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2011年11月20日 (日)

TOS様の右上肢RSD(22.11.1)

1 札幌地裁平成22年11月1日判決(自保ジャーナル1856号88頁)

  この事案の特徴は、①胸郭出口症候群(TOS)と類似する症状が生じているにも関わらず鑑別診断がなされていないこと、②MRIや筋萎縮について誤った理解が述べられていること、③神経ブロックについて誤った理解が述べられていること、④RSDを否定して14級としつつも33年間もの逸失利益を認めたことなどです。

2 症状の経過

ⅰ 被害者は夫の会社経営を手伝う事故時34歳の主婦です。被害者は平成17年12月27日に交差点で信号無視の乗用車に追突され、頚椎捻挫、右前胸部打撲、右背部打撲の傷害を負いました。判決では被害者の症状の経過はほとんど言及されていないため、症状がどのように進行していったのか不明です。

ⅱ 被害者はB病院に1週間ほど通院し、その後C病院に3か月半ほど通院し、その後に再度B病院に2か月ほど通院して、事故半年後の平成18年6月27日にB病院の医師が「頚椎捻挫、右上肢反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)」との診断で症状固定としています。

この間に被害者にどのような症状が発生して進行ないし変遷して行ったのかは曖昧で、判決は逸失利益の判断のなかで少し触れている程度です。それによると、被害者は事故後に右上肢の脱力が続いていたようです。

このため事故4か月後にB病院に通院するようになり、そこで右上肢の筋力低下が診断されています。但し、筋萎縮ははっきりしないが病的反射はあるとされています。この時点でB病院では「右上肢RSD疑い」との判断をしています。

3 被害者の症状

 ⅰ 被害者の症状は、事故以来続いていた右上肢の脱力感が最も重く、筋力は「上腕3程度、前腕3程度、手指3程度」(5が標準)とされ、右腕に力が入らない状況にあったようです。また、右上肢には自発痛、運動痛、圧痛のほか、右上肢全体に知覚異常があったとされています。

  一方で、腫脹、発赤、蒼白、チアノーゼ、発汗異常、筋萎縮はいずれもなく、皮膚温も普通であるとされています。

 ⅱ 被害者は症状固定後も通院を続け、平成19年12月10日には、頸部、上背部、上肢(第4指及び第5指)の痛みを主訴として、G病院麻酔科を受診し、頸部硬膜外ブロック注射や星状神経節ブロックなどの治療を受け、ブロック治療ののちに一時的に痛みが軽減したこともあるようです。

平成20年3月24日には同病院で、被害者の右上肢には自発痛、運動痛、圧痛があり(主にC8領域の痛みであり、同領域の知覚低下を伴う)、右上肢全体に感覚障害があり、筋力低下(握力は左33kg、右9kg)やチアノーゼや皮膚温の低下、発汗異常があるとしています。但し、腫脹、皮膚の発赤、蒼白、筋萎縮はないとされています。

4 胸郭出口症候群(TOS)との鑑別診断

 ⅰ 私がこの判決を読んでまず気になったことは、胸郭出口症候群との鑑別診断がなされていないことです。被害者の症状のほとんどは胸郭出口症候群により説明することができ、胸郭出口症候群として典型的でない症状についても胸郭出口症候群の重症化による症状として説明できることです。従って、この事案ではCRPSと診断するためには胸郭出口症候群との鑑別診断を行う必要があります。

   国際疼痛学会(IASP)の1994年のCRPS(複合性局所疼痛症候群)の判定指標においても、「他の疾患を除外できること」が特に要件の1つとして明記されています。鑑別診断はどの疾患においても必須ですが、CRPSにおいては特に重要であるため、判定指標にも明記されています。より詳細化されたIASPの05年の判定指標もこの94年の判定指標を前提にしており、CRPSとするためには他の疾患を除外できることが当然に前提となります。

 ⅱ 本件では、被害者の訴える右上肢の脱力は胸郭出口症候群により生じる典型的な症状です。上肢に筋力低下・握力低下が生じることや、第4指、第5指に痛み・しびれが生じることなども胸郭出口症候群に多く見られる症状です。知覚障害・感覚障害も胸郭出口症候群の症状として生じる場合もあります。

   胸郭出口症候群(TOS)は、「外傷性TOS」という類型が認められているほど外傷による発症例が多く、なかでも交通事故による発症例が大半を占め、手術例の8割が交通事故による外傷性TOSであるという報告もあります。なお、TOSのなかで外傷性TOSの占める割合は文献により差が大きく、アメリカの文献では6~9割ほど、日本の文献では1~4割ほどとされる傾向があります。

日本で外傷性TOSの割合が低いのは、この疾患が日本では見落とされがちなことと無関係ではないと思います。私の経験では胸郭出口症候群(TOS)と診断された方のほぼ全員が、事故から1年以上経過した後に精密検査のできるほかの病院でこの病名の診断を受けた方です。一般の病院では胸郭出口症候群を診断することのできる機器がなく、見落とされているのです。

 ⅲ 本件では胸郭出口症候群との鑑別診断が不可欠であるにも関わらず、この点が見落とされたままRSD(CRPSタイプ1)との診断がなされています。

   仮に胸郭出口症候群の有無を診断できる各種の検査をして胸郭出口症候群が肯定された場合、胸郭出口症候群として説明できる症状についてはRSDの根拠とはなりません。本件では右上肢の脱力、筋力低下、知覚障害などが胸郭出口症候群により説明可能となります。但し、症状固定後に確認された皮膚のチアノーゼや発汗異常については、胸郭出口症候群で生じる範囲を超えてCRPSを発症したとして説明されるかは微妙ではあると思います。胸郭出口症候群の範囲を超えたときには、胸郭出口症候群による末梢神経の損傷を基盤としたCRPSタイプⅡの発症という因果経路が考えられます。

