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2014年4月13日 (日)

7年5か月後に固定とされた左肩CRPS(25.7.11)

1 大阪地裁平成25年7月11日判決(自保ジャーナル191238頁)

  この事案の特徴は、①症状固定まで7年5か月を要したこと、②判決が診断の適否に拘らなかったこと、③症状の程度の判断で診断基準を取り込んでしまったこと、④骨萎縮、筋萎縮に拘ったこと、⑤自営業者の収入について適切に判断していることなどです。

 

2 症状の経過

  被害者は事故時51歳の解体自営業男子です。平成13年6月25日にバイクで直進中に路外に出ようとした乗用車に衝突される事故に遭います。以下の経過で症状固定までに7年5か月を要しています。自賠責では12級(痛みについて12級、関節可動域制限は非該当)とされ、被害者は5級相当と主張して提訴しています。

 

 事故当日…B病院。左鎖骨骨折に対して手術が行なわれ39日間入院。手術後に鎖骨痛、左肩疼痛・異常知覚・関節運動痛が確認される。退院後はB病院に通院した。

 1年1か月後…左鎖骨の骨癒合が生じたことから、抜釘術が行なわれた

 1年半後…C大学病院への通院を始める。左鎖骨骨折後左側肩関節周囲炎と診断される。「リハビリしていたが徐々に左肩関節部疼痛出現・増悪してきた。」、「左肩関節部痛は受傷後数日して出現、現在初発時より症状強く認める。自動での屈曲(腕を前から上に挙げる)と外転(腕を横から上に挙げる)が20度しかないとされる。

 

*手術後に骨の癒合が遅れて抜釘が1年1か月後となり(痛みが続くと骨の癒合は遅れる傾向があります)、肩の自動可動域が大幅に低下していることからは、この時点ですでにRSDを疑うことができる状況にあります。

 

(以後のC大学病院での経過)

1年7か月後…針治療により90度挙上できるようになる。

 1年8か月後…今のところRSDは考えていないとされる。

 1年11か月後…MRIにより腱の肥厚、関節溝の変形・滲出を認め、炎症による変化を疑われる。

 2年1か月後…まだアロディニアきつい。この頃に星状神経節ブロックが始まる。左肩部RSDとされる。

 2年2か月後…ペインコントロール不良。

 2年5か月後…左肩のモビライゼーションのために入院、手術を受けて、一定の改善が生じた。

 2年8か月後…左肩のモビライゼーションのために再度の入院・手術

3年8か月後…右足を打撲して、のちに右足もRSDと診断される。

 7年5か月後…症状固定とされる(C大学病院)。左肩の関節可動域は、屈曲(腕を前から上に挙げる)が18度、伸転(後から上に挙げる)が12度、外転(横から上に挙げる)が25度、外旋(肘を90度曲げた状態で外に開く)が38度、内旋(肘を90度曲げた状態で内に閉じる)が43度であった。

 

3 症状固定までの期間について

 ⅰ この事案の特徴は症状固定までに7年5か月もの期間を要した点にあります。これまで検討した事案でも症状固定までに4年や5年を要した事案がありましたが、7年5か月は最長です。

症状固定までに長期間を要した事案では症状の悪化がゆるやかで徐々に悪化して行ったという事情が多く見られます。本件では1年半後の時点でかなりの可動域制限が生じていますが、2年半後(平成16年)ころから関節拘縮に至ったとしているので、他動可動域の制限が遅れて生じたようです。7年5か月後の可動域に自動・他動の区別の記載がないのは、非常に強い痛みのため他動での検査ができなかったと考えられます(この事情はしばしばみられます)。

 

 ⅱ 関節拘縮は、関節周囲の組織の伸縮性が低下して生じます。骨やスジが引っかかって動かせない状況ではありません。伸縮性が低下した組織を無理やり動かすと組織が引き剥がされて損傷を受け、強い痛みとなります。その痛みがさらに組織の伸縮性を低下させます。従って、我慢して動かせば治るというものではありません。このため多くの患者が関節拘縮の状況にまで悪化します。

関節拘縮の状況に至っても、一定以上の力を加えて組織を引き剥がせばより広い可動域を得られますが、非常に強い痛みが生じます。この事情のため他動可動域を確認することは多くの場合に困難です。

 

4 労災のアフターケア制度

 ⅰ 労災ではRSDとカウザルギーはアフターケア制度により、症状固定後も3年間は国の費用負担で治療が受けられ、その後も更新できます。本件が労災適用であったならば、症状固定が早められてアフターケア制度による治療に切り替えられていた可能性が高いと言えます。

