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2011年7月 3日 (日)

自転車から転倒して発症した左上肢RSD(H22.12.7)

1 神戸地裁平成22年12月7日判決

 (自保ジャーナル1848号98頁、交民集43巻6号1587頁)

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  この事件では、左上肢RSD(CRPS)が問題となっています。この事案の特徴は、①被害者が典型的な左上肢RSDを発症し、早期からCRPSとの確定診断が繰り返されている事案であること、②それにも関わらず被告はRSDを否定して転換性障害、身体表現性疼痛障害などの主張をなしていること、③可動域制限について誤った見解が用いられていること、④日本版CRPS判定指標が用いられたこと、⑤被害者の後遺障害が10級と低く認定されたことなどです。

2 症状の経過

 ⅰ 被害者は事故時26歳の有職主婦です。被害者は平成17年4月7日に自転車で横断歩道を渡っていたところ、横断歩道の手前で停止していた車両に加害者の車両が追突したことから、停止していた車両と衝突して怪我を負います。

   判決では被害者の各通院先での症状やその変化の状況は詳しくは書かれていないのですが、おおむね以下のとおりです。

  事故当日・・・4月7日にC病院で頚部捻挫、左肩・左手打撲、腰部打撲、肋骨骨折(疑)、左側胸部打撲の診断を受ける。その後に左肩と手指に関節拘縮が生じて、複合性局所疼痛症候群(CRPS)との診断を受け、3か月間治療を受ける。

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    このように事故直後から症状が出はじめて3か月以内にCRPSとの診断を受けていることからは、症状の進行がかなり早く、急激に重症化したものと思われます。CRPS(RSD)では早期に確定診断が下されることは判例の上では少数で1年以上経過してから確定診断にいたる例が多く見られるのに対して、本件では早期にCRPSとの確定診断が下されています。

  1か月半後・・・5月24日からD病院の心療内科を受診し、反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)との診断を受ける。星状神経節ブロック、腕神経叢ブロックがなされるも効果は乏しい。

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心療内科でも早期にRSD(CRPS)との診断が出ていることからは、早期からかなりはっきりとした症状が出ていたことが窺えます。CRPSでは神経ブロックが必ずしも有効ではなく、むしろ症状の悪化を引き起こす症例(ABC症候群)も存在します。この被害者はABC症候群ではないと思われますが、神経ブロックがほとんど効果のない症例のようです。

  7か月半後・・・D病院の指示でE病院でのリハビリを始め、以後1年9か月ほどの間に292回の通院をする。

  

  2年5か月後・・・E病院のR医師が平成19年8月31日に症状固定と判断し、後遺障害の診断をする。

症状名:①頚椎捻挫、②反射性交感神経性ジストロフィー、③左肩手指関節拘縮。

自覚症状:①頚部~左上肢痛(特に雨天時)、②左手のしびれ感、③左肩・手指関節拘縮こわばり(有痛時)、④左手発汗過多、皮膚温低下、浮腫(腫脹)、⑤夜間不眠、⑥左上肢筋力低下、巧緻運動障害

他覚症状および検査結果:①左肩・手指関節拘縮、②左上肢筋力低下、③左上肢の知覚障害(アロディニア)、④腱反射は左右差なく正常、病的反射なし、⑤頚椎の運動制限

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    R医師がRSDと診断した根拠はギボンズRSDスコアのようであり、①痛覚異常、②灼熱痛、③浮腫、④皮膚色や毛の異常、⑤発汗異常、⑥皮膚温の異常、⑦XP上の骨萎縮、⑧血管運動障害(レイノー現象・冷感・紅潮)につき各1点、⑨神経ブロックの効果を0.5点として8.5点としています。これは非常に高い点数ですので、これによりRSDとの確定診断がなされたと思われます。

    但し、ギボンズのスコアについては世界的にはほとんど用いられず、感度や特異度の統計さえも存在しないとされているので、この基準が厳密であるかのように誤解されているのは、日本の特殊事情によるものかもしれません。

    本件は非常にはっきりとした症状が出ているので、現在の日本のRSD判別指標によっても国際疼痛学会やアメリカの基準によっても容易にRSD(CRPS)との診断が下される事例であると思います。

