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2010年9月20日 (月)

左上肢RSDの否定(21.10.2)

1 名古屋地裁平成21年10月2日判決(自保ジャーナル1825号)

  この事件では、RSDが問題となっています。この事案の特徴は、①症状固定後に通院を再開してRSDと診断されたこと、②RSDの症状の進行がゆるやかなため診断まで2年ほどを要したこと、③RSDの判定指標として自賠責保険の認定基準を用いたことなどです。

2 症状の経過

被害者は、55歳男子有職者です。平成16年9月27日に停止中に貨物自動車に追突されて、怪我を負います。

  事故当日…整形外科で頭・首・腰・背中の痛み、両上肢のしびれ、頚部・腰の可動域制限や運動痛を訴え、1か月通院

  1か月後…B治療院での整体やマッサージを始め、その後約9か月通院。同時期に並行してC接骨院への通院も始め、約5か月通院。

  4か月後…Dクリニックへの通院を始める。判決によると、左上肢のしびれや放散痛や胸部痛を訴え始めたのは、平成17年2月からとされる。

 

  被害者は、平成17年4月22日にいったん症状固定となり、12級との後遺障害診断を受けます。被害者は、左上肢外側から左手背にかけてのしびれ・痛み、左第2から第5指指尖しびれ・灼熱感、体動時(胸腰椎回旋時)の左胸痛みを訴えますが、X線では異常はなく、MRIではC5、6、7頚椎椎間板のヘルニアと狭窄が確認されています。

  被害者は、その約4か月後の平成17年8月にA整形外科に再び通院を始め、平成18年3月にEセンターで「反射性交感神経性ジストロフィー」と診断しますが、認定機関からの問合せには、「RSDを疑った」と回答したようです。

  その後、F外科病院で「RSD様」との診断を受けたようですが、主治医は、認定機関からの問合せに「左肩関節周囲炎、左肩関節拘縮の症状経過の中でRSD様症状を呈したと考えているが、RSDの診断名はつけていない」と回答したようです。

  被害者は、平成18年12月25日にG病院ではRSDとの診断を受けます。自覚症状として、左上肢(肩・肘・手関節・手)の痛みと運動制限、左手知覚異常、頚部痛を訴え、「知覚異常(過敏)、左手尺側(第3~5指)に有り」、「手指の巧緻運動障害は明らかにはなし。左手指の運動はやや遅い」、「左上肢(特に手)の腫脹あり」などと診断されています。

  原告は、平成19年に訴訟を提起し、肩関節については肩より上の高さに上げることができないと訴えていますが、判決では関節の可動域数値には触れられていません。

3 RSDの判断基準

ⅰ このように現在のCRPSの判定指標ではCRPSと診断されることに問題はないと思われる事案ですが、RSD事案では、本件のように判決で用いられる基準が厳しすぎるため、半数以上のCRPS(RSD)患者がRSDと認定されません。この判決は、自賠責保険の基準のみを当てはめてRSDではないと判断しています。しかし、自賠責保険の3要件基準はRSDであるかどうかの診断基準ではありません。

  自賠責保険の3要件基準として①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化が要求されています(青い本22版317頁)。これはRSDかどうかの診断基準ではなく、3要件を満たさないものは12級以下とするという等級認定の指標です。

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 ⅱ 現在では、RSD(CRPS)に特有の症状や検査所見がないことは国内外の学会で異論はないので、必須の症状や検査所見を設定することはそれ自体が誤りと容易に断言できます。

   しかも、骨の萎縮は国内外のRSD(CRPSタイプ1)の判定指標において要素の1つにさえ含まれていません。かつては「Sudeck骨萎縮」などがRSDの典型例の1つとされ、骨萎縮が重視されていました。しかし、臨床の上では骨萎縮の発生頻度は、軟部組織の変化に比べて少ないとされています(『オルソペディクス』18巻6号4頁)。医学書でよく引用される最も有名な大規模調査によれば、骨萎縮の発症頻度は36%に過ぎません。重度のものとなるとこのうちの10%以下(5%くらい)でしょう。

 ⅲ 典型的なRSDは、外傷に起因して、上肢に疼痛(灼熱痛やアロディニアと呼ばれる疼痛など)が生じ、その疼痛が慢性化するとともに、皮膚の変色が生じ、関節が拘縮していくというものです。

   かつてはこれらの進行が一定の病期に対応するとされてきましたが、臨床の上では大多数の患者に病期に対応した進行は確認されなかったという報告もあり、特定の印象的な患者の例が一般化された可能性もあります。但し、RSDが進行性の疾患であり、悪化した症状が回復することはほとんどないことは一般に認められているようです。

 ⅳ CRPSの進行性

   CRPS(RSDを含む)の特徴は、期間を経るごとに症状が進行していくことと、症状が進行してからでなければCRPSとの診断がされにくいことにあります。交通事故によりCRPSを発症した事件で、当初からCRPSと診断された被害者は私の知る限りいません。