   加害者の損保が早期の症状固定を求めて治療を打ち切ることはしばしばあるので、CRPSが疑われる事案で労災が並行して使える場合には、早期から労災の手続も進めておいた方が良いといえます。但し、加害者の任意保険が対応している場合には、会社側はほぼ全ての場合に労災を使うことを嫌がる傾向があります。

 

 ⅱ CRPSがアフターケア制度の対象とされているのは、症状固定後も治療を続ける必要が特に高いからです。CRPSでは治療を止めてしまうと関節拘縮が悪化するおそれが強くあります。実際にもCRPSの裁判例では、被害者が症状固定後に症状が悪化したと主張している事案は多く見られます。労災でも早期に症状固定となり、その後に悪化すると同じ問題が生じます。

   この点をも考慮すると、判決が医師の判断に従い7年5か月後の症状固定を認めた点は穏当であると思います。但し、治療内容によっては症状固定を4、5年後にしてその後数年の治療費をアフターケア的な必要性から賠償対象に含める判断の方が良いのかもしれません。

 

5 各種の診断基準、判定指標の意味

 ⅰ CRPS(RSD、カウザルギー)には歴史的には多くの診断基準があります。本件ではギボンズの診断基準、国際疼痛学会(IASP)の2005年の判定指標、日本の2008年の判定指標に言及しています。

   いくつかの診断基準・判定指標に言及するときに多く見られる誤りは、診断基準が異なれば、CRPSとされる範囲が変わるという誤解です。本件の判決にもこれが見られます。

   例えば、ランクフォード(Lankford)の基準を用いた場合に、基準に当てはまらなかった患者はもとより基準に当てはまった患者についても、他の疾患でその患者の症状を説明できるか検討します(鑑別診断)。その結果、最終的に他の疾患(関節リウマチ、線維筋痛症など)とされることもあれば、CRPS(RSD)であったとされることもあります。診断基準を変えたところ、何の疾患か分からない病態(分類されない病態)が生じてしまうというのでは、おかしなことになります。

 どの診断基準を用いても、その先の鑑別診断を経て最終的な診断が下されるので、診断基準が異なっても最終的な診断はほぼ同じになるはずであり、同じになるべきであると言えます。

 

 ⅱ このことはIASP、アメリカ、日本の判定指標からはより明確に理解できます。これらの判定指標は感度(その疾患を有する人が陽性になる度合い)と特異度(その疾患を有しない人が陰性になる度合い)が公表されています。臨床用指標は感度が80%ほどになるように調整され、研究用指標は特異度が90%以上になるように調整されたものが作成・公表されています。

   例えば、99年のアメリカの判定指標は、臨床用は感度85%、特異度69%、研究用は感度70%、特異度94%です(『神経障害性疼痛、診断ガイドブック』147頁)。

IASPの05年の判定指標は、臨床用感度85特異度60研究用感度70特異度96です。

日本の08年の判定指標は、臨床用は感度82.6%、特異度78.8%、研究用は感度59%、特異度91.8%です。

   即ち、診断基準や判定指標は、その基準だけでCRPSを判断するものではなく、必ず鑑別診断が必要とされます。臨床用基準の感度が高いのはより多くのCRPS患者を対象に含めて患者の漏れをなくすためです。研究用指標の特異度が高いのは、他の疾患の患者が紛れ込まないようにするためです。

 もちろん、臨床用指標を用いても研究用指標を用いても、ある患者についての最終的な診断は同じになるはずであり、同じにならないとしたら問題です。判定指標とは別個独立した方法(鑑別診断など)で罹患の有無を判断できるからこそ判定指標が作れるのです。

 

 ⅲ 以上のとおり診断基準や判定指標を多く列挙してもほとんど意味がありません。診断のために重要とされるのは、これらにより一次的な選別を経た後の鑑別診断の方にあります。

判定指標は、鑑別診断を行なう前段階としてその患者がCRPSである可能性がどれくらいであるのかの目安を提供します。判定指標の有用性は患者を選別する能力、即ち感度・特異度により決まります。

   これまで「診断基準」として提唱された多くの学説も、その基準のみでRSD(CRPS)であるかどうかを決められるわけではなく、より多くの患者を正しく選別できる基準を目指すなかで提唱されてきたものです。

実は医学的に「診断基準」とされるもののほぼ全ては、その基準だけで全ての患者の診断をすることはできません。最終的に診断を確定させるためには鑑別診断が不可欠です。

 

 ⅳ これに対して、判決は、「CRPSについては多数の判断基準が作成されており、そのいずれを用いるかによって、CRSPであるか否かという結論に差異が生じてくることになる。」(50頁)と述べますが、かなり初歩的な誤りです。この誤りのため判決は診断の適否を検討してもたいして意味がないとの結論に向かいます。