 ⅱ 以上のように本件は事故後の早期からはっきりとしたRSDの症状が出ている典型的な左上肢RSDの事案と言えます。頚部の可動域がかなり制限されているほか、肩関節と手関節の可動域は自動・他動とも2分の1以下で、肘関節の可動域は4分の3以下という重い後遺障害が残っています。

   被害者は平成19年9月のE病院での診断ののちにも、平成20年2月と5月のD病院でのP医師による診断、平成22年5月のH病院での診断においてもCRPSとの診断を受けているので、本件はCRPSと容易に断定できる事案であると言えます。

3 自賠責保険の認定

 ⅰ 被害者は自賠責保険ではRSDの3要件基準を満たさないとして12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」との認定を受けます。3要件基準はRSDであるかどうかの判別基準ではなく、3要件基準を満たさないRSDは12級以下とするという手続上の指標です。

   3要件基準は後遺障害の重症度と相関しないことから、この基準は誤りというほかありません。本件のような典型的な重症化事案で3要件基準を満たさないとして12級と認定することは、3要件基準それ自体が誤っていることの1例と言えます。本件のように典型的に重症化したRSDであっても自賠責保険で「3要件基準を満たすRSD」として12級よりも重い等級を認定される被害者はむしろ少数ではないかと思われます。

   自賠責保険では12級を超えるRSDとされるためには3要件(①関節拘縮、②骨萎縮、③皮膚の変化)が必須であるとされ、それが健側に比べて明らかであることが求められているため、国内外でRSD(CRPS)と診断される患者の一部しかしかこの要件を満たさないことのほか、この基準を弾力的に被害者に不利に運用しているようにも見えます。

   

 ⅱ 国内外の学会においてCRPSに必須の症状が存在しないことは意見の一致を見ているので、必須の症状を要求し、しかも3個も要求する自賠責保険の基準は、医学的な診断基準を無視した異常に厳しい基準であると言えます。

   しかも、それが「明らか」であるという曖昧な基準を被害者に不利に用いることが少なくないようですので、複数の医師が確認して診断書に記載した症状でさえも、この「明らか」との基準を満たさないこともしばしばあるようです。

   本件では骨萎縮について、医師がレントゲンで確認しているにも関わらず、自賠責保険の手続きでは明らかではないとして否定しています。この種の水掛け論に持ち込めば全ての場合に要件を満たさないとされかねません。もとより全てのRSD患者に骨萎縮が生じるわけでもなく、有名な大規模調査では30%ほどにすぎません。ましてや重度の骨萎縮が生じる患者はわずかですので、この要件を必須とすることは誤りです。

   次に、診察した全ての医師が認めている皮膚の変化についても、自賠責保険の手続では「提出の写真では確認できません。」との理屈で否定しています。診断書に繰り返し記載されてきたことがこれほど簡単に否定されるというのもおかしなことであると思います。

 ⅲ さらに本件では、新たな要件として「症状の確実な根拠」を要求して、全ての医師が確認している左上肢の可動域制限でさえも「他覚的に証明する画像等の医証提出がない」として否定しています。

関節拘縮はレントゲンやMRIなどの画像で確認することが原理上不可能です。関節拘縮とは関節周囲の軟部組織が伸縮性を失うことにより関節を動かせなくなることを言いますが、この軟部組織の変化はもちろんレントゲンやMRIでは確認できません。従って、関節拘縮の証拠となる画像を要求することは途方もなく無茶苦茶なことです。この理屈を持ち出せば全ての事案でRSDではないとの判断が導かれます。

   

 ⅳ 以上のとおり、本件のように典型的に重症化した左上肢RSDで、はっきりとした症状が出ている場合においてさえも、自賠責保険の手続では3要件基準を満たさないRSDとして12級以下と認定されることが少なくないばかりか、判例で確認できる事案の上では3要件基準を満たさないとされることの方が多いようです。

   しかも、訴訟においては、重症度の判断指標である3要件基準を、加害者側がRSDの判定基準であるとして誤った主張をなして、判決においてもRSDの判定基準として用いているものが散見されます。

