯覚から、証拠を序列化して検討対象を狭くする流れがあることも事実です。検討対象が狭くなれば、その狭い対象のなかから正解を導いたとの実感は強くなります。100個の選択肢から1つ選び出した場合よりも2個の選択肢から1つ選び出した方が、正しさへの確信は強くなります。選択肢を1つに絞れば主観的な確信は最大になります。

   選択肢を狭めると確信の度合いは強くなるため、正しい判断が求められる立場の人には何らかの理由を持ち出しては視野を狭めようとする傾向が生じます。この傾向から、事実認定の基礎となる「動かし難い事実」を「明確な客観的証拠」に取り違える誤りが生じやすいと言えます。

   「何が起きたのか」との視点で実質的な心証を取らない人は、他に選択肢がなくなったことにより自動的に結論を決めて、その結果として心証を形成する傾向があります。

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 ⅵ 伝統的な事実認定論では裁判官が事実を認定するにあたって「動かし難い事実」を軸にするべきであるとされてきました。「動かし難い事実」とは価値の高い直接的な証拠のことではありません。

本件では①被害者が一定の症状を訴えていた事実、②被害者が一定期間通院した事実、③医師が一定の症状を確認した事実、④医師が可動域測定をして一定の結論を出した事実、⑤医師がそれを基にある診断をした事実は、その性質上その事実自体が否定されることは、まずありません。固定性の強い事実です。

これらの事実から導き出される結論は、「おそらく被害者の主張する症状(医師の確認した症状)は存在するであろう」ということで、これが動かし難い事実です。一般人が常識的な見方をすればほぼ全員が同じ実感を強く持つと思います。この種の強い実感は「結論の妥当性」と言われるものでもあります。この種の強い実感は「動かし難い事実」の中でも最も重要なものであると思います。この実感を拒絶して証拠の確実性を求めていけば、視野が狭くなると思います。

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