判決は医学的な基礎知識が大幅に不足しているため、現場での医療レベルを見下しているようにも見受けられます。また、CRPSという難病に罹患したこと自体についての差別的な感覚(この人は普通ではないからCRPSに罹患した)は多くの裁判例で窺われます。

 

6 診断の適否は必ずしも判断する必要はない

 ⅰ 判決は「原告の症状がCRPSであるか否かということそれ自体を検討、判断することに積極的な意義はないというべきであり」(50頁)として、診断の適否には拘らないと述べています。ここに至る経緯での誤りは上記のとおりですが、私はこの部分だけを取り出せば、間違いではないと思います。

 

 ⅱ 交通事故訴訟で被害者が主要事実(法的な要件となる事実)として主張しているのは、最終的に被害者に残存することとなった症状(事実的損害)の存否と程度です。即ち、個別の被害者は具体的な症状そのものを主張し、その症状を金銭に評価して賠償額を定めて欲しいと主張しています。

   従って、症状の存否と程度が認定できれば、病名が認定されなくとも構いません。病名は被害者の症状を裏付ける間接事実の1つに過ぎないので、必ずしも認定する必要はありません。

   被害者の症状を認定するための資料(証拠)はそれ以外にも数多く裁判に提出されています。まず、被害者自身の供述です。次に、被害者を診察した医師が確認した症状です。診察した医師が複数となればその価値が高まります。さらに個別の症状についての検査結果なども重要な証拠です。本件では被害者の上肢の可動域制限を医師が繰り返し観察してカルテ等に記載してきたことは重要な意味を持ちます。

被害者の受けてきた治療の内容や治療を受けてきた期間なども、当然にその症状が存在すると考える判断材料となります。被害者が事故によりどの程度就労の制限を受けているのかという事実も、被害者の症状の程度を判断する重要な資料です。

これらの証拠から被害者の主張する症状の存否が判断できない事案は非常にまれであると思います。本件でも被害者の主張する後遺障害が存在することはこれらの事情から優に認定できます。従って、診断された病名が正しいかどうかにこだわる必要はありません。

 

 ⅲ 裁判例でも、被害者に対する診断の適否の判断にこだわらず、その判断を留保して被害者の症状を認定したものはしばしばみられます。

   比較的最近のものでは、東京高裁平成22年9月9日判決(自保ジャーナル1832号)は「控訴人がWHOの定めた軽度外傷性脳損傷に関する平成16年の定義に該当するか否かについては、本件訴訟においてはそれを確定することが必要なわけではない。本件訴訟において重要なことは、本件事故によって控訴人が頭部に衝撃を受け脳幹部に損傷を来してこれを原因として後遺障害を残存させたか否かであるところ、この事実は上記のとおりこれを認めることができるものである」(15頁)と述べて、軽度外傷性脳損傷と診断できるかどうかに関わらないものとして被害者の症状の存在を認めています。

 横浜地裁平成24年7月31日判決(判例時報2163号)は「原告は脳脊髄液減少症を発症した疑いが相当程度あるから、原告の上記症状は、脳脊髄液減少症による可能性が相当程度ある。また、仮にそうでないとしても、原告の現在の神経症状が上記のとおり重いものであることは明らかであり」(85頁)と述べて、被害者の症状の存在を認めています。

 

7 診断の適否は症状の有無に関係しない

 ⅰ 「診断が誤りなので症状は認められない」との誤り

 裁判例でしばしば見られる誤りに、「被害者に対する疾患Rとの診断は正しいとは認められないので、被害者の主張する症状は認められない。」という理屈があります。

たしかに診断によってその症状に対する見方が変わるという面はあります。例えば、強い腹痛で胃の辺りがキリキリ痛むのでネットで調べてみて胃がんだと確信した患者が病院に行ったとします。そこで医師から「胃がんじゃありませんよ。」と言われたとすると、その症状はかなり軽い症状のような気もします。けれども、強い腹痛で胃の辺りがキリキリ痛むという症状が存在することには変わりありません。もしかすると大腸がんかもしれません。十二指腸潰瘍かもしれません。

   本件においても、CRPSとの診断が誤りであって他の疾患であったとしても、被害者の症状は変わりません。症状は診断をする際の大前提であっていかなる診断が下されようとも、その症状は変わりません。

 

 ⅱ 「診断が正しいから症状が存在する」との誤り

逆に、「診断が正しいから症状が存在する」との考えも誤りです。症状は診断をする際の大前提であり、症状が存在することを根拠として診断を下したのに、その診断により症状の存在が裏付けられるとすると、循環論法になります。

以上のとおり、診断が正しかろうか誤っていようが、症状には何ら影響は与えません。荒っぽい例えですが死亡診断書に記載した死因が間違っていようが死亡した事実が変わらないのと同じです。診断は事実(症状・検査結果)を前提とした評価ですので、事実を変える力はありません。