   この事件では、症状が少しずつ進行していったようであり、RSDではないかとの判断を受けるまで1年半を要し、RSDとの診断を受けたのは2年3か月後でした。

   事故後に腕や足に痛みが生じても、最初にCRPSという特殊な症例を疑い、これを前提として治療を始める医師もまずいないでしょう。腕であれば、頚部の損傷から派生する痛みとして、頚椎捻挫による症状とされることが多いようです。しかし、頚部挫傷と診断されても現実には胸郭出口症候群や手根管症候群により痛みが生じている場合も少なくないようですが、これらの疾患は専門病院で専用の検査を受けなければ確定診断できないため治療を続けても症状が良くならず、専門的な検査を受ける段階にならないと診断されません。

   CRPSも同様であり、マッサージや患部に湿布を張るなどの通常の治療が一定期間続けられ、それでも症状が良くならなかった場合に、専門的な検査を受けた上で診断がなされます。

 

 ⅴ CRSPの診断

   CRPSの診断の特徴は、鑑別診断による消去法的な診断にあります。

   例えば、胸郭出口症候群では各種の徒手検査に加えて、腕神経造影、血管造影、筋電図検査のいずれかの検査を経た上で確定診断がなされます。もちろん診断は患者の訴える症状との整合性も考慮されます。手根管症候群では、患者の症状の訴えと、手首の筋電図検査により確定診断が下されます。このように、胸郭出口症候群や手根管症候群では、患者の症状を裏付ける客観所見の存在により、積極的に確定診断を下すことができます。

これに対してCRPS(RSD)においては、不可欠の症状や検査所見はないので、各種の検査結果からほかの疾患に起因する症状ではないことを確認した上で、患者の訴える症状と、CRPSの判定指標への適合性などから確定診断に至ります。

   しかもCRPSが進行中であるときには、その症状が明確となっていないため、「RSDの疑い」などの表現でカルテに記載されることも少なくないようです。症状が軽度のときは確定診断の要件として列挙される症状のスコアが低いからです。

4 以上を前提に、本件の判決について検討します。判決でまず気になったのは、現在の症状を認定として確定するという出発点に立たないことです。原告は、後遺障害の主張をしているのですから、まず現在の後遺障害の存否や程度をはっきりと確定しておく必要があります。その上で、その後遺障害が、事故から生じたものかどうかの検討をするべきです。

  これに対して、判決は、事故後の治療や診断の流れを重視して、その流れのなかで認められる事実を積み上げるというボトムアップ方式を採用しています。交通事故事件の判決では、私の述べるトップダウン方式の認定は少なく、大半はボトムアップ方式で後遺障害までの治療経過を述べていき、最後に結論だけを述べることが多いように思います。

5 ボトムアップ方式の長所と短所

 ⅰ 多くの裁判官がボトムアップ方式を採用しているのは、時系列に従った自然な事実認定ができると考えているからではないかと思われます。ただ、ボトムアップ方式に含まれる弱点を意識しないまま、漫然とボトムアップ方式の認定をすると思わぬ罠にはまる可能性があります。

 ⅱ 交通事故事件でのボトムアップ方式の弱点は、現実の医療のシステムに適合しないことです。

現実の医療現場では、当初から特殊な疾患であると決め打ちせずに、最初は頚椎捻挫などの一般的な疾患を想定し、これに応じた治療をします。数ヶ月から半年ほど経過してもこの治療が効を奏せず、症状が改善しなかったときに、MRIなどの各種の検査をします。MRIは一部の病院にしかないため、MRIにたどりつくまで一定の期間を要します。

MRIで異常がなく、そのまま治療を続けて効果がなかった場合に、血管造影や神経造影などのさらなる検査をします。血管造影や神経造影、筋電図検査などはMRI以上に施術ができる病院が限定されているため、この検査を受けるためにさらに期間を要します。このような詳細な検査を受けないまま後遺障害認定を受ける患者が大半であるというのが実情です。

 

ⅲ このように現実の医療現場では、一般的な疾患を疑うことから始まり、それで効果がなかった場合に特殊の疾患を疑うという流れで成り立っており、特殊の疾患の発見は必然的に遅くなります。特殊の疾患が後に判明した場合、それ以前の治療機関はその疾患を「見落とした」と言わざるを得ませんが、その疾患を確定診断できるだけの検査さえもしていないため、見落としは当然と言わざるを得ません。

 

ⅳ ボトムアップ方式の事実認定の問題はここにあります。現実の医療のシステムでは訴訟になるような疾患は、ある程度期間が経過してからでないと判明しないことが多いのに対して、ボトムアップ方式では「事故当初はそのような診断はなされていなかった。」として、診断がなされていないこと自体を問題にすることが多いからです。