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4 医学意見書

 ⅰ 本件のように重症化した典型的なRSDの事案であっても、加害者側の提出した医学意見書ではこれを否定する豊富な主張を積極的に展開することが常であり、本件でも加害者側の医学意見書ではRSDを否定する多くの根拠が述べられています。

   RSD(CRPS)のような難病について4,5人の医師が確定診断を下した状況においては、通常はその診断とおりの症状が存在すると考えられます。誤診の確率は1万分の1以下でしょう。しかし、訴訟においてはこれを否定する医学意見書が提出されることが通常となっています。

 ⅱ 加害者側の医学意見書では、RSDを否定する根拠が多く記載されることが通常です。医師が確定診断を下した事案でこれを否定する多くの主張を出せば、その主張のうち明らかに誤りであると判断できるものも含むことになります。

   しかし、医学的知識の乏しい被害者側が、医学意見書の全ての主張について的確に反論しつくすことは至難の業であり、「損害の証明責任は被害者側にある」との前提では、多数の主張のうちの1個でも裁判官に認めてもらえれば、RSDを否定する判決が出る可能性があることから、多くの主張が出されるようです。

   実際にも、重症化したRSDの事案でさえも、これを否定する判決がしばしば見られることはこれまで検討してきたとおりです。従って、加害者側はRSDが重症化した典型的な事案であっても、これを否定する多くの主張を含む医学意見書を提出することが多いようです。

   RSD事案においては、加害者側の医学意見は判例で確認できるものに限ればパターン化しています。意見書の執筆者が別人であれば誤った複数の主張が一致することは奇妙なことであると思います。

 ⅲ 重度の筋萎縮、骨萎縮

   CRPSにおいては必須(不可欠)の症状が存在しないことは国内外の学会で意見の一致を見ています。従って、これを要求する主張はそれ自体が誤りです。現在の国内外のCRPSの判定指標において筋萎縮は当然のこととして骨萎縮も考慮すべき要素の1つにさえも含まれていません。

   そこで一般的な基準のなかで筋萎縮、骨萎縮を主張するのではなく、「これほど腕が動かせないならば筋萎縮が重度に生じているはずだ。骨萎縮も重度に生じているはずだ。」という形での主張がなされます。これは特別な状況であることを主張して一般基準では認められない要件を滑り込ませようとする理屈(特別基準論)です。

   もちろん一般の診断基準で十分に足りるので、特別な基準を用いる必要はありません。一般基準でRSDと認められた患者に対して、それを否定するためだけの特別基準で再度審査して否定することは、それ自体が矛盾を生じさせます。

   判決では、「客観的な医証により認定することが可能な筋萎縮、骨萎縮などを重視すべきであって」との一般論(もちろんこれは誤りです)を展開し、長期間腕が動かせないならば骨萎縮が生じるはずである(もちろんこれも誤りです)とのニュアンスさえも述べ、被害者の症状に疑念を述べています。

   筋萎縮、骨萎縮の重視という医学意見は加害者側の定番で、これを認めて筋萎縮や骨萎縮がない(または軽度である)として主治医の診断したRSDを否定した判決もいくつか見られます。この主張は裁判官が客観的な証拠としての筋萎縮や骨萎縮を重視しようとする心理に訴える面があるようです。

   

 ⅳ 転換性障害、身体表現性疼痛障害

   この数年のうちに加害者側の主張でしばしば見られるようになったもので、RSD事案においてもこの診断名を認めてRSDを否定したものが登場したことから、この主張が医学意見書で列挙される主張に含められることが定型化しつつあるようです。

   RSDにおいてはこの診断についての精神医学的な要件を満たすことが普通はあり得ないと思われますが、「催眠術をかけて腕をやけどしたと思い込ませると腕にやけどの傷跡ができる」というような理屈でこの診断名を信じてしまう人がいるようです。

   しかし、多くの医師が確認した皮膚の変化や関節拘縮などの具体的な症状がこの種の精神疾患により生じると言うのは、その発想自体がちょっとおかしいと思います。なお、患者が意図的に症状を作り出していないことがこの疾患の診断要件ですので、詐病の隠喩でこの傷病名を用いているとすれば論外です。

