無料ブログはココログ

« 倉庫内の事故で発症した左半身RSD(23.11.30) | トップページ | 4か月治療中断した左上肢RSD(24.6.21) »

2012年9月17日 (月)

日本版指標を検討した右上肢CRPS(24.3.27)

1 東京地裁平成24年3月27日判決(自保ジャーナル1873号54頁)

  この事件では、右上肢CRPSが問題となっています。この事案の特徴は、①右肩腱板損傷に起因する右上肢のCRPSであること、②CRPSが重症化する経過がゆるやかであり、事故から4年5か月後にCRPSとの診断を受けたこと、③判決が国際疼痛学会と日本のCRPSの判定指標に言及したこと、④判決が日本版の指標を検討するも自賠責の3要件基準を重視したことなどです。

2 症状の経過

 被害者は50歳男子大学非常勤講師で、平成18年10月7日に交差点を直進していて、右折してきたタクシーと衝突して怪我を負います。

   

  事故当日・・・G病院。エアバッグによる打撲痕が全胸部に認められ、咽頭に違和感あるも、レントゲンでは骨折は認められず。

  4日後・・・D病院。頚椎捻挫、右肩打撲、頭部・胸部打撲と診断され、約半年間に17回通院。事故10日後の握力は右40kg、左42kgであった。

50日後・・・D病院。重いものを持った後から右肩を中心に痛みが再燃したと医師に告げる。その後も右肩痛を訴える。

  5か月後・・・D病院。右肩から右手までしびれが出たと医師に告げる。

  5か月半後・・・H整形外科。平成19年3月22日から半年間に82回通院。初診日に右肩、右肘、右手首、右手指の症状を訴える。腕の挙上で痛み、ペンが持ちにくい、字を書くときに力が入らない。握力は右25kg、左35kg。右肩に可動域制限あり。疼痛や感覚異常が著明とされる。

       頚椎MRIでは異常は見つからず。右肩MRIでは腱板に損傷ありとみられ、事故10か月後の右肩MRIで棘上筋腱損傷と診断される。以後右肩の可動域制限が悪化する。

  2年後・・・H整形外科。症状固定。傷病名は外傷性頸部椎間板ヘルニア、右肩腱膳板損傷、自覚症状は右肩痛、右上肢痛、右手しびれ・ふるえ、頸部痛、他覚症状は頸部の可動域制限、ジャクソンテスト・スパーリングテスト・右陽性、C5領域異常知覚、C6・7・8の知覚鈍麻あり、握力右14kg、左25.5kg、右肩・右肘・右手関節に可動域制限ありとされ「臨床像はCRPSに一致すると考えられます。」とされる。

  2年2か月後・・・14級9号の「局部に神経症状を残すもの」との後遺障害認定を受け、二度の異議申立でも変わらず。

  2年7か月後・・・Cクリニック。事故3年半後に星状神経節ブロックで背部の疼痛が悪化したこと、左手の皮膚が光釈していること、左手が右手に比して冷感があること、疼痛の範囲が拡大していることなどを指摘して、RSD又はCRPSタイプⅡが悪化している可能性があるとされる。

  3年10か月後・・・B大学医学部附属病院。右上肢の色調の変化が確認される。手の発汗の増加、右手が黒くなったり赤くなったり汗が出たりするとの訴えがある。アロディニア、痛覚過敏が確認される。

  4年5か月後・・・B病院で右肩肩板損傷後CRPSとの診断を受ける。右上腕挙上不可、右上肢の色調変化、知覚低下、アロディニア、痛覚過敏ありとされる。

  4年10か月後・・・J病院。右肩関節MRIで肩関節腱板のうち、棘上筋腱に断裂をみとめ、上腕骨骨挫傷疑い、関節唇損傷とされる。

3 CRPSの症状の経過がさまざまであること

 ⅰ 以上のとおり、本件は右肩の受傷(腱板損傷など)をきっかけにCRPSを発症したもので、症例も上肢の拘縮という典型例です。最終的な症状がCRPSであることは特に問題はありません。しかし、症状の進行が非常にゆるやかであったこともあり、正式にその診断を受けたのは事故から4年5か月も経過した後です。