   しかし、臨床では診断が必要とされます。上記の例で患者に「ではどんな病気ですか。」と尋ねられた医師が「とにかく胃がんじゃないから今日は帰りなさい」と答えて済ますわけにはいきません。やはり、病名を解明する必要があります。訴訟では治療のために病名を解明する必要がないので、診断の適否を留保することは可能です。

 

 ⅲ 診断した事実それ自体が証拠となる

   訴訟では診断の適否は必ずしも検討する必要がありませんが、医師がある患者に対して、一定の症状と検査結果からある病名の診断をしたことは、それ自体が証拠としての価値を有します。ある病名の診断がなされた事実は、その病名を診断するにふさわしい症状(ないし病態)をその医師がその患者に確認した事実を裏付けます。

   従って、本件のように大学病院で持続的にCRPSと診断されたことは、それ自体が重要な証拠価値を有します。この証拠価値は診断の適否とは別個に存在します。判決はこの点を軽視しているように見えます。

 

 ⅳ 「由来する症状論」は誤りである

   「診断が正しいとは認められないので、症状は認められない。」とすると端的に誤りと断定できます。そこで最近しばしば見かけるのが「由来する症状論」(私が勝手に命名しました)です。

これは、①被害者が疾患Rにり患したと認めるに足る証拠はない。故に②被害者の症状は疾患Rに由来する症状とは認められない。との理屈を述べるものです。その上で、「被害者が訴える症状Sは本件事故により被害者が疾患Rにり患したことに由来するものではない」などと述べます。

   「由来する症状論」では、①では症状ではなく診断に着目することにポイントがあります。症状(主要事実)の有無を検討対象にするべきであるのに、診断(間接事実の1つ)の適否に置き換えています。

加えて、「被害者は疾患Rにり患したかもしれないが、それを認めるに足りる証拠はない」として診断の適否の結論を回避します。これは間接事実に証明責任を適用する誤りです。

   加害者側の視点でみると、①各種の検査結果などから被害者に症状が存在することを正面から否定することはやりにくい。②しかし、「疾患Rを発症したことは確実だ」という命題なら否定できそうだ。③そこで「疾患Rを発症したことは確実とはいえない。よって、症状は疾患Rに由来する症状とは認められない。」として、否定の結論を導きます。

気付いてみると、一番重要な症状の有無や程度は正面から検討されていません。診断の適否も「確実ではない(認めるに足りる証拠はない)」とされて実質的な検討はされていません。このように判断を極限まで空洞化して否定の結論を導くところに「由来する症状論」の特徴があります。

これはこれまでに「抱き合わせ否定論」として何回か批判した理屈と構造は同じです。最近は判断を空洞化させる手法が色々と発達してきた感じもします。

 

8 3要件基準は診断基準でも重症度を認定する基準でもない

 ⅰ 労災の判断枠組み

労災では、CRPSをカウザルギーとRSDに分けて、カウザルギーについては診断の基礎となった症状が存在するとの前提でそのまま後遺障害等級を認定します。RSDについては3要件(関節拘縮、骨の萎縮、皮膚の変化)が認められれば、カウザルギーと同様に判断します。これが労災での基本的枠組みです。自賠責でも同じです。

 

 ⅱ 労災では診断の適否は判断しない

   労災ではカウザルギーやRSDの診断の適否は判断対象ではありません。医師ではない労災の担当官がこれを判断すると医師法違反になります。RSDの3要件は、RSDとの診断が正しいとの前提で「3要件を満たすRSD」をカウザルギーと同様に扱うとするものです。

   3要件がRSDであるかどうかを判断する指標ではない(診断基準ではない)ことは、厚生労働省の担当課が編集した『労災保険、改正障害等級認定基準』の45頁にも「3要件を満たさないものは、RSDに該当しないという趣旨ではありません」と明記されています。

 

 ⅲ 3要件は重症度の指標ですらない

RSDの3要件基準は「カウザルギーと同様に扱われるための要件」であって、いったんカウザルギーと同様に扱われることとなれば、その先で3要件を考慮することはありません。従って、労災や自賠責においてすら3要件は重症度を判断する際の指標ではありません。3要件を満たせば、あとは後遺障害診断書に記載の症状が存在する前提でその重症度を判断することになっています。

   CRPSのうち、カウザルギーは神経損傷が確認できる病態(タイプ2)でRSDは神経損傷が確認できない病態(タイプ1)です。そこで、労災では神経損傷が確認できないRSDについては、特に3要件を満たす場合にカウザルギーと同様に扱うとしたのです。