 ⅴ 神経ブロックの効果

   神経ブロックに常に効果があって、これでRSDが治るのであればRSDが難病とされるはずもありません。従って、星状神経節ブロックや腕神経叢ブロックの効果が小さかったからと言って、それがRSDではないという根拠になるはずもありません。神経ブロックにより症状が悪化するタイプのRSD(ABC症候群)も存在します。

   アメリカでのRSD患者の大規模調査では神経ブロックの有効例は7%にすぎず、一時的な有効例も含めて30%程度であり、無効・症状の悪化が66%とされています(『ペインクリニック』30巻別冊Ⅰ・246頁)。このように過半数の患者には効果がありませんが、神経ブロックのみで大幅に症状が改善する患者がいることから、ほぼ全ての患者について神経ブロックが試みられています。

   訴訟ではこの神経ブロックの効果がなかったのはRSDではないからであるとの主張が加害者側の医学意見として出されることが通例となっています。本件では判決で、神経ブロックの効果が不明瞭であるのは通常のCRPSとは異なる所見であるとの記載がなされており、この主張の効果が判決に現れていますが、もちろんこれは誤りです。

 ⅵ 腱反射

   腱反射が正常であることが、患部に異常がないことを意味するわけではないことは当たり前すぎることです。「腱反射が正常であり、患部に神経、精神の異常は見られない。」などの記載があったとすれば、通常は失笑を買うだけですが、医学的知識がない者に対しては何らかの効果があるのかもしれません。腱反射にからめた加害者側の医学意見は、頚椎の不全麻痺では定番となっています。

   頚部神経根障害などにおける腱反射の感度は10%程度で、現実にり患している患者の10%程度しかこの検査では捕捉しません。この検査は感度が低いことが特徴ですので、腱反射が正常であることをことさらに強調することは誤りです。

 ⅶ 関節拘縮

   本件では関節拘縮についての加害者側の医学意見に新規性が見られます。本件では、被害者の肩、肘、手の関節は他動でも大きな制限が確認されているところ、指関節は他動では制限が確認できなかったにも関わらず、自動では制限が非常に大きかったようです。

   RSD(CRPS)における関節拘縮は、患部周辺の軟部組織が伸縮性を失い関節が曲がらなくなることにより生じますが、現実には自動可動域は他動可動域よりもかなり制限されます。医師が患者の痛みを無視して力を加えて測定した他動可動域と患者が自分で動かせる範囲とでは当然に差が出ます。

   加えてRSD(CRPS)患者においては患肢との意思連絡が上手くいかなくなる症状が出ます。重症化したRSD患者にはり患した上肢を動かそうとしてもすぐに動かすことはできず、意識を集中して動かそうとしてやっと指や手が少しだけ(他動可動域のなかの一部だけ)動かせるという症状が出ます。これはネグレクトと言われるものです(『複合性局所疼痛症候群・CRPS』34頁)。この知識がない人からは、患者がもったいぶって症状を作っているようにも見えるかもしれません。

   以上のとおり、痛みによる自動可動域の制限のほか、ネグレクトというRSDの典型的な症状についての知識があれば、RSDにおいては他動可動域と自動可動域の差が存在することが当然で、その差が大きいこともしばしば見られるとの理解は当然に備わっているはずです。

   これに対して、加害者側の医学意見では、他動では可動域制限のない指が自動で動かせないのはおかしいと強く主張しているようで、加害者側はこれを取っ掛かりにして、さらに肩、肘、手などの他動で可動域制限が確認された部分についても自賠責保険での理屈なども加えて確実な根拠がないとして否定する主張を展開したようです。

   判決では、肩、肘、手の関節については、医師が他動可動域を確認していることを引用して可動域制限が「うかがわれる」という形で認めましたが、指については疑問を感じているようです。さらに他の関節についても他動と自動との差があるのは通常ではないとの理屈まで述べています。

      自身の行った可動域測定を「うかがわれる」という形で否定された主治医としては患者との通謀を疑われているとして不本意に感じるかもしれません。関節可動域をごまかして専門医を騙すことは不可能であるという感覚の医師ならばなおさらその感覚が強いかもしれません。

 ⅷ 素因

   加害者側は「素因減額の割合については80%から90%ほど存在すると判断することもできるが、少なくとも50%の素因減額をすることが相当である。」との主張をしていることから、医学意見書においても素因の主張がなされたものと考えられます。