本件では5か月後の時点では右肩の可動域制限は小さかったものの、その後肩・肘・手首の関節可動域が徐々に制限されていきます。事故から3年経過した後も症状が悪化し続け、最終的には右上肢全体が典型的なCRPSの重症化となるに至っています。

 ⅱ これまで検討した事案のなかには、半年で重症化したものもあれば、1年以上経過してから症状の悪化が進んだものもあり、症状固定が事故から4年や5年経過した後となったものもあり、CRPSの症状の経過は事故ごとに大きく異なります。RSDについての「病期説」は、このような臨床の事例に整合しないことから、今では支持されていません。

4 CRPSの判定指標の位置づけ

 ⅰ 判決は国際疼痛学会(IASP)の94年、05年のCRPS判定指標や日本版の08年の判定指標に言及していますが、初歩的な部分でいくつもの誤りをしているため、正しく検討できていません。

 ⅱ 指標とは

   まず判定指標はあくまでも「指標」すなわち「目安」であって、この指標を満たせばCRPSであるとか、満たさなければCRPSではないというものではありません。08年の日本版判定指標(臨床用)は、「CRPS患者の8割はこの指標を満たします」、逆に言えば「CRPS患者であってもこの指標を満たさない人が2割います」という目安として臨床での診断に役立てるものとして作成されています。

   これを看過した誤りの典型は「指標を満たすのでCRPSである」とすることや、「指標を満たさないのでCRPSではない」とすることです。

   05年のIASP判定指標があるのに、なぜ日本版が作られたのかというと、その元になった99年のアメリカの判定指標について、オランダでの感度や特異度がアメリカとはかなり異なっていた(低かった)ことから、文化圏や医療システムなどによる違いが大きいとされ、個々の医療文化圏に応じた判定指標が必要であると考えられたからです(『複合性局所疼痛症候群CRPS』70頁)。つまり、目安としての判定指標はその国ごとに作成した方が診断に役立つということで、日本版の指標が作られています。

 ⅲ 目安(指標)はあくまでも目安であること

   判定指標はあくまでも診断の目安に過ぎず、指標のみで診断をすることは誤りです。患者に生じた全ての症状について、CRPSで生じるとされている症状であるのか、他の疾患でも生じうるものであるのかを検討する必要があります。この点を看過した誤りの典型は指標にある症状のみを検討することです。

   日本版とアメリカ版、IASP版では指標に含まれる項目に違いがあり、最も大きな違いは日本版の指標に含まれる症状が少ないことです。一見すると日本版は5項目あって、アメリカやIASPの4項目より多いように見えますが、実際は1つの項目で列挙される症状が少ないため、日本版では検討対象の症状が少なくなっています。

   上記の各指標からも明らかなとおり、CRPSには必須の症状は1つもありません。日本版の指標は「CRPS患者のうち、指標の5項目のうち2つを満たす方は8割ほどである。」という目安です。例えば5つの項目をA~Eとすると、そのうち2つ、例えばAB、BC、AC、CD、AE、BE、AD、EC、BDなどの多数の組合せのうちのどれかを満たす患者はCRPS患者のうちでも8割しかいないことを意味します。さらにA~Eのうちの1つしか満たさないCRPS患者が2割もいます。

 ⅳ 臨床用か研究用か

   判定指標には臨床用と研究用があります。これはどちらが正しいというものではありません。この点についての典型的な誤解は「臨床用は満たすけれども研究用は満たさないのでCRPSではない」というものですが、判決ではそのニュアンスが述べられています。

   「CRPS患者の約8割はこの指標を満たす。」という臨床用をもちいても、「CRPS患者の約6割がこの指標を満たす。」という研究用の指標をもちいても、個々の患者について同じ診断に至るはずです。従って、「訴訟で臨床用を用いるべきか、研究用を用いるべきか」、「臨床用を満たすが研究用は満たさない」などの検討をすること自体が誤っています。

   

 ⅴ 日本版の但し書きについて

   日本版の判定指標には、但し書きに「外傷歴がある患者の蔓延する症状がCRPSによるものであるかを判断する状況(補償や訴訟など)で使用するべきではない。また、重症度・後遺障害の有無の判定指標ではない。」と記載されています。この記載をそのまま受け取ると、判定指標は訴訟では使えないことになります。

   しかし、よく考えてみると、判定指標はあくまでも診断の目安に過ぎないのに、なぜその目安を使えないのかという疑問は当然に湧き起こります。アメリカ版にもIASP版にもこのような但し書きはありません。CRPSは交通事故、医療事故、労災事故、スポーツでの事故などの外傷により発症することが多く、歴史的にもアメリカの南北戦争での負傷により生じた症例が重視されてきた事実があり、事故などで使えなければ意味がありません。

.