   しかし、3要件基準が厳しすぎて3要件を満たすRSDは1%以下と推測されることからは、この要件の設定はそれ自体が誤りというほかありません。以上のことは繰り返し述べてきました。

 

 ⅳ 本件では、加害者側からこの3要件基準を診断基準であるとする誤った主張がなされ(44頁)、判決もこれを診断基準であるかのように扱っています(49頁)。しかも、判決は、3要件を満たす度合いが高いほど重度のRSDであるとの二重の誤解もしています。

 

9 症状の重症度は全ての事情を考慮して判断するべきである

 ⅰ 上記のとおり、判決は各種の診断基準や判定指標を、「その基準だけでCRPS(RSD)であるかどうかを診断するもの」と誤解したために、基準ごとに結論が異なることになっておかしいから診断の適否は検討する必要はないとしました。結果的にみれば、症状を判断するに際して診断の適否にこだわる必要がないとした部分は正しいと思います。

 

 ⅱ 判決は、「診断の適否により症状についての医学的証明が与えられるわけではない」との趣旨も述べています。この部分も正しいと思います。しかし、ちょっと引っかかるところがあります。

   判決は、診断の適否にこだわらず「原告の症状についてどの程度他覚的所見に基づく医学的な説明が可能であるか、または永続する蓋然性がどの程度あるのかを検討」(50頁)するべきであるとします。ここも誤りとはいえませんが、ちょっと引っかかるところがあります。結論から言えば、判決は「他覚的所見」の意味をかなりまずい方向に誤解しています。この誤解は他の裁判例でもしばしば見られます。

 

 ⅲ 臨床では触診の結果なども含めて医師が感知した全ての所見が「他覚的所見」とされます。労災や自賠責でも「他覚的所見」をこの意味で用いています。このことは後遺障害診断書の「他覚症状」欄を見れば一目瞭然でしょう。医師が患者の協力を得て計測した可動域検査の結果はもとより、医師が触診などにより感知した患者のしびれや痛みも「他覚症状」の欄に記載されます。

   また、各種のCRPSの判定指標からも一目瞭然です。例えば日本版の指標(08年)で「他覚所見」とされているのは、以下のとおりです。

       A:皮膚・爪・毛の変化(目視で確認)

B:関節可動域制限(徒手検査で確認)

C:アロディニア(触診、ピンクリップテストで確認)

D:発汗の亢進ないし低下(触診や目視で確認)

E:浮腫(目視、触診で確認)

 

即ち、目視や触診や徒手検査で確認したものも当然に他覚所見となります。このように他覚的所見を正しく理解した場合、他覚的所見があるかどうかの区分は後遺障害の程度を判断する際の指標にはなりません。なにしろほぼ全ての症状について他覚的所見が存在します。

   そこで労災では後遺障害が就労に影響する程度をもって症状の程度を識別することとなっています。労災がこの基準を採用したことは被害者が就労していることが制度上の前提だからでしょう。

この前提がない自賠責では症状について医学的に説明できる場合が14級とされ、医学的に証明できる場合が12級とされています。但し、この「説明と証明の区分論」は『青い本』の解説にのみ書かれているものであり、自賠法やその規則や通達などの公的裏づけはありません。

 

 ⅳ 以上のとおり、症状の重症度を判断するにあたって、労災は就労に影響する度合いを重視し、自賠責は「説明と証明」の区分論を用いていますが、「他覚的所見」が必要とはどこにも書かれていません。というよりも、後遺障害として症状が記載されている以上、その症状には他覚的所見があることが前提となります。

   そこで原則に戻って、症状の重症度を判断するためには、被害者自身の訴えを重視しつつ、被害者を診察した医師の判断や検査結果、通院の期間や治療内容、被害者の生活や就労の上での実態などの症状を裏付ける全ての要素を考慮する必要があります。この観点から見れば、本件で被害者の主張する症状が存在することは容易に認められます。

 

 ⅴ これに対して、訴訟では加害者側は「他覚的所見」の意味を画像所見などに限定することを前提に、確実なもので症状が裏付けられる場合が12級で、その裏づけがなく症状を説明できるに過ぎない場合は14級であるとの誤った基準を主張します。本件の判決は「他覚的所見」の意味を誤って理解したことを前提に述べている部分がいくつか見られます。

 

10 症状の根拠に症状を求める誤り

 ⅰ 被害者の主張する上肢の関節拘縮はCRPSの典型症例です。医師が測定した可動域制限をそのまま評価すると肩関節の用廃として8級相当の後遺障害となります。これに筋力低下や痛みを総合して左上肢全体が機能していないと判断すれば5級相当となります。そこで被害者側は5級相当の後遺障害があると主張しています。

 