私の経験した事件においても典型的な重症化RSDの事案で、「身体的素因が8割、心因的素因は7割」という主張をRSDを専門とする非常に高名な医師の鑑定書(裁判所選任)で書かれたことがあります。

   しかし、国内外の学会では身体的素因も精神的素因も否定されています。即ち、RSDを発症させやすい特定の体質の存在やRSDを発症させやすい特定の精神疾患の存在は否定されています。しかし、判例では「被害者の何らかの精神状況がRSDの発症や悪化に影響したように思われる。」との偏見レベルで素因を認めるものが多く、そのため原因となる体質や精神疾患を特定しない素因の主張がなされることも、加害者側の医学意見書では定番となっているようです。

5 日本版CRPS判定指標

 ⅰ 判決では、94年の国際疼痛学会の判定指標と、これを前提とした08年の日本版の判定指標に言及しています。本件は最新の医学知見をいち早く取り入れたものといえます。もしかするとこの判定指標が述べられた最初の判決かもしれません。

   但し、判決では日本版の指標への具体的な当てはめはしていません。当てはめをするまでもなくこの判定指標を満たすことは明らかですので、本件ではその必要もないとは言えますが。

 ⅱ 日本版CRPS判定指標は、その感度、特異度の数値とともに公表されていますが、判決ではこの点には触れていません。判定指標の感度や特異度の議論が分かっていれば、CRPSの要件を増やせば増やすほど、漏れ落ちるCRPS患者が多くなるという理屈が実感として理解でき、筋萎縮や骨萎縮を必須とする主張のいかがわしさも実感できると思います。

6 10級との認定について

 ⅰ 本件では、判決はRSDとの診断を肯定しながらも10級という低い後遺障害等級しか認めませんでした。判決は「10級に該当する程度の後遺障害を負ったものとして評価することが相当である」としますが、そこにいたる論理の詳細は述べられていません。

   CRPS(RSD)における等級の主張や認定は、非常に難しい面があります。関節拘縮による可動域制限という機能障害と、痛みなどによる神経系統の障害とが並存することから、これらをいかに統合して評価するかという問題があります。以下では可動域制限による機能障害から順次検討していきます。

 ⅱ 肩関節の可動域制限

   判決は、左肩関節の可動域が自動・他動とも2分の1以下に制限されていることが「うかがわれる」とします。この障害はそれだけで10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当します。

 ⅲ 左肘関節の可動域制限

   判決は、左肘関節の可動域が自動で80度、他動で100度であるとして、4分の3以下に制限されていることが「うかがわれる」とします。この障害は12級6項の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」に該当します。

 ⅳ 左手関節の機能障害

   判決は、左手関節の可動域が自動・他動とも2分の1以下に制限されていることが「うかがわれる」とします。この障害はそれだけで10級10号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当します。

 ⅴ 以上の3点のみでも併合すれば9級以上の後遺障害を認定すべきことになるはずですので、判決が10級としたのは「うかがわれる」と述べながらも、これらを認めなかったことを意味します。

   判決は、被害者が首から左上肢にかけての酷い痛みのため就労することもできず、家事も子供に助けてもらい1人ではできない状況にあることが「認められる」として、この部分をもって10級相当であると評価したと読める構成になっています。

   つまり、判決は被害者の可動域制限について、「腕をつっぱって動かさなければ偽装できる。」という疑いの目でこれを全く評価していないと言えます。現実には可動域検査において患者が腕をつっぱってごまかすことは不可能ですので、この点を疑うことはちょっと異常ですが、訴訟では「徒手検査は信用できない。」との主張を簡単に受け入れてしまう判決が散見されます。この場合、担当した医師は患者との通謀を疑われたように感じると思います。いずれにしても本件は上肢が拘縮して動かせなくなる典型的な重症化RSDの事案ですので、関節拘縮を全く認めないことは異常であるようにも見えます。

   しかし、判決は、加害者側の医学意見に従って、骨萎縮が重度ではないことに疑問を呈するニュアンスを述べていることから、「これだけ腕が動かせないと主張しているのに骨萎縮が重症でないのはおかしい。」(もちろんこの理屈は誤りです)との疑念を持っていることがうかがわれます。