この但し書きは、①判定指標はあくまでも指標(目安)に過ぎないのにその目安に挙げられた項目だけを検討する(患者に生じた全ての症状を検討しない)、②指標を満たすかどうかにこだわる(ほかの疾患との鑑別診断をしない)、③「研究用の方が正しく認定できる」とする(指標の意味が分かっていない)、という誤った使われ方をすることや、④指標の位置づけを理解しないまま用いられることに対する懸念を表明したものと考えられます。

これに対して、何らかの政治的な陰謀により、「判定指標を使わずに自賠責の3要件を診断基準であると誤解して使用すれば、CRPS患者の9割以上がCRPSと認定されなくなるので、この指標を使わせたくない勢力がこの但し書きをつけるように要請したのだ。」、「CRPSに必須の症状が1つもないことや、自賠責3要件が診断基準ではないことさえ知らずに、ほとんどの判決が書かれている現状を維持すべきだと考えた勢力の要請によるものだ。」、などと考えるのは邪推でしょう。たしかにこれまで検討した事案ではCRPSに必須の症状がないことや自賠責3要件が診断基準ではないことに反した医学意見に騙された判決が少なからず見られましたが、邪推は良くないですね。 

.

   上記のとおり、私はこの但し書きは指標を用いる際の懸念を表明したものと考えています。それはCRPSが事故や外傷によって生じることが多い疾患であることにもよりますが、より本質的には「判定指標」の意味そのものからの当然の帰結とも言えます。

判定指標の意味するものは、「CRPS患者のうち指標の任意の2項目を満たす人は8割しかおらず、任意の3項目を満たす人は6割しかいない」という臨床の実態です。この臨床の実態は指標を「使う・使わない」の問題ではなく、「知っているか、知っていないか」の問題です。但し書きを「CRPSの臨床の実態についての基礎知識を知らなかったことにして判断しましょう。」との意味で理解することはナンセンスです。

私は訴訟においても一応はこの指標に当てはめた方が良いと思いますが、指標にない症状についても「CRPS以外の傷病でこの症状が生じるだろうか」と全ての症状について検討することはより重要であると思います。

 ⅵ 判定指標への当てはめについて

   判決は、判定指標への当てはめで「症状が明らかではない」との趣旨を述べてその項目を満たさないとしていますが、初歩的な誤りです。指標へのあてはめにおいて、症状が「存在するかどうか」が問題であり、「存在し、かつ明らか(重症)である」ことを求めることは誤りです。

当たり前のことですが症状が存在すること(および、かつて存在したこと)が確認できれば軽度でもその項目を満たします。症状が重症であることや明らかであることは必要ではありません。なお、症状が存在するかどうかの判別が微妙なときは擬陽性として考慮します。

ある症状の存在を確認できるにも関わらず、「明らかでない(重度ではない)ので無視するべきだ」とする「程度問題の錯誤論」は加害者側の頻出の錯誤論法ですが、この判決はこの錯誤論法に惑わされたようです。この問題については、下記でも述べています。

「3回鑑定が行われた右上肢・左下肢RSD(23.1.26)」

  http://s-hat.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-ede3.html

   

 ⅶ 鑑別診断について

   CRPS(RSD)を検討する際に最も重要な点は鑑別診断です。主治医がCRPSと診断した患者について、それを否定するためには他の疾患の候補を示して、その疾患により患者に生じている症状を説明できることを主張・立証する必要があります。本件では加害者側はこの主張をしていません。加害者側は、「とにかくCRPSではない。その先のことは知らない。」との論理を用いていますが、この主張は主治医の診断を覆すに足りる構造となっていないため、本件ではCRPSであることは問題なく認めて構わないと思います。ところが、鑑別診断の視点を欠いたままCRPSのみを検討して、「何らの傷病でもない」との不合理な結論を導く誤りはほかの裁判例でも見られます。