 ⅱ これに対して、判決は被害者に関節拘縮があると認めているものの、それが「器質的な廃用性変化」と認められなければならないとしています。関節拘縮は組織の伸縮性の低下や組織の癒着によるもので、それ自体が器質的な変化ですので、この部分は意味不明です。

ところが、判決は「器質的な廃用性変化」として骨萎縮や筋萎縮が必要であるとします(52頁)。ある症状が存在すると認められるために、別の症状が必要であるとする主張は加害者側からは頻繁に出されます。なかでも骨萎縮必須論や筋萎縮必須論は定番中の定番です。もちろん関節拘縮には骨萎縮も筋萎縮も必須ではありません。

関節拘縮は関節可動域検査により確認したことにより、端的に認定されるべきものです。症状の根拠に症状を求めること自体がおかしな話で、それをやりだすと無限後退に陥ります。

   判決は、「他覚的所見」の意味を誤解したことから、可動域検査の結果をそのまま信じるという穏当な結論に行けなくなり、確実な根拠として筋萎縮や骨萎縮を求めてしまい、それを正当化するために、筋萎縮や骨萎縮がある場合が本当の関節拘縮であるとの考えに至っています。前提の誤りを正当化するための泥縄式の流れです。

 

 ⅱ 筋萎縮必須論は成り立たない

繰り返し述べてきましたが、医学的にはCRPSには筋萎縮は必須ではありません。関節拘縮にも筋萎縮は必須ではありません。しかし、高名な医師の医学意見書で「これほど長期間にわたって関節が動かせない状況が続いていたならば、著明な筋萎縮が当然に生じるはずであり、それが生じないことは誠に不思議なことであり、私の長年の経験の中でもなかったことである」などと説得的に述べられると、信じてしまう人は少なくないようです。

裁判例の上ではこれを信じてしまった裁判官は半数くらいいます。しかし、CRPSの典型例として医学書に掲載されている患者のほぼ全員は上肢がぶくぶくと膨れ上がった方です。特に末梢にいくほど浮腫が強く生じていて、手は軍手を3重にはめたように膨れ上がっていることもあります。これは筋萎縮が著明に生じて、腕がガリガリに痩せ細った状況とは正反対です。臨床の実態からはどうして筋萎縮が必須と主張されるのか理解し難いと言えます。

私の知る限り、これまで提唱された数多くの診断基準や判定指標のなかで筋萎縮を判断要素の1つに含めたものは存在しません。むしろ逆に浮腫(腫脹)を判定要素に含めることが通常です。

   ところが、関節拘縮には筋萎縮が必須と強く信じてしまった方は、医学書の症例写真であっても「この患者は特殊であって参考にならない」とか、「この患者は関節拘縮が生じていないから腕が細くなっていないのだ」などの論理を生み出してしまうようです。この状況に至ってしまった方を説得するのはほとんど不可能に近いと言えます。理屈はどうあれ現に関節拘縮に筋萎縮は必須ではないというのが臨床の実態です。

 

 ⅲ 骨萎縮必須論も成り立たない

これも繰り返し述べてきましたが、骨萎縮も関節拘縮に必須ではありません。関節拘縮は組織の伸縮性の低下により生じるのであって、骨萎縮により生じるわけではありません。IASP(国際疼痛学会)、アメリカ、日本の判定指標では骨萎縮はCRPSの判断要素の1つにも組み込まれていません。従って、元々これを重視する理由もありません。

ところが、ギボンズの基準は骨萎縮を重視し、労災の3要件基準でも骨萎縮は必須とされています。そこで、3要件基準が診断基準であり、重症度を判断する指標でもあるとした2重の誤解から、骨萎縮を重視した判決は多く出ています。

裁判例の上では、重度の関節拘縮が生じていた被害者であっても重度の骨萎縮が生じていた方は非常に少数です。圧倒的大多数は骨萎縮が軽度であるか存在しないとされています。このため、骨萎縮必須論は詐病を主張する加害者側の定番中の定番です。

たしかに、「関節拘縮が生じて長期間関節が動かせない状況が続いたのであれば、必ず関節部で骨の萎縮が生じるはずである。私の長年の経験からは…」などの意見を説得的に述べられると、信じてしまうのはやむを得ない気もします。裁判例の上でも骨萎縮必須論を信じてしまった裁判官は半数を超えていると思います。逆に言えば信じなかった方も相当数います。

骨萎縮必須論を信じると、被害者が詐病であり、診断した医師たちはとんでもない低レベルのヤブ医者か被害者とグルであるという帰結が導かれることを考えると、何とか常識を働かせてこの理屈を拒絶するべきであると思います。