   仮に胸郭出口症候群の発症が確認されなかった場合には、CRPSの判定指標に当てはめて検討することとなります。本件では日本版の判定指標のうち発汗の異常、持続的な痛みは満たし、皮膚の萎縮は満たす可能性があります。IASPの判定指標によれば、自発痛、皮膚温の変化、発汗の異常を満たし、皮膚色の変化は満たす可能性があります。従って、ほかにこの症状を説明できる事情(本件では胸郭出口症候群の可能性)が否定されるのであれば、CRPSであるとの診断がなされることとなります。

   ここで重要なことは、判定指標はあくまでも指標にすぎず、指標を1つしか満たさなくとも他の疾患の可能性が否定されてCRPSの可能性しか残されない場合にはCRPSと診断される場合があることです。

   以上に対して、加害者側は通常は要件を厳格化して解釈することにより「CRPSではない。ゆえに何らの傷病でもない。」との主張をしてくるのですが、CRPSを否定した場合にほかの傷病を検討しないのはかなり異常な思考であると思います。

5 裁判所、加害者側の対応

 ⅰ 以上のとおり、本件ではRSD(CRPSタイプ1)との診断をなすための要件である鑑別診断(TOSとの鑑別診断)がなされていないため、加害者側はRSDとは確定できないとの反論が可能です。

   しかし、加害者側はこのような場合に、「胸郭出口症候群の可能性がある」と反論してくることはまずないようです。この反論をした結果、被害者が精密検査を受けて胸郭出口症候群であったと判明した場合には、胸郭出口症候群という後遺障害を認める方向に向うからです。本件でも加害者側は、被害者の主張する症状の全てが医学的な裏付がないとして、被害者の主張する症状の全否定を述べたようです。

ⅱ 加害者側の医学的主張に基づくと思われますが、判決もおかしな医学的理論を展開しています。

  まず、判決はMRIで有意な所見がなかったことを強調してRSDの否定の根拠とします。しかし、CRPSに特徴的なMRIの結果は存在しないので、MRIで有意な結果が出なかったことはむしろCRPS(RSD)に有利な事情となるはずです。

  次に、判決は筋萎縮がないことをRSDの否定の根拠として用いています。しかし、これまで提唱された多くのRSD(CRPS)の判定指標のなかに筋萎縮をその要素の1つに含めるものはありません。むしろRSDでは患部が腫れあがることが多く、筋萎縮により腕が痩せ細るのとは反対の症状が出ることが通常です。しかし、それゆえにこそ加害者側からは「腕が痛くて動かせないなら筋萎縮が生じているはずだ。」、「筋力低下があるのに筋萎縮がないとはおかしなことだ。」として筋萎縮が必要であるとの主張が恒例行事のように出されます。現実とは正反対の結論を述べるこの主張も、素人感覚では「なるほど」と思う面もあり、この主張が高名な医師の意見書・鑑定書として権威付けされると、信じてしまう裁判官は少なくないようです。判決はこの主張に惑わされて筋萎縮が必要であるとの誤解に陥ったようです。

   判決は症状固定後の神経ブロックの効果について、神経ブロックで痛みが治まった場合はRSDで治まらない場合はRSDではないとの誤解に基づいて、神経ブロックの効果は低く、そうでないとしても痛みが治まったかどうかは被害者の主観によるから無意味であるとの論理を展開しています。しかし、RSD(CRPS)において神経ブロックに効果があるのは一部のみですので、判決の論理は前提部分に誤りがあります。また、被害者の主観だから意味がないという論理はそれ自体が大いに疑問のある発想です。

   判決は、症状固定後の治療のなかで確認された皮膚温低下の所見は、「必ずしも明らかなものではない」との論理で否定し、チアノーゼや発汗異常も「その程度が不明である」として否定しています。これは「極めて重度のもので一見して明白な症状以外は証拠価値がない」とする加害者側の定番の主張をそのまま用いたものと思われます。しかし、出された結果に対して、根拠もなくハードルを上げることは論理的ではなく、「ためにする論理」としての意味しか有しないと思います。

   

 ⅲ CRPS(RSD)の事案では、加害者側はRSDではないとした結果を、「何らの傷病も存在しない」との結論に結び付けようとします。しかし、この主張はかなり異常な論理です。

  通常はCRPSではないとされることは、他の疾患であることを意味し、被害者の主張する症状が存在しないこと意味するわけではありません。ましてや医師の確認した検査結果や症状が遡って存在しなくなったり、意味がなくなったりするという非論理的な結論に至ることは、かなり異常であると思います。

   しかし、これまで見てきた判決のなかには、CRPSを否定した結果、何らの疾患も存在しなくなったかのような結論になるものや、検査結果や医師の確認した所見さえも否定するに至るものが少なからず見受けられます。これは論理それ自体としてかなりの飛躍があります。

6 14級相当との認定について

  判決は、被害者の後遺障害を14級程度と認定しましたが、これはおおいに疑問です。判決は被害者の主張する症状が実質的に詐病であると診断したわけではありません。判決は被害者に33年もの逸失利益を認めて、被害者の主張するとおりの後遺障害が存在するのであろうという心証を述べていますが、そうであれば12級との認定となるはずです。

  判決は被害者がRSDではないと認定し、その結果被害者の主張する症状は医学的な裏付を欠く症状であるから12級にはできないとの判断に至ったものと考えられます。

  しかし、事故直後から一貫して訴えてきた上肢の脱力を認めれば12級相当の後遺障害があることは明らかであり、「医学的な裏付が不明である」という形式論理を決め手として14級としたことには大いに疑問があります。

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