   なお、仮に加害者側が反対仮説となる疾患を主張した場合には、鑑別診断を検討する必要があります。この場合には判定指標を2項目満たしていても別の傷病によりそれが説明でき、そちらの方が合理的である場合には、CRPSとされません。

例えば、アロディニアや浮腫が生じていてもほかの症状からは線維筋痛症が疑われる場合や、痛覚過敏と皮膚の変色が生じていてもほかの症状からは手根管症候群や足根管症候群が疑われる場合には、鑑別診断は不可欠です。一方で判定指標を1項目しか満たさなくとも、判定指標に含まれていない症状や、ほかに候補となる傷病がないことからCRPSと判断すべき場合もあります。この視点からは、「症状が明確ではない(重度ではない)のでその項目を満たさない。」という考察が論外であることは明らかでしょう。

   

5 関節可動域制限について

 ⅰ この判決は、多くの医師が確認してきた右上肢の関節可動域制限を否定しました。医師が確認した関節可動域制限はれっきとした他覚所見ですので、これを否定することは非常に不可解です。

   しかし、加害者側は「可動域制限を画像で分かる所見で確実に証明すべきだ」との主張を恒例行事のように出してきます。これに惑わされたのか、判決は「右肩関節の可動域制限を伴う機能障害については客観的所見による裏付のあるものとは認めることができない」としていますが、これは医学知識の不足と、証明責任を自由心証に取り込む誤りによるものです。

ⅱ 関節拘縮はレントゲンやMRIなどの画像所見では裏付けることができず、基本的に医師による可動域検査によってしか測定できません。従って、可動域検査を否定すると関節拘縮は認められなくなります。それゆえに加害者側は画像などの客観的所見で裏付けるべきだと主張します。

  関節拘縮は、患部の組織が癒着するなどして収縮性をなくすことにより生じます。この場合には縮小した可動域を超えて動かそうとすると組織の癒着が重みとなって現れます。医師はその重みで可動域の終末感を判断します。これ以上力を入れれば組織が引き剥がされる直前の重みを判断して可動域検査がなされます。

   この重さを分からずに可動域検査をする医師はまず居ません。たとえるならば、10分間触ってもぬいぐるみの猫と生きた猫の区別が付かないというレベルのことであると思います。患者が腕に力を入れるなどして可動域をごまかすことは不可能と考えて差し支えないと思います。

   以上の前提で判決の認定を読むと「詐病であり、医師もこれに加担したであろうから、可動域検査の結果は認めない。」との趣旨に見えますが、さすがにこの部分は論外です。判決は詐病でないことや医師がこれに加担していないことの証明責任を被害者に負わせていますが、当事者に「ないこと」の証明責任を負わせることは基本的な誤りです。また、医師の知識やスキルを見下した考えが背後にある点にも気に掛かります。

   なお、「詐病ではないこと」の証明を求めているのではなく、「その疾患が本当に生じていること」の証明を求めているとの反論もありそうですが、医師が診断した疾患について「患者が偽装した可能性や医師がこれに協力した可能性が存在するので、それを否定しなさい。」との証明を求めることは、具体的な事実の証明を求めるものではなく、「ないこと」の証明を求めるものであることは明らかでしょう。

   

 ⅲ 判決は、自賠責3要件を引用して、「関節可動域制限が続いたならば骨萎縮を生じているはずだ。」との趣旨を述べているので、加害者側の典型的な主張に惑わされ、被害者の詐病を疑ったようにも見えます。

   上記のとおり関節拘縮は患部の組織の癒着や収縮性の喪失により生じるものであり、骨萎縮とは関係しません。両者の相関性についての医学的統計などはもちろん存在しません。関節拘縮が骨萎縮を必然とするという理屈は、「コーラを飲めば骨が溶ける」という類の理屈と同じです。

これまで検討した裁判例でも関節拘縮が重度に生じていた患者でも骨萎縮が重度に生じていた方はほんのわずかな例外でした。なお、加害者側の医学意見書では主治医の確認した骨萎縮を「ない」、「ごく軽度」とすることが定番になっています。