   しかし、その疾患が疑われ、その疾患の確定診断をなしうる検査をしていないにも関わらず、「事故当初はそのような診断はなされていなかった。」との判断をすることは、判断としては誤りと言わざるを得ません。

 ⅴ 以上の説明では納得されない方もおられるかもしれないので、もう少し述べます。例えば、「いずれの治療機関が正しい診断を下したのか。」と問われた場合、上記の医療システムの中では、最終的に診断を下した最後の医療機関の診断が正しいと答えるでしょう。従って、現在の症状を判断するに際しては、端的に最終診断を採用して良い場合が圧倒的に多いと思います。

   これに対して、最終的な診断と当初の診断とを並列に並べて比較すること自体がナンセンスともいえます。当初の治療機関では必要な検査がなされていないからです。しかし、ボトムアップ方式でなされる事実認定では、最終的な診断と当初の診断とを並列に並べる誤りをしばしば見受けます。本件の判決もそのようなボトムアップ方式の弱点が見受けられます。

6 トップダウン方式

 ⅰ それでは、トップダウン方式で本件を眺めたとき、見える景色は異なるでしょうか。以下に検討します。

   まず、本件では最終的な診断が下された時点では、RSDである可能性が非常に高いと言えます。この診断に対する批判として、当初や中途の治療機関での診断を持ち出すことは症状の進行性を考慮するとナンセンスと言えます。

   批判をするのであれば、最終的な診断を下した際の検査結果を前提にこれとの不適合を指摘する必要があります。少なくとも同時期の検査結果を持ち出さないと反論としての資格もないと言えます。RSDにおいては時間の進行に従って、病状も進行することが通常であることから、事故後の早い時期の診断は批判として持ち出すことに意味があるようには思えません。

   このように最終診断に特権性を認めることは、現実の医療のシステムに適合し、思考上のロスが少なく、当初や途中の診断に惑わされないという大きな利点があります。

 ⅱ 訴訟上の問題としても、原告が後遺障害を主張しているのに対して、現在の後遺障害の有無と程度を端的に最終診断から認定することから始められるという点で、主張に対してその核心を素直に認定する方法であると言えます。

7 以下では本件で気になったことを述べます

 ⅰ 左上肢の運動制限

判決では、左上肢の運動制限について、その数値が記載されていません。

原告は、肩関節を回すことはできず、腕を上げるのに困難があり、肩より上の高さに上げることができない。手首、肘、肩などの回転に著しい制限があると主張していますが、その数値が不明です。

判決は、この運動制限が存在することを認めるのかどうか、はっきりしません。原告の主張はおそらくは医師の診断に基づくものであり、現実にもそのような運動制限が存在するように思われます。とすると、この運動制限それ自体が機能障害として後遺障害に該当するように思われます。

もちろん判決を書いた裁判官もこのようなことは当然分かっているはずですので、判決を書いた裁判官は、原告の主張する運動制限を認めなかったと思われます。その理由は記載されておりませんが、おそらく、RSDを否定したことから、運動制限も否定されるとの論理ではないかと思われます。

しかし、RSDを認めるかどうかに関わらず、現実に左上肢の運動制限が存在するのであれば、それは後遺障害となるはずです。判決は、RSDを否定したことにより、原告の左上肢の訴えは詐病であり、医師は原告の詐病に騙されたとの考えを含意した可能性もあると言えますが、さすがにこれには同意できません。

上肢の関節の拘縮を偽装することはまず不可能であり、医師が上肢の拘縮の偽装を見落とすとも考えられません。ことに本件のような重度の障害を偽装することは不可能と断言して差し支えないと思います。従って、関節拘縮の認定を否定するには、医師との共謀を疑うほかないのですが、そのような事情も存在するようには見えません。私は、原告の主張する運動障害が存在すると考えます。

 ⅱ 神経の損傷

   CRPSもRSDも、その発症の原因に神経の損傷が関与している可能性は高く、本件の場合にも何らかの神経損傷が基盤となってRSDを発症した可能性があります。筋電図検査により神経の損傷の有無をある程度は調べられるのですが、本件ではこれはなされていないようです。

 ⅲ RSDの疑い

   RSDが問題となる事件では、最終的な診断に至る経過のなかで、「RSDの疑い」という診断を見かけることがしばしばあります。

   上記のとおり、RSDについては、これを確定診断する検査は存在せず、各種の症状のスコアを積み上げる方法と、鑑別診断(消去法)が併用されるため、なかなか確定診断に至らず、しばしば「RSDの疑い」という診断がなされるようです。

   従って、RSDが疑われるということは、RSDを疑うに足りるだけの相応の根拠があるという積極的な意味づけがあります。これに対して、判決では「RSDを疑っただけでRSDとの診断を下さなかったのはRSDではないとの最終判断に達したからである。」という趣旨の見方をしていますが、これは明確に誤りであるというほかありません。

 

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