   また、医学意見書に従って、RSDにおいては他動可動域と自動可動域が一致することが求められる(もちろんこれも誤りです。)との記載もあることから、この点でも被害者の詐病を疑っているようです。

   従って、判決は加害者側の医学意見についてRSDではないというレベルでは受け入れなかったものの、被害者の詐病の可能性が少しでもあるものは除外するというレベルでその理屈を受け入れてしまったものと言えます。医学意見として多くの事柄を記載した効果がここに現れています。

   ではこの判決を書いた裁判官は、被害者を詐病と考えているかと言えば、とてもそのようには見えません。判決は医学的専門的な部分で誤った見解に引きずられて色々と曲折を経て悩みながらも最終的には「原告には本件事故後から継続している前記症状による後遺障害が残存する状況にあり、既に治療しても改善が見込まれない状況にある」と本質を把握しています。

   判決からは被害者の関節可動域制限についても疑念を残しながらも「おそらくは被害者の主張するとおりの症状が存在し、その症状は改善しないであろう」との心証にあるように読めます。ではなぜ10級との評価をしたのかというと、次にのべる帳尻問題が関係しているようにも見えます。

 

7 帳尻問題

 ⅰ 判決が10級相当と認定した理由の1つとして、10級と認定することにより算出される賠償額に対して「ちょうど良い」との感覚を持っていることが考えられます。

   交通事故訴訟を含めたほとんどの訴訟においては、最終的には金額による結論が出されます。従って、結論である金額が妥当であれば、そこに至る筋道が少々間違っていたとしても結果的には帳尻が合うという見方もできます。

   これに対しては、正しい理屈を経た結論とそうでない結論とは全く異なるものであり、正しい理屈から出た結論はそれ自体で正しいことが保証されるので、結論が出た後で中間の部分を改変して調整すべきではない、という正論もありそうです。

   しかし、杓子定規に理屈を追いかけていったところ、思いがけず自分が描いていた事件の全体像に対して低い金額になったり、高い金額になったりすることもあると思います。この場合に帳尻あわせに対する誘惑が生じる可能性があり、それを簡単に否定することは人間に対する見方として合理的ではないと思います。

 ⅱ 交通事故訴訟においては、帳尻を合わせるための要素が色々とあります。過失相殺の割合、後遺障害の等級、逸失利益の存続年数、素因減額の有無などです。

   私の経験では、ほとんど全ての裁判官は「結論の妥当性」に当然に注意を払っています。結論の妥当性を無視して杓子定規に理屈をこね回して変な場所にたどり着いてしまわないかと、常に自分を外側から客観視することは重要なことであると私も思います。

従って、交通事故訴訟においても裁判官は結論の妥当性を当然に考慮に入れて判断していると思います。そこで結論の妥当性という部分から逆算して、帳尻あわせの要素を検討することが意識的・無意識的になされている可能性は否定できません。

 ⅲ 私は、結論の妥当性を考慮することは、訴訟においては必要不可欠であると考えていますが、金額に対してその考えを推し進めて「相場感覚」をもって個別の論点を検討することは良くないと思います。それは結局のところ訴訟の当事者を直接的に値踏みすることと同じだからです。他人に対する値踏みはほとんどの場合に過小評価となります。本件では被害者が母子家庭の有職主婦であることが値踏みされたのであろうか、という気持ちにもなります。

   本件では、9級との認定をすると賠償額が3000万円近くになり、2078万円からは大幅に増えます。利息を含めると3000万円を超えると思われます。3000万円というのは1つの大台であるとの感覚でながめてみると、それを下回るように帳尻を合わせたようにも見えます。もちろん以上の考察は私の下世話な推測に過ぎません。

しかし、医師が認めた可動域制限をそのまま認めれば、それだけで9級となるところをなぜ10級としたのかという点は、この判決のなかで最も疑問に感じるところであり、その理由は気になるところです。そこでその理由を探すと、3000万円という金額を考慮に入れた帳尻あわせにも見える面があると思います。帳尻あわせを考えると「結論で調整すれば良い。」との感覚から争点での考察が不十分になる可能性があります。

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