私の経験でも関節がガチガチに固まった状況が数年間続いていた方で骨萎縮がない(もしくは軽度)とされた方がいましたが、全身麻酔下の可動域検査で関節がガチガチに固まっていた状況を確認できたので、可動域制限が重度であることは重度の骨萎縮を必然としないことは私の経験の上でも確認されています。

   しかし、両者が無関係であるからこそ加害者側は「それだけ腕が動かせないのならば骨萎縮は重度に生じているはずなのに、骨萎縮がない(または軽度)であるのは極めておかしい。」、「これは医学的にはありえない出来事である。私の長年の経験からは到底考えられない特異な出来事である。」、「患者をビデオカメラつきの部屋に入院させて長期間監視するべきだ。」などとして詐病を主張する医学意見書を提出することが恒例行事となっています。

   本件のように上肢全体が拘縮していく典型的なCRPSの症例で関節拘縮を認めないのは異常としか思えないのですが、骨萎縮についての加害者側の恒例の主張(及びこれを裏付ける医学意見書)に騙された判決は、本件以外でも多く見かけます。

   そのような判決のほとんどは、骨萎縮はCRPSに必須の要件ではないことを理解しているのですが、「関節拘縮がある場合には骨萎縮が生じる」、「関節拘縮が重度である場合には骨萎縮は重度に生じる」との関連性を用いて特別の要件を導入する論理(特別基準論)にまんまと騙されています。特別基準論とは一般の基準(公的な基準)では認められない特別な要件を、特別な事情があるとして滑り込ませようとする論法です。特別基準論を認めると一般基準の意味がなくなり、一般基準で肯定された結果がそれを否定するためだけの非公式な基準で否定されるという矛盾が生じます。しかし、特別基準論をそれらしい理屈で持ちかけられると騙され易くなるようです。

6 放置認定

 ⅰ この判決を読んでいて最も疑問に感じたのは、「では判決はこの被害者をいったいいかなる傷病であると判断したのであろうか。」ということです。この判決は、「とにかくCRPSではない。あとのことは知らない。」との理屈を述べています。この判決は結論に都合の良い部分のみに着目して、これに整合する理屈を述べていますが、これは確証バイアスの特徴的な出方です。

本来であれば自分の考えに不都合な部分はないかという視点で反証をつぶしていくことにより心証を固めていくべきですが、この判決ではその逆を行っています。自分の選択しようとする結論に都合の良い事実や解釈のみに着目するバイアスに陥っています。その結果、判決の結論では説明できない不都合な部分が放置されたままになっています。不都合な結果が放置されたことは審理不尽になります。

 ⅱ この被害者は、判決の否定した左上肢の拘縮のほかに、皮膚の変色や皮膚色の変化や皮膚の冷感、発汗の異常などの症状も出ていますが、それをいかなる傷病で説明できるのか、判決では触れられていません。鑑別診断の視点がないままCRPSを否定したため、これを説明する疾患がありません。

   判決は自由心証のなかに証明責任を取り込む誤謬に陥っていて、「この被害者をCRPSであるとする確実な証拠があるのか。」との視点で検討しているようにも見えます。

本来であれば自由心証では「この被害者にはいかなる傷病が残存しているのか。」との視点で検討し、現実に存在する症状を説明できない結論に至ることはありえないはずです。本件では「CRPS以外にこの症状を説明できるものは存在しない。」ことは特に問題なく、容易に判断できると思います。

   しかし、証明責任を自由心証に取り込んでしまうと、自由心証のレベルで「~とする確実な証拠はあるか」との誤った検討をしてしまいます。例えば本件では、「この被害者をCRPSであるとする確実な証拠はない。したがって、この被害者はCRPSではない。一方でこの被害者はほかの傷病を主張していない。よって、病名を認定する必要はない。その先は関知しない。」との流れになります。

.