本件の判決は、「骨萎縮などの物理的な廃用性を伴っておらず、器質的な症状を前提とする上位等級の各障害と比較した場合、制限の程度や永続の蓋然性というところで、どうしても一定の差があるものと考えざるを得ないところである」(52頁)としています。この背景には「他覚的所見」の意味についての誤解も存在します。

 

 ⅳ 二重基準(特別基準)の誤り

   筋萎縮必須論や骨萎縮必須論は、ほとんど必然的に二重基準を導入します。一般的な診断基準でCRPSとされた患者について、「筋萎縮がないのでCRPSではない」とすると診断についての二重基準になります。

   厳密には「CRPSにより関節拘縮が生じたならば、必ず筋萎縮が生じるはずだ。筋萎縮がないので関節拘縮ではない。関節拘縮が否定されるのでCRPSではない。」という理屈で診断を否定します。この二重基準が生まれることからも、筋萎縮や骨萎縮の必須論は誤りと言えます。

 

 ⅴ 二重基準の導入

判決は、被害者について「類型的にCRPSとされる患者が有する症状の一部を欠いており、医学的に大多数の医師がCRPSと判断するかは必ずしも明らかではないところである」(52頁)と述べます。

しかし、本件で被害者がCRPSであることに異論をさしはさむ医師はまずいないでしょう。異論を述べるためには他の疾患でより適切に説明できることを示す(鑑別診断をあげる)必要がありますが、他の疾患の可能性が考えられません。判決には鑑別診断を知らないという初歩的な誤りが見られます。

   判決は診断の適否に必ずしもこだわる必要はないとの正しい判断を経由しているのですが、それは大学病院で多数の医師がCRPSと診断してその治療や手術をしてきたことから、その診断を否定できないために判断を回避したに過ぎないようです。

判決は診断基準や判定指標で考慮される色々な症状を列挙して、被害者に現れていない症状があることを理由に被害者の症状が重度ではないとのニュアンスを述べます(52頁)。その結果、実質的には「CRPSと言えるほどの症状があるとするためには、これらの症状がほとんど備わっていなければならない」との理屈になっていて、数十倍以上に要件を厳しくした別個の診断基準を作り出したのと同じ状況に至っています。

しかし、日本版指標の5項目のうちのどれか2つだけを満たす人(10通りの組合せのうちのいずれか1つを満たす人)という緩い基準でさえも、これを満たすCRPS患者は8割に過ぎません。判定指標の5項目のうちのいずれか1個しか満たさないCRPS患者は2割もいます。

判決の列挙する症状を全部満たす人はCRPS患者のうち1%もいないと思います。これでは診断の適否を留保したことの意味がなく、むしろより劣化した判断を導くための前ふりになっています。

 

 ⅵ 「由来する症状論」の誤り

なお判決のこの部分は実質的には「診断が正しくないので症状は認められない」との理屈と同じ内容になっています。

即ち、「類型的にCRPSとされる患者が有する症状の一部を欠いており、医学的に大多数の医師がCRPSと判断するかは必ずしも明らかではないところである」(52頁)との部分は、「類型的なCRPS」という架空の概念を作り出して、それに該当すれば個々の症状についても「CRPSによって生じた症状」であるとされて、それゆえに重い症状であるとされるという理屈になっています。これは「由来する症状論」を実質的に導入したとの同じで判断の空洞化を招きます。

 

11 認定した結論の先にあるものを具体的に想定するべきである

 ⅰ 本件では全ての事情を考慮すれば被害者の主張する症状が存在することは優に認められます。仮にこの事件を陪審員が判断したのであれば私と同じ判断に至ると思います。事実認定では健全な常識と論理法則に従ってそのままの事実を認めればそれで良いと思います。

   陪審員による判断であれば、被害者が症状固定までの7年5か月の間に疼痛緩和のために様々な治療を受けてきたことや、関節拘縮を和らげるために2回の入院・手術を受けたとの事実から、端的に関節拘縮を認めると思います。

   これに対して、本当は関節拘縮が進行していないのに、詐病を主張して長期間にわたって治療を受け、2回も手術を受けたと考えることは無理があります。また、これに騙される医師がいるはずもありません。それゆえに可動域測定の結果はそのまま採用することが穏当であると言えます。この常識的な見地からは、事故から12年ほど経過した判決時において、骨萎縮や筋萎縮がないから関節拘縮は器質的なものではなく、永続性がないという理屈を持ち出すこともないと思います。

   ところが、関節拘縮があるとするために「特別な何か」が必要であると固く信じてしまう方向性から筋萎縮必須論や骨萎縮必須論を信じてしまった裁判例は多く見られます。

 