   普通の事実認定では、自由心証による検討で「最も可能性が高い」と判断した結論を認定できるように苦心します。ところが、「最も可能性の高いのはA(その次はBでその次はC)であるけれども、証明責任を果たしたといえるほどの証拠はない(明らかではない)ので、Aの否定であるTにする。」との論理を用いているように見える判決をしばしば見かけます。証明責任を誤って自由心証に取り込んでしまい、それがバイアスとなり適切な事実認定を妨げているように見えます。

   かりにCRPSの症状が少ない事案であっても、「ほかの傷病により説明できるか」(鑑別診断)との思考から、「ほかにこの症状を説明できる傷病は見当たらない。」となれば、「CRPSである」との判断に至るはずです。

 ⅲ 以上に対して判決は、「この被害者をCRPSであるとする確実な証拠があるのか。」との視点から、検討対象の症状が「明らか」であることが必要とし、さらに臨床用の指標だけではなく研究用の指標も満たす必要があるとのニュアンスを述べ、さらに自賠責の3要件(もちろんこれは診断基準ではありません)を診断基準として扱いっています。

   加えて、関節拘縮があるとするためには骨萎縮が必要であるとの要件まで付加して、関節拘縮あるかどうかの検討でも「~と認めるに足りる確実な証拠はあるか」との視点から検討しています。これらの誤りの原因が、自由心証に証明責任を取り込む誤りにあることは明らかでしょう。

   事実認定が証明責任とは無関係であることは民事訴訟法の基本中の基本であり、事実認定は全ての証拠を検討対象にして合理的な検討をして結論を決めることによりなされます。事実認定は自由心証によってのみなされます。

自由心証により事実を決めることができない事態が生じた場合には、まず釈明を求めるなどして当事者にさらなる立証を促します。それでも事実を認定できない場合(真偽不明の場合)には、その結果として法規を適用できなくなりますが、この場合に適用する法規を決めるのが証明責任であり、証明責任によって適用すべき法規が決められますが事実が認定されるわけではありません。証明責任は事実を認定するものではなく、事実が認定できなかった場合に(自由心証が尽きたとこで)初めて機能を開始して、結論(法規の適用)を決めるものです。

たしかに証明責任を用いた場合には法規が適用されずに不利益をこうむる側が生じますが、その反射的な効果が事実認定であるとすることは誤りと言うほかありません。事実が認定できなかったからこそ証明責任が用いられたのに、その結果として事実が認定できたとすると矛盾が生じます。ましてや自由心証にその反射的効果をあらかじめ取り込んで、「~とする確実な証拠はあるか」との視点で検討して、一方に不利益な視点を導入することは誤りです。

   証明責任を用いた場合に不利益をこうむる側にあらかじめ「確実な証明をする義務」を課すことは誤りです。その結果、証拠からは「明らかではない」として真偽不明になったとすることも誤りです(自由心証では最も可能性の高い事実を探求する作業が行われるべきです。)。さらにその結果、証明責任を用いて不利益に扱うこと(二重の不利益)も誤りです。

.

 ⅳ 被害者の主張を否定した判決の結論は、その症状が詐病であった(及び医師もそれに迎合ないし協力した)とするものですが、この種の結論で不可解に思うのは、「そんなに熱心に詐病を行う人が居るであろうか。」ということです。

事故前には何の問題もなかった一般人が事故をきっかけに特殊な知識と技能を備えた人柄に豹変し、5年にも及ぶ長期間にわたり多数の病院で虚偽の症状を訴え、職場や家庭でも虚偽の傷病を訴え続け、訴訟でもこれを主張するという人柄に豹変した。これが判決の認定した事実からは不可避となる帰結です。この帰結を回避できない認定を判決はしています。

これは特殊な前提につじつまを合わせるために必要とされる「超人」を登場させる論法ですが、このような「超人」を持ち出してつじつまを合わせなければならなくなったのは、その前提が誤っているからであると思わなかったのでしょうか。

   背理法的考察をしていれば、このような誤りに至ることはなかったと思います。背理法はアリバイ認定でも用いられる基本的な論理で、事実認定でも不可欠の論理です。

« 倉庫内の事故で発症した左半身RSD(23.11.30) | トップページ | 4か月治療中断した左上肢RSD(24.6.21) »

事実認定」カテゴリの記事

CRPS判定指標」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本版指標を検討した右上肢CRPS(24.3.27):

« 倉庫内の事故で発症した左半身RSD(23.11.30) | トップページ | 4か月治療中断した左上肢RSD(24.6.21) »