ⅱ 事実認定のために一般人の大半が信用するレベルでの証拠では足りず「特別な何か」を求める傾向は、裁判官であるが故に生じる傾向であるとも言えそうです。

   即ち、「いやしくも裁判官が事実として認定するからには、おおよそ一般人の大半がその事実が存在すると信じるに足りる事情が存在するのみでは足りず、法的にその事実の存在を肯定することを認めるに足りる特別な事情が必要というべきである。」との感覚です。

   これは「裁判官は国民から裁判権を委託された重要な地位にあることから、その裁判権を行使するには相応の根拠が必要であり、単に国民目線で判断すれば良いというものではない。」との考えとも言えます。この考えは、「確実な証拠もなしに訴訟を起こした方が悪いんだ」との価値観にも通じるものがあります。

   私はこういった権力的な発想は国民主権のもとの裁判権としてはふさわしくないと思います。国民目線で判断して構わないと思います。普通の国民の常識に合致した結論を導くべきです。

 

 ⅲ 判決が関節拘縮を認めるために筋萎縮や骨萎縮などを必要とする論理に至ったのは、長期間の通院や医師による治療や2回の手術といった「形のないもの」を軽視したためであるとも言えます。判決が筋萎縮必須論や骨萎縮必須論を信じてしまったのは、「形のあるもの」にこだわったためであると言えます。

   しかし、症状の存否や程度の判断は、それに関連する全ての事情を考慮するべきであって、証明手段を限定することは自由心証主義にも反すると言えます。民事訴訟では証拠方法に制限はない(弁論の全趣旨が証拠となる)のが原則です。従って、証明のための手段を限定することはこの原則に対する重大な例外となります。証拠方法を制限せずに自由で柔軟な判断を確保することは、裁判官が自己の良心に従って判断する上で何があっても譲ってはいけない部分(聖域)であると思います。

 

 ⅳ 被害者が長期間通院して疼痛緩和の治療を繰り返してきたことや医師がその症状を確認した上で2度の手術を行なったことは、普通に考えれば非常に強い疼痛やこれによる可動域制限(関節拘縮)が存在することを裏付ける端的な事実です。この思考こそが原則とされるべきです。

   これに対して、「詐病の被害者が無理に長期通院していたかもしれない。」などの懐疑論を持ち出されると、その懐疑論にはほとんど反論不可能です。なぜなら懐疑論は次々と別の懐疑論を生み出すことで反論から逃げ続けるからです。2度の手術も「医師もグルである可能性は否定できない」との懐疑論を持ち出せばキリがありません。

   このように懐疑論を持ち出せば、おおよそいかなる一般論・原則論も無意味になります。原則となる思考を放棄してしまえば判断は場当たり的なものとなります。

   原則論を否定する特殊な事情が存在することは、その特殊な事情を主張する者が証明するべきことは議論の一般原則として広く認められています。この観点からは、原則論で認定するために特別な証拠を求めたことは論理的にも正しくないと思います。

 

 ⅴ 実際問題として、この判決の判断を医師や一般人の視点から見ると非常に根深い問題を起こすことになります。長期間診察して2度も手術をした患者の症状を医師が見誤ることはありえないため、患者の関節拘縮を否定したことは「医師もグルである」と断定したと言えます。この受け取り方は一般人の目から見ても常識的な理解であると思います。判決は実質的には、被害者は10年以上も詐病を訴え続けてきて、医師もこれに加担したと認定していますが、さすがにこれはまずいと思います。

 

 ⅵ ところが、この判決は被害者が詐病かどうかをほとんど考慮していないように見えます。判決は「他覚的所見」の意味を誤解して、関節拘縮を認めるためには筋萎縮や骨萎縮が必要であると考えてしまい、しかも、訴訟でもその基準を用いるべきだという誤り(証拠方法の制限)にも陥ってしまったために、機械的な操作で関節拘縮を否定したように見えます。この過程では被害者の実態は考慮に入ってきません。

   また、CRPSと診断された被害者の症状についても、判決は上記のとおりCRPSであるかどうかの判断を留保し、一方で多数の症状のうち一部が欠けていることを指摘して、被害者の症状全体が「類型的にCRPSとされる症状」ではないとして、そこから被害者の個々の症状も軽いはずだとの論理(由来する症状論)を述べています。

   このように実質的な判断を高度に空洞化させているため、判決は被害者の詐病や医師の加担を実質的に認定したという意識もほとんど持っていないようにも見受けられます。

しかし、被害者の主張する後遺障害(医師が診断した症状)をそのまま認めれば5級となるところを、判決で12級としたことは特別な説明(詐病と医師の加担)を要する異常な事態です。12級という結論の先にあるもの(詐病と医師の加担)を直視するべきであって、そのことから結論の妥当性に疑問を持って然るべきであると思います